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 その頃、リズはというと、人混みから外れた一人がけのカウンターでハンバーガーを食べていた。

 お腹が空いていたため、思わず脊髄反射的に飛んで来てしまった。サンレイやマーチンは自分のことを捜しているかもしれない。そう思うと最悪感に駆られたが、まさか今の心理状態で二人に合うわけにもいかず、結局、目につかなそうな席で一人で済ませることにした。

(マーチンは……先週、私がマーチンの部屋に泣きついた時、迷惑だったって言ってた。……だから、相談できない。…サンレイも……)

 見てしまっただけなら、まだよかった。勘違い、見間違い、考えすぎ――適当に理由をつけて、無かったことにすることなど簡単だ。

 しかし、そういうわけにはいかない。

 リズがそれを見てしまったと同時に……相手にも、彼女の視線を気づかれてしまったのだから。

 今思えば、なぜあんな軽率な真似をしてしまったのだと、自分を責めたくなる。

 あの時、さっさと通り過ぎていれば――。

 興味など抱かなければ、こんな気持ちになることはなかったのに。

 思いつめた表情で、食べ終わったハンバーガーの包み紙を見るリズ。

 唐突に柱時計が鳴り響き、ハッとして顔を上げた。

 周りにはあれだけたくさんいた寮生達がほとんどいなくなっていた。慌てて時計の針を確認したら、朝食終了時間の5分前だった。

(いっけない! 講義に遅れちゃう!)

 リズは包み紙を捨て、急いで食堂を後にした。




 赤い門を抜け、黒い門を通る。……といっても、二つの門はピッタリと隙間なくくっついているので、感覚的には赤と黒の門を両方同時に出入りしたのと同じだ。

「じゃ、私はこっちだから」

 偶数番隊のマーチンは、門を抜けたところでサンレイと別れ、レッド寮へと向かっていった。

 サンレイもブラック寮に入る。

 一番隊兵士は1階、三番隊兵士は2階……という風に部屋の場所は決まっている。上へ行くほどに紛らわしくなってしまうのだが、それを言ったらレッド寮は1階に二番隊の部屋があるのだ、文句は言えまい。そもそもサンレイは一番隊なので、全部で十六部隊ある小隊の中で唯一階数と部隊数が一致している幸運な60人の内の一人なのだ。口を出す必要もない。十五番隊の寮生達には申し訳ないと思うけれど。

 結局リズは見つからなかった。朝食を終えた後も時間ギリギリまで捜したのだが、バニッシュ料理長に言われて仕方なく戻ってきたのだった。講義は7時半から。しかし10分前には着席していないと教室に入れてもらえない。

「…リズ……」

(やはり、私が何か気を悪くするようなことを言ってしまったから、顔を合わせづらいのかもしれない…)

 サンレイは自分の部屋にいる間、ずっと考えていた。あの時リズは「悪いのは私だから」と言っていたが、もしかしたら自分にも責任があるのではないか。もしかしたら、食堂でマーチンを見つけたけれど、自分がいたから話しかけられなかったのではないか。

(……今日一日は、近づかない方がいいか)

 考えた末、サンレイは結論を出した。

 一人でいることは慣れている。もともと、ここへ来てすぐは話し相手なんて皆無だった。毎日を必死にやり過ごすだけで精一杯で、人付き合いを気にする余裕なんてなかったからだ。

 しかし今、彼女の周りにはたくさんの人達がいる。無愛想な彼女のことを友達だと言ってくれるリズやマーチン、試合に付き合ってくれるルーディス。他にも、いろいろな人から励ましてもらったり、勇気づけられたり……数え切れないほどの恩恵を預かっている。

 最初は、他人に頼ることなど弱さ以外の何物でもないと思っていた。自分一人で出来ないから、他人に力を貸してもらう。そんなことを繰り返していたら、周りに誰もいなくなった時、自分では何も出来なくなってしまう。ずっとそう思ってきた。

(そういえば……リズやマーチンと知り合うきっかけも、大元はそれが原因だったか……)

