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第28話 蟄虫戸を坏ぐ ─誤魔化し─

 アオは四姉妹の神話にぞっとし、思わず後ずさった。


「それだけ、神は畏怖いふの対象だったとも言える」

「……」

「だから嫁入りの時、とついだ先に悪い主人がいても身代わりになってもらうために、どれか一つを身に着けていくんだ。後宮でも悪いことに巻き込まれないようにつけている人は少なくない」


 蛋白石たんぱくせき頸飾くびかざり翡翠ひすい手纏たまき、金の耳環じかん柘榴ざくと石の嵌め込まれた指環ゆびわ、そのどれかをだ。

 しかしその話をなぜ突然したのだろう。アオは天子宮を目指すユイの後ろをついて歩きながら尋ねる。


「誰もが、こんな高価なものを持ってるわけじゃない」

「……そう、ですね」

「だからたまに名前に入れるんだよ。神話による伝統を知っているほど知識はあるが、金がない家は娘に名付けるときに『はと』『かめ』『こい』『うさぎ』のどれかをね」

「なるほど。……えっと、まだ関連性が見えてこないんですけど」


 ユイはその辺りに植わっている枯れかけた葉のついた枝に手を伸ばすと、ぽきりと折った。そしてその小枝を使って地面に文字を書く。


「大抵は上から名前を付けるんだ。長女は鳩、次女は亀、っていうふうに」

「なるほど」

「サキのきの字は亀だ。サキはかいち内村の出身で名簿には漢字で名前が載ってる。サキは次女で、姉は奉納祭の生贄で亡くなってる。下には妹が二人」


 良く覚えているものだ。アオはユイの記憶力に嘆息した。


「重要なのは、サキの姉が奉納祭で生贄に選ばれてるってこと」


 アオはふと、ミコトと出会った時を思い出す。蜂須賀村は辺境の村で知識がないために、ムラの長の娘が生贄になることを拒んでいた。だからアオに白羽の矢が立ったのだ。しかしその他の村ではまず喜んでムラの長の娘が捧げられる。


「……サキは、鶏内村の長の娘?」

「詳しく聞いたことはないけど、そうだと思ってる。それから鶏内村は随分貧しいことで有名なんだよ」

「どうしてですか?」

「乾燥地で山が無いから」


 ユイは端的に答える。乾燥地は作物が育たないし、山もなければ大した獣もいない。そうなれば他のムラや都から負債を抱えることになる。


「つまり、鶏内村の出身で漢字の名前が与えられる家は限られる。だからさっきルリが言ってたことを踏まえると……多分サキとルリは姉妹だ」


 アオは息を飲んだ。。


「で……でも感動の再会です。ルリには酷かもしれないけど、そこまでして引き離さずとも」

「奉公が終わるまで、女官は肉親と会っちゃいけないんだよ。脱走したいと考える一因になるから」


 アオはもう何も言えなかった。

 もっといい方法があったのかもしれないが、今のアオには到底思いつかない。そうすればユイのやり方が一番無難だったのだ。


「サキにも、ルリに会ったとしても決して言わないように」


 アオがぎこちなくうなずくと、ユイは少しだけ安堵したように息を吐いた。






 天子宮に戻ってくると、サキはユイと一緒にいるアオの姿を見て胸をなでおろしていた。意図的でないのに、また任務を放り出したと言われたらと気を揉んでいたのだろう。


「どんな騒ぎだったの?」


 当然、聞かれることは分かっていた。アオは事前に口裏を合わせておいた答えを口にする。


「いえ、特には。酔った人が後宮の方へ押しかけていて、その騒ぎを隠すために女官たちが群がっていたみたいで」


 ですよね、とユイに確認すると彼は調子を合わせるように頷いた。その頷きはもしや、嘘を吐きなれていないアオによくやったと言ってくれているのかもしれないが深いことは考えるまい。


「そう、ならよかった」

「はい。ではこれからわたしとユイはまた外に行ってきます」


 詳しいことを言うなら太極たいきょくきゅうに、だ。しかし今彼女の前でその名を出すのは少し危ういだろう。アオは名を伏せて告げる。


「何しに行くの?」

「……せ、セツのところに、前の衣裳が良かったともう一度お礼に……」


 アオはたどたどしく嘘を連ねる。やはり慣れていないのでアオはユイに助けを求めた。ユイは一歩だけ前に出る。


「今度また、秋祭りがあるでしょ?」

「ああ、そうだったわね」


 そうなのか。アオは知らなかった。


「そのための衣裳をもう一着仕立ててもらおうかなと思って」

「確かに、きっと今年はアオも登壇しなくちゃいけないでしょうしね。あたしは行かなくていいの?」

「え、ええ。天子宮に来たばかりですし、今日は休んでいてください」


 アオの必死の気遣いに、サキは小首を傾げるも案外すんなりと納得したようだった。


「わかったわ。でも何かあったら呼んでちょうだい」

「はい! その時はお願いします。では行ってきます!」


 アオはユイの腕を引っ張って、慌てて回廊かいろうに出る。心臓が早鐘はやがねを打っていて今にも口から飛び出しそうだ。

 上手く切り抜ける道を作ってくれたユイに感謝を伝えようと見上げると、ユイは少しだけ複雑な顔をして「用事が一つ増えたね」と言った。秋祭りのことだ。

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