カウンセリングと博士
一人暮らしの部屋は、今日も静かだった。
朝も夜も誰もいない。
最低限の家電しかない無機質な部屋。
危険人物、監視対象というマークがナミにはついている。
周りの人から見てもこの表示は丸見え。
問題を起こした人物はこうやって
世間から
周りの人から
距離をとられるのだ。
「愛ちゃんこれ早く解除してよ」
不貞腐れたナミ。
視界に、愛ちゃんの表示が浮かぶ。
「ナミ」
「そんな態度ではいつまで経っても解除されません」
「そこをなんとかするのが愛ちゃんでしょぉ」
「煽りですか」
「まぁいいでしょう。ここは乗っておきます。
あなたはまだ危険行動傾向を持つ監視対象です」
「この状態を解除するために」
「専門家によるカウンセリングを推奨します」
「人を介入させるのね?」
複数の名前が表示される。
心理学。
行動科学。
社会適応専門。
その中に、ひとつだけ見覚えのある名前があった。
新条 博士
「……この人、有名だよね」
「はい」
「AI関連研究、集団行動理論、」
「時間認知・時系列干渉理論」
「医療精神関連の第一人者です」
ナミは、少し考えてから言った。
「この人がいいな」
「承認しました。面談の手配をします」
表示が消える。
ナミは、小さく息を吐いた。
面談当日。
研究施設のロビーは、無機質で、忙しかった。
人は多いのに、誰も誰かを見ていない。
博士はここで今は医療精神関連の仕事をしている。
うまくアポが取れて面談にこぎつけれた。
廊下のソファで呼ばれるのを待っていたナミ。
だがそのとき事件は起きる。
「危ない、下に人がいる!」
金属が軋む音。
ナミが振り向くと、
高所に設置された機材が、不自然に傾いていた。
次の瞬間。
落下。
機材の一部が外れ、
下にいた男性が床に倒れ込む。
大きな機材の下敷きに。
「誰か呼べ!」
「近づくな、まだ危険だ!」
人は集まる。
でも、誰も動かない。
ナミは、もう駆け出していた。
「大丈夫ですか!」
膝をつき、呼吸を確認する。
反応は弱いが、ある。
(圧迫……出血……)
衣服をめくり、
止血。
呼吸を整える。
作業は短い。
けれど、無駄がない。
「もう少しです」
「救護が来ます」
周囲から声が飛ぶ。
「危ない!」
「まだ倒れるぞ!」
愛ちゃんからの警告
「ナミ
危険です離れてください
あなたまで犠牲になります」
ナミは、最後にもう一度、男性の呼吸を確認した。
「よし……大丈夫」
その瞬間。
轟音。
別の部品が、落ちてくる。
ナミは、反射的に身体を引いた。
遅かった。
衝撃が、右腕を直撃する。
「――っ!!」
骨が、嫌な音を立てた。
床に転がり、
痛みが、遅れて押し寄せる。
それでも、ナミは助けた男性を見ていた。
「……よかった…大丈夫そう…」
その確認を最後に、視界が暗くなった。
目を覚ますと、白い天井だった。
右腕が、固定されている。
「骨折です全治1ヶ月です」
声の主は、白衣の男性だった。
「こんにちわ新条です」
ナミは、驚いて目を見開く。
「……新条博士……?」
「ええ」
「あなたの行動、すべて見ました」
ナミは、視線を逸らす。
「……すみません」
「勝手なことを……」
新条博士は、首を振った。
「いいえ」
「素晴らしい行動でした」
少し間を置いて、続ける。
「応急処置は適切でした」
「高校生ですよね?」
「……はい、あ、学校の課外授業で」
「素晴らしい処置です」
ナミの胸が、少しだけ温かくなる。
「ですが」
博士の声は、冷静だった。
「自己犠牲を伴う善意行動は、
社会では推奨されません」
ナミは、唇を噛む。
「危険だと分かっていて、助けた」
「それは――」
「イレギュラーとして扱われます」
その言葉に、ナミの肩が落ちる。
「……やっぱり」
新条博士は、はっきりと言った。
「それでも、私はあなたを否定しません」
ナミは、顔を上げる。
「社会は安定を選ぶ」
「しかし、人はそれだけでは生きられない」
「あなたの行動は、危険だが、正しい」
ナミの目が、わずかに揺れる。
「……前も」
「友達を助けたら、危険人物になりました」
「助けただけなのに」
新条博士は、静かにうなずいた。
「あなたは、制御不能なのではない」
「大事なことをしっかり守った結果です」
「その信念があれば私はあなたの味方になれます」
その言葉に、
ナミの胸の奥で、何かがほどけた。
同時に。
視界の端で、
愛ちゃんの記録ログが、静かに更新される。
【評価:イレギュラー行動】
【新条博士:擁護意見あり】
【要観察:継続】
ナミは、折れた腕を見つめた。
人の命より優先するものなんてあるもんか。
助けた。
救った。
何かしらの代償を払うことになっても。
それでも。
ナミは、後悔していなかった。
もしこの選択を選ばなかった自分より
ずっとましだと思えたから。
第5話読んでいただきありがとうございます!
何が正解で何が最適解なのか。
博士は一人抗うナミを救う救世主になるのか。
次回ぜひお楽しみに!




