意味なんてない
全くもって愚かしいことに、これが現実。
ーー・ーー
現状報告。
ありすは……馬鹿だった。
ど う し て お城に忍び込んだりしたんだろうね?で、何で見つかってるのかな?馬鹿だよね?うん。そうだよね。
「いや、ね?ありすみつからなかったから、取り敢えず城がどんな状態か見に行っただけ。いやぁまさかあそこで王様がこっちみるなんてさぁ。思っても見なかったんだよね。で、目があっちゃって」
「目があっちゃって、じゃないわよ馬鹿。……だからこんなに彷徨いてるわけ……?巫山戯ないでよ。面倒じゃない」
現在の状況。
街の中を彷徨いている鎧を着たフルフェイスの誰か。
それも大量に。
迷惑きまわりない。全くもう。
手に持っているのは紙。絵が描いてあって……その絵は、あたしの顔とありすの顔。
つまり……それは……恐らく……指名手配。
おかげであたしは今あたしとありすを中心とした結界を張っている。
……いい迷惑だ、と思いながらあたしは少しぬるくなった紅茶を啜った。
ーー・ーー
ありすはあの彼がいなくなってすぐに来た。とても急いで焦った、そんな様子で。
彼女はバン、と手をテーブルに叩きつけると、言った。
「逃げるよっ!」
その時あたしが欲しかったのは情報で、どういう状況なのかがあたしは知りたいのに。
この馬鹿は今だにそれを分かってないらしい。
つまり……、なんだ?どういう状況?
「取り敢えず、落ち着きなさい。座って座って、ほら飲んで」
あたしはすぐに結界を張ってありすが落ち着けるように椅子を勧める。そして彼が飲み残して少し残った紅茶を勧めてみた。
ありすは紅茶を口に含み……吹き出した。
「不味いッ!」
「失礼だし汚いわね。全世界の紅茶様に謝れなさい」
「ありすそれちゃんとした日本語じゃない。て言うか紅茶様って誰。……ていうかこんなことしてる暇ないんだよ!逃げなきゃ!」
「落ち着け。結界張ってるから時間はしばらく稼げるわ。何があったのか懇切丁寧に話しなさい」
………………結果。冒頭に戻る。
あたしは溜息を吐きたい気持ちそのままに溜息を吐いた。この子……いつからこんなになったのかしら……。
あれよね?これ自業自得?覗きに行かなければ良かったんじゃないの!?
「……まぁいいわ。おそらくこの街は虱潰しに調べられるでしょうね。今の状況から見て。さっさと出ましょうか」
そう言うと、ありすはどこから取り出したのか眼鏡を取り出して、かける。
……?目、悪かったっけ。それとも何か素敵な道具?
ありすは何処かで自慢げに眼鏡をかけた姿を見せた後、何故かそれを外す。
「どう?」
「どうって……何が?」
「眼鏡を外せば美少女」
「期待したあたしが馬鹿だった」
何がしたいのか……こいつは。
やっぱり期待したあたしが馬鹿だった。
「で?ありすがこんなとこで結界はってまでやりたいことは、何?」
さっきまでの戯けた様子から一変。幽かに目を細めたありすはあたしに問いかける。
あたしはそれに肩を竦めて答えた。
「さっきね、変な奴にあったのよ」
「ふぅん。でもそれは答えじゃない」
ありすの大きな青い目が更に細められる。まるで探るように。
やっぱりありすはこうでなくては。
あたしの口元が、歪な弧を描く。
「ひとの話は最後まで聞きなさい?……相手が、特別だったの」
ありすが目を瞬かせた。そして少し、不愉快だ、と言わんばかりにまた細くなる目。
「とびきりの上客だったわ。なんてったって……」
ここまで言って、あたしは最後に残った紅茶を啜る。
さっきまではこれ、いうべきか悩んでた。けど。躊躇うことなんてないかなぁ、と今のあたしは思う。どうせ後で知れることだろうし。
これはあたしが彼に最後に聞いた質問、それの答え。
「なんてったって、魔王様直々に出向いてくださったんだから」
がしゃん、とカップが叩きつけられる音がした。あたしのカップはあたしの手の中に。
目をちょっとありすの手元に移せば叩きつけられて粉々になったらしい陶器の欠片。ありすの手には傷の一つもないから……まぁいっか。
あたしは頬杖をついてありすの顔を伺う。
ありすの顔は前髪で隠れてよく見えない。
「ねぇ、ありす」
「なぁに、ありす」
いつものトーンよりいくばか低い声がありすの口から零れた。
「ありすは、私がいない時に他の、とあって、二人で。なにか。話してたってこと」
質問だよね。疑問系じゃないけれど。
それにしても、こうなったありすを見るのは久しぶりだな。普通に学校とかいけてたからこんなの忘れてた。
……いや、忘れてなんかない、か。忘れようもないからね。
あたしは小さく笑みを刷いてでもありすの顔から目を背けて。ありすの手元に散らばった陶器の欠片に手を伸ばす。指に触れかけると、その欠片は何もしてないのに空気に溶けるみたいに消えた。
「そうね。……でも、その分得たものは多い。文句なんて言わせないわ」
ほら。これでありすが割っちゃったカップの証拠隠滅完了。
あたしは手のひらを見せるようにありすを仰いだ。
ありすはまだ不服そうで。でもここまでくればもう文句は言わないことはわかってる。
「それじゃ、落ち着いたところで街を出る話でもしましょうか」
……あって話したってだけでこの状態だったら……うん。
一番最後、別れ際に言われたことは言わないでおこう。なにが起きるかわかんない。いやわかるけど。想像なんてしたくもない。少なくとも……血の雨が降るねぇ。
彼の名前も言わないでおこう。
“ありす”はあたしにとってもあの子にとっても、特別なものだし、ね。
とりあえずこれからのことを思うと、溜息が出そうだ。でも。まぁ悪くない。
さてと。あたしたちはちゃんと家に帰れるのかな。