なぁに?
欲しくないものばっかり必要だ。
ーー・ーー
……。
どうしてこうなった!
あたしの目の前には優雅に紅茶をすするあの、がきんちょ。
そしてあたしの目の前に置かれた、赤い、お茶。まるで血のよう……ではなくトマトジュースのような、お茶。飲んだら普通の紅茶の味がした。
……何これ異世界マジック?
「これなんてお茶?」
「紅茶」
対してあいつが飲んでるのは普通の紅茶。
とりあえず、落ち着け。
真っ赤なお茶をすすって一息つく。
「……で?」
「でって?」
「どうしてあたしの名前知ってたのか教えてくれる?」
がちゃん、と少し雑にカップを置いた彼?は小さく笑った。
「せっかくだしさ、ひとつ質問に答えたらひとつ質問に答えてよ。ね?よくあること。いいでしょ?」
ぴっ、と指を一本突きつけられる。
そしてにこりと笑って首を傾げられた。
あたしはひとつ、溜息を吐いた。
「いいわ」
仕方ないと、そう思う。
一方的に質問するのはいまいち気分のいいものじゃないし。
「じゃ、まず聞くよ」
「ちょっと待て、こういうのってあたしからじゃないの⁉︎」
けど、彼は無頓着に、何も聞こえてないかのようにあたしに問いかけた。
「ありすの名前、教えて?」
……?
え、だって。あたしの名前呼んでるじゃん。
あたしの名前は、ありすなのに。
「あたしの名前は ありす だよ?」
「そうだね、知ってる。でも違うんだよね」
違うってなんだろう?
「 “ ありす ” っていうのは記号だからね。一番小さく一番大きい力の宿る記号。呪文の一種に近いんだよ」
彼は角砂糖を一つ二つ三つ、と半分以上減った紅茶のカップに放った。
「だから、それぞれ意味がちょっとずつ違って特性も違って、って感じなんだよね」
「……だから、何?」
「ありすの名前は、どう書くの?」
……わかりにくすぎるでしょ!もっと簡単に、最初から字を教えてって言えよ!
……あれ。どう書くって言われると、漢字?漢字でいいの?ここって漢字おっけーなの?
ていうかどうやって教えればいいの?有料の有に……って感じで話してわかるのか?
それとも何かに書いて見せる感じ?何にかけと。
「ああ、これに書いて」
そう言って差し出されたのは少し藁半紙にしてる気がしなくもないザラザラとした紙。そしてペン。
どこから出てきたんだ……。とか疑問に思いつつも受け取って、ほんの少し、悩む。
書くべきか書かないべきか、じゃない。
そしてあたしはちょっと悩んだのちに当たり前のように漢字で『有栖』と書いた。
書いてから少し後悔もした。
きちんと読めるかも気になった。
けど、嘘を書いたわけでもないし。別に気に病むことなんてないんじゃないかなぁとも思う。
彼は紙とペンを受け取った。
そしてあたしの名前に目を走らせる。
「有栖でありすって読むの?」
「そう」
彼はふーん、と一言呟くとその紙をしまった。
そして紅茶を飲んだ。どうやら砂糖は溶け切っていなかったらしくてざりざりと音が聞こえる。
「ついでだし、ボクの名前も教えとくね。そうしないと不便でしょ?」
彼は見た目に似合わない笑みを浮かべた。
銀の髪がさらりと揺れた。
「僕の名前も “ ありす ”って言うんだ」