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第39話 鴻雁来たる ─審問─

 貴妃は屈辱くつじょくに顔を染めて、般若はんにゃのような表情で自らを縛る手枷てかせにらんでいた。


 ここは議会場。普段、ミコトや官吏たちがクニについて意見を交わす場所になる。しかし今日は違った。

 臨時で設置された壇の上で貴妃はさらしげられている。その後ろでは貴妃の侍女らしき女官が官吏に拘束されながら叫んでいた。私のせいだとか、貴妃さまは悪くないだとか。


 アオはすみの傍聴席に腰を下ろしていた。ユイは審問の手伝いを任され、サキだけがアオの隣に座っている。


「貴妃さまを開放してください! やったのは私です、宰相殿!」


 髪を乱した侍女は真実を問いただすために連れてこられたのだろうが、この様子では冷静な審問が行えない。壇上にいるミコトもそう感じたのか、ミコトは侍女を黙らせるように言った。そして指名された武官が躊躇ためらいながらも女性の首を狙う。女性はその場に崩れ落ちるように気を失った。


「ヒノ貴妃。そなたのみならず、お付きの女官まで騒がしいとは目もつむれぬ」


 貴妃は黙ってこうべを垂れた。


 なぜ審問に掛けられたのか。アオは宰相が紙面をかかげるのを見て、ぎゅっと目を閉じた。

 秋祭りでアオは少女に暴言を吐かれた。その追及が済んだのだろう。糸を辿たどればついに貴妃にたどり着いたというわけだ。

 宰相は罪状を読み上げる。


「ムラ人への、天子の悪評の吹聴ふちょうの容疑」

「反対意見はあるか」


 ミコトの問いかけに貴妃は静かに首を振る。


「では詳細を。先日秋祭りにて、ムラ人である一人の少女が天子へ次のような言葉を吐きかけました。『まだらだけの浅学せんがく女は生贄に帰れ』と。そして侮蔑ぶべつするように舌を突き出した」


 アオは再び聞こうとは思わなかった言葉に眉根を寄せた。


「これは明らかに天子に対する誹謗ひぼうであり、すぐさま少女を捕らえ尋問いたしました。他にも数名目に余る言動のムラ人は捕まえ次第問いただしました。そして得られたのが次の証言です」


 宰相は淡々と話を進める。


「『青い衣のいい身なりをした女がそう言っていた』」


 青い衣、という言葉にその場にいた官吏や武官がアオの方へ注目した。サキは思わず感情的になってしまったのか、立ち上がって異議を唱える。


「ふざけないで! どうして自分の悪口を吹き込むなんていう馬鹿がいるのよっ」

「サキ、座ってください」


 アオは着席をうながしたが、宰相はサキを特にとがめることなくむしろ頷いた。


「ええ。ですから私たちは証言の精査を行いました」

「宰相、続きを」


 ミコトは玉座でゆったりと足を組む。貴妃はあらわになってゆく事実に小さく身体を打ち震わせている。


「秋祭り当日、貴妃は青色の衣裳に身をまとっており、同様に侍女らにも同じ青色で揃えさせていた。ムラ人らは、貴妃は白という固定観念があったために貴妃の侍女とは気づかなかったと」


 宰相は手に持っていた紙の束をそばの棚に置いた。それですべてのようだ。


「では貴妃、そなたの言い分を聞こう」


 貴妃はぐっと息を詰まらせると、張り裂けそうな大声で叫んだ。


「よくもそんな風に私を問い詰められますね!」


 びりびりと議会場が反響する。その華々しい見た目の裏にひそむ、きつい性分を目撃した官吏らはあからさまに顔をしかめた。怖い女の典型だ。


辰廻シンカイ!」


 しかし続く言葉に宰相の名を知る者は瞠目し、注目を変えた。宰相は羽虫が騒いでいるという素振りで、軽く眉間にしわを寄せただけだが。


「私は貴方が言うようにしただけ。なのにどうして自分はまるで悪くないかのように、罪状なんかを読み上げているの!」

「……」


 ミコトはどういうことだと宰相に話を振った。宰相は何を勘違いしておられるのか、と少しわざとらしく首まで傾げる。


「貴妃殿、私が申し上げたのは一つだけです」

「なによっ」

「お好きになさればよい、と」


 貴妃は混乱しているのか瞳孔どうこうを揺るがせた。


「私は四阿あずまやで貴女の苦悶くもんを聞き、一つ言っただけです。好きにされてはどうかと」

「で、でも私は貴方に意見を求めたでしょうっ⁉ 私に足がつかないように侍女を使うのはどうでしょうとか、問題を後宮ではなく都で起こせば攪乱かくらんさせられるとか……それに貴方は同意してくださったじゃないの!」

「いえ、私は隣で微笑んでいただけです」

「証明できる者は?」


 貴妃と宰相の押し問答に、ミコトは辟易へきえきした様子で尋ねた。宰相がきっぱりと首を横に振る。


「おりません」

「なんだと」

「貴妃殿が二人だけで話をしたいと申されたので。私も押し切って、一人でも侍女を置いておくように言えばよかった。それは反省しております」


 しかしこの状況ではかなり貴妃に分が悪かった。

 何せ真っ先に金切り声を上げたのが良くない。その場にいる誰もがこの厄介な女を押し付けられそうになっていた宰相をあわれんでいた。きっとこのまま籍を入れられていたら口うるさい奥方になっていただろうと。


「しかしながら、今しがた彼女は自らの口で己の罪を自白いたしました」


 貴妃は宰相の冷静な指摘に、今更気づいたように慌てて口を押えた。


「違うわ! 今のは……そう、宰相さまに」

「ヒノ」


 貴妃はミコトに名で呼ばれたことにはっとして、口をつぐんだ。


「ここで黙って冷宮れいきゅう送りにされるか、騒ぎ続けて斬首されるか選べ」


 その言葉に震え始めたのは貴妃ではなく、アオだった。丹田たんでんから身体が冷えて、早鐘はやがねが打つ。アオは無意識のうちにサキの袖を掴んでいた。


 サキはすぐに気づいて小声で安否を確認してくれる。しかしアオは舌も絡まって上手く話せなくなっていた。

 そばに立っていた武官はサキに呼び寄せられて不審な顔を見せるが、すぐにアオの血の気を失った顔色に気づくと背後の小さな扉を開いてくれる。


 アオはサキにしがみつきながら、重苦しい議会場を離れることになった。

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