捜査開始 8
どういうことだと死体の頭部を覗き込むと、オーウェンが両手で兜に触れてみせた。そのまま頭頂に向かって動かそうとするが、兜は死体の顔から離れない。彼が言うように、確かに中で何かがつっかえているようにマリオンには見えた。
「これ、頭から被るタイプのものよね?」
「ええ。私の知る限りでは、留め具などはないタイプのものになります」
「ということは、兜のサイズがギルバート君の頭にちょうどぴったりだとか?」
「あるいは、死後の体の変化によってつっかえてしまった、もしくは兜内部の構造の問題なども考えられます」
「少なくとも、意図的に固定されているわけではないということね」
「どうしますか?」
「そうね……」
(遺体の頭部に外傷があるか否か、それだけでも確かめたかったところだけれど……さすがに兜を壊してしまうのは、まずいわよね)
どことなく釈然としないが、自分の代わりを務める人間がお手上げ状態ならば仕方ないと、マリオンは兜を外すことを諦め、代わりに死体の首周りを見せてもらうことにした。ぎっちりと縛られた麻縄は、左右対称に首の後方上部に向かって巻かれている。それをほんの僅かにずらしてもらうと、麻縄に沿って索条痕が現れた。
(これは首を吊った時にできたもの。それ以外に絞められたような痕はないから、ギルバート君は首を絞められてから吊るされたわけじゃなく、吊るされたことによって首を絞めて殺された……と、考えるのが妥当か)
これならギルバートも、あまり苦しまずに済んだだろうかと、頭の片隅で思いながら、マリオンはふう、と息を吐いた。
すると、別の人間が同じように息を吐いた。見れば、ディルが手袋越しの手の甲で額を拭っているところだった。
「ようやく適温になってきたな」
「暖炉が使われていて、異常な暑さになっていましたからね」
暗くなった暖炉の中を、ウィンターが火かき棒で漁りながら言った。傍にいるエリクが指示したのだろう。中を探っているようだ。
マリオンもまた、そちらへ移動し、暖炉の中を覗き込んだ。そこには、灰となった薪の中に紙らしき燃えカスが散らばっていた。
「これが原因か」
エリクが言いながら、窓の近くに置いてある本棚へと顔を向けた。壁側に設置された三台の本棚は、生徒会関係の資料の他に、辞書や図鑑などが隙間なく置いてある。それが今は、下段の一部がぽっかりと空いていた。
「もしかしなくとも、燃やされたのってここにあった書物? だとしたら、どうしてこんな大量に燃えているのかしら」
「証拠を隠滅するためだろう」
「証拠? それは何の?」
エリクに聞き返すと、「自身の胸に手をあてて考えてみろ」と言って、彼は死体の状況を聞きにオーウェンのもとに行ってしまった。
(あの人は変わらず、私を犯人にしたいようね……)
それでも、自分が犯人でないことは事実だ。証拠など出るはずがない。しかし、うかうかもしていられなかった。現段階で、犯人の最有力候補は紛れもなく自分なのだと、マリオンは懸命に頭を動かした。
(空いた棚にあった本は、元々ただの図鑑だったはず。生徒会資料でもないのに、燃やす必要があった? ではなぜ? 都合の悪いものでもないだろうに、どうして燃やされたの? 薪代わりにしても、量が多いし……)
使用時期ではないため、そもそも薪はこの部屋に数本しか置いてなかった。そしてそれはすべて使われたのだろう。ログラックは空だった。
「あ! もしかして、踏み台の足しにしたんじゃないですかぁ?」
「アンジェリーナ?」
ここで、エリクの背後に引っ付いていたアンジェリーナが、大発見とばかりに目を輝かせて発言する。
「ほら、ギルバート先輩の傍に転がっていた椅子ですよ! あの椅子をただ立てても、ギルバート先輩の足ってつかないんですよね? でも燃やされた本を足せば踏み台になるじゃないですか。だから、犯人はギルバート先輩に頼んで本を足した椅子に立ってもらった後、せーのでその本を引っこ抜いて先輩を殺めちゃったんです。それで最後は、椅子を倒して本を燃やして証拠隠滅です! ね? ね?」
まるで子犬のようだ。誰の目からも、アンジェリーナの腰から見えない尻尾がブンブンと振られているように見えた。
そんな彼女に向かって、エリクは困ったように微笑んだ。
「君は死ぬと分かっていて、自ら踏み台に立つかい?」
「え? 立ちませんよ? 死にたくないですもん」
アンジェリーナはきょとんとエリクに答えた。
「だったら、ギルバートも同じじゃないかな? 自殺ならまだしもね」
「自殺って……まさか、犯人はギルバート先輩!?」
「待って待って。拘束された人間が自殺できるわけないわ。だいたい、踏み台に本を足したところで、どうしてそれを燃やす必要があるの。それも死んだ人間が」
マリオンが額に手を当てながら言うと、「あ、それもそうですね……」と、アンジェリーナはしょんぼり項垂れた。
「まったく。俺だってもう少しマシな推理をするぞ、アンジェリーナ」
「むぅっ。ディル先輩には言われたくないですよーだ」
「やめないか、二人とも」
死体を前にワイワイと騒ぐ周りをよそに、マリオンは黙考を始めた。
(いや、アンジェのおかげで問題点が絞れた。犯人はギルバート君を吊るして殺したのだから、あの椅子は踏み台にしたのよ。でも、足したのは図鑑じゃない。何か別のものだわ)
マリオンは再度、暖炉の中を覗いた。その様子を見ていたオーウェンがすぐにやってきて、マリオンの代わりに火かき棒を使って灰だらけの中を漁った。
すると、
「ん?」
白い布を見つけた。ところどころ燃えて焦げ落ちているが、それが何なのかマリオンにはすぐにわかった。
(なんで、これがここにあるの……?)
わなわなと震えて口元を押さえるマリオンに、暖炉を調べるオーウェンが「どうしましたか?」と尋ねた。
しかしマリオンはそれには答えず、エリク達へと振り返る。
「そう落ち込むな。アンジェリーナ」
「落ち込んでないですよ、エリク様っ。ただちょっと、暑いだけですっ」
「そうだな。適温になったとはいえ、喉がカラカラだ。水が欲しい」
「ああ。氷一つだけでも口に含みたいくらいだよ」
そこでは寄り合って、各々が手でパタパタと自身を扇ぎながら話している。その光景を目にして、マリオンはハッとした。
「まさか……」
そこから、視線が吊るされていた死体の足元、その床へと落ちる。
(この床、それから倒れた椅子の濡れた原因って……)
「ということは……」
マリオンは急ぎ、隣の放送室に入った。そして部屋の中のあるものへと手を伸ばした。
「ない……」
頭の中のパズルピースが、カチカチと音を立ててはまっていくのがわかる。
鎧を纏った死体。吊るされた謎。異常に濡れた椅子と床。暖炉の炎。
(もしこの推理が正しいのであれば、あの人がギルバートを殺した動機って……)
マリオンは静かに、まだ暖炉の中を調べているオーウェンのもとへと戻った。
「もういいわ。オーウェン君」
「マリオン先輩? まさかとは思いますが……」
「ええ」
マリオンはコクリと頷いた。
「犯人が、わかったわ」




