第34話 水始めて涸るる ─再会─
「いたっ。……なんなのよ、もう」
サキは正面からぶつかってきた走りゆく少女の背中に向かって愚痴を言う。手首から下げた萌黄色の巾着が揺れて小銭の音がした。
縁日は人が多い。走るものではない。
しかしサキはすぐに機嫌を取り戻して、手の中にある小蕃茄串の飴掛けを見つめた。二本あるその片方は自分用で、もう片方はアオにあげるものだ。毒身をすれば少しくらい食べてもいいだろう。何せアオは屋台の食事にありつけないことに酷く落ち込んでいたのだから。
ユイの目を盗んで、サキは人ごみの中でふふふと笑みをこぼした。後宮に戻ってからこっそり渡そう。アオを見ていると妹たちを思い出すのだ。はじめこそミコトに気に入られている様子を見て苛立っていたが、今思えばただの庇護欲のようなものだろう。アオは小柄なので小動物のようなのだ。
そうしてアオのいる炎の方へと人に揉まれながら進む。
とはいえ、人は多い。サキは人より長身だったことに感謝しながら隙間を見つけて進む。
「あっ、ごめんなさい」
必然的に衝突は起きるので、サキは謝りながら動いていた。周りの人も縁日についての話か、通してくださいという言葉で溢れかえっていた。
なのでサキはその呼びかけに、すぐ気づくことができた。
「ねえっ」
帯を引かれてサキはひっくり返りそうになるのを堪えた。飴掛けだけは死守して、声の主へ振り返る。
たしか彼女はいつか行った飲み屋の娘だ。鶏内村の生まれの。
名前はルリ。すぐ下の妹と同じ名前の少女だった。
「……」
しかしサキは開きかけた口を閉じた。彼女は自分のことを知らないはずだ。男性だと勘違いしていたので、到底目の前の女と外套で身を覆った男性が同一人物とは気づくまい。
「アオって人、知ってますか?」
ルリは脈絡もなくそんな質問をしてきた。
「天子さまのこと? ええ、知ってるわ。あたしの仕える人がそうよ」
ルリは少し目を瞠ってサキの顔を見つめた。
「私、その人と話がしたいの」
どういった因果か、彼女はそう言う。サキは眉を下げた。それはできない。今はちょうど登壇しているはずだ。そうなると会話はできない。
「悪いけど」
「じゃあ、私が来たってこと伝えに行かせて」
「……」
仕方ないけど穏便に済むならその方がいいだろう。
サキはしぶしぶ頷いて、炎の方へ連れてゆくことにした。
アオはルリの顔を見て大層驚いていた。ルリは目当ての人物が目の前にいると言うのに、誰か見分けがついていないらしく小首を傾げる。
「天子さまよ」
「……着飾ると雰囲気が変わるの」
サキは否定しない。ともかくルリには叩頭させた。
すると、ルリは突然サキの腕を掴み上げ、アオに尋ね聞く。
「この人なの?」
「な……何の話よ?」
アオは眉根を寄せて軽く俯く。
「萌黄のとんぼ柄。その巾着を小銭入れにしているのは偶然とは思えないの」
ルリは何かを訴えようとしているようだ。
アオは苦い表情をして、背後を振り返った。ユイの助けを求めようとしているのだろうが、彼は炎の番からまだ帰ってきていないのか姿が見えないようだった。
「貴女は天子さまに何を言っているの?」
「もうわかってるの。貴方が先日うちの店に来た、大きな外套のお客様だってことは」
サキはしばらく時が止まったような気がした。
縁日の騒ぎが遠くで聞こえる。なぜ気づかれている。
萌黄色のとんぼ柄、その単語でサキははっとして手首から下がる巾着を見下ろした。たしか飲み屋でも会計時に出した覚えがある。
それよりもなぜアオは話が通じているのだろう。後宮の外に出たことを知っていたということ?
サキは混乱して目の前が真っ暗になる。しかしアオは毅然とした態度を取り戻して、サキに命を告げた。
「サキ」
「は、はい」
思わず敬語で、サキは頷く。
「そこの少女と話をつけてきなさい」
ルリは不安そうな表情でサキを見つめている。
「名に漢字を持つ同郷の者同士、積もる話もあるでしょう」
「……名に漢字?」
「サキ、いつまでその場を占領するつもりですか?」
アオは人の目をきちんと把握してきっぱりと言い放った。サキは後ろを見て、アオに叩頭しにやってきたムラ人が連なっていることを知る。
「行ってまいります」
サキはルリの腕を引いて、祭りの外へと連れ出した。