 数年前のことを久しぶりに思い出し、サンレイは少しだけ表情を和らげた。

 考えるのはもうやめよう。もうすぐ講義が始まる。今は授業のことに専念しよう。

 頭の中をリフレッシュさせ、彼女は戸棚からケースの中に教科書類を入れ始めた。


 教室の前で、偶然ある二人と鉢合わせした。

「あ、サンレイ。おはよう」

 こちらを向いて挨拶をしてきたのが、イーチ・キリー。三番隊兵士である。

 彼は、2文字でまとめると薄弱。

 とにかく薄弱だ。何もかもが薄弱で、彼の全てが薄弱に満ちている。なぜここまで薄弱な人物になってしまったのか、本人自身も分かっていないほどの薄弱。どうしようもない薄弱具合なのである。

 ……と、こうして薄弱薄弱と言っているとゲシュタルト崩壊してしまいそうなので、とりあえずこの辺で説明を終えておく。詳しくはまた追って説明しよう。

「昨日は大丈夫だったか?」

「えへへ…うん。一応。ずっと寝てなくちゃならなかったけど……」

「お前ってホントに薄弱だよな」

 イーチの隣りの人物が口をはさんだ。

「もっと朝メシ食わないと、またすぐ倒れるぞ」

「朝はどうしても食欲が出ないんだ。昨日だって食べた方なんだけどな」

「そんでダメってことは、足りてないってことだろうよ」

「だよね」

 彼の名はトニー・ベンジャミン。十五番隊の兵士だ。

 2文字でまとめるのは、この会話を終えてから。

「人のこと言えないだろう。トニーだって、今朝はアップルパイしか食べてなかったぞ」

「それもそうだよね。しかも丸々1個。あれだけじゃ栄養が偏るよ」

「お前らなぁ、もしかしてアップルパイはジャンクフードだと思ってるわけ? あれだって立派な主食だっつーの。成分見ろよ、ちゃんと炭水化物含んでんじゃねぇか」

「その4倍近く、ナトリウム含んでるよね。塩分・糖分の摂りすぎだよ。カロリーだって1ホール食べれば1300kcalくらいあるんだから」

「大体、トニーは食堂で見かける度に甘ったるい物ばかり食べているが、お前こそそれで一日分のエネルギーを補充できているのか? ビタミンやらタンパク質やらがどうにも不足しているように見えてならない」

「何だよ。食うなっていうのか?」

「そうじゃないけどさ……。食堂は自己管理を徹底するためにセルフバイキング制になってるんだから、それを逆手にとって自分の食べたいものばかり食べていたらダメだってことを言いたいんだよ」

 というわけで、トニー・ベンジャミンは言わずと知れた甘党ボーイである。

 なぜそんなに甘いものが好きなのか、三度の飯より甘味を優先するほど甘いものが好きなのか、そんなんじゃ今に糖尿病になるぞ、と周りからしょっちゅう注意されるため、だんだん意地っ張りになってしまったちょっとかわいそうな人物だ。しかし、頻繁に注意されるくらい多量に甘味を摂取していることも事実であり、悪循環になってしまっている感が否めない。何より本人に危機感がないのだから周囲からは直しようがないのが現状だ。

「じゃーお前、これから野菜もしっかり食べるんだな!」

「え?」

「サンレイも! 乳製品ばっか食べてないで魚も食えよ! ここ1ヶ月近く、全っ然魚食べてないだろお前!」

「私は肉類で補っているから問題ない」

「魚食べない奴は今に太るぞ! アメリカのデブみたいになるんだからな!」

「お前に言われたくないな」

「俺はいいんだよ、食べた分しっかり運動してるから!」

「運動量は私と変わらないんじゃないか? むしろ女である分私の方が消費量は多いと思うが」

「んだとこの――」

 言い争いになったサンレイとトニーの間に、一人の男性が割って入った。

「サンレイ・リストンとトニー・ベンジャミンだな。礼拝の後、院長室に来なさい」

 男性はそう言うと、二人の脇にある扉を開けた。

 そして、閉めた。

「…………」

「……今のってさ……ベイベック教諭?」

「だな」

「もしかして、俺ら呼び出し?」

「だな」

「……あれ、イーチは!?」

「教室内にいたぞ。私達が言い争っている間にこっそり入ったらしい」

「あっ……あんのやろーーー!! 許さねーーー!!」

 皮肉にも今この瞬間、サンレイは彼に同意した。

ベンジャミン何とかっていう、主人公がだんだん若返っていく映画あったよね。

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