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時刻は正午手前だった

既に辺りは異様な静けさに包まれていた。

通信のあった蛍島中央保健所は、私たちがいた蛍第二公園から徒歩5分もない距離に位置している。私達も通信に気づいてから一目散に駆けつけたつもりだ。

それでも保健所のエントランスは、静かだった。野次馬達はいる。しかし人の壁を作って立っている、それだけだった。私は異質な静けさに耐えられなくなり、ふっとおっさんを見つめる。震えていた。今の警官のおっさんには死神の羽衣でも見えているのだろうか?いつものひょうきんさの面影すらない。

それでも彼にとってここは職場だ。義務と責任感が彼をぐんぐんと推し進める。

それて私も公園で彼の話を聞いていた為か、有りもしない責任感に前髪を引っ張られ、「警察だ」と押し進む彼の後を追う。傍観者達を掻き分けて進むごとに、アップテンポな細い呼吸と、野良犬の様な咀嚼音が耳にへばりついてくる。そして遂におっさんが最前列に出た。後から続いた私も野次馬の背中と、警官服の隙間から現実を覗く。



被食者は辛うじて生きていた、ただそれだけだった。ドキュメンタリーで見る捕食シーンよりも血生臭い、同種族だったモノの喰う。中年男性を取り囲むように、一切の容赦のない貪るという行為。後ろの男が脇腹を食い広げ、内臓で床を汚し、左前の少女が大腿部の骨をしゃぶり、右横の男が鳩尾に頭から突っ込む勢いで噛みついていた。

ハッキリ言って異常だった。

人が人を生きたまま食い散らかしている。おかしいだろ。最初は立体のホログラムか、最近話題の動く展示物かと目を疑った。それでも私は、足の震えと口の渇きでこれが現実に起きた事だと自分に決着した。

手遅れだろうか?そうだろう。もう無理だと分かっていた。いつもならこんな事をしようとも考えない。

それでも私は一歩足を踏み出した。

今日の朝から金をたんまり頂いたから?その通り。

ここに立ち並ぶ弱虫と同じにはなりたく無かったから?その通り。

お調子者の一歩、偽善者の一歩、それでも一歩出すには居られなかった。しかし私の決意は目の前の警官に止められた。

「なんのつもりだ、おっさん。これは、」

咎める為に向けた私の目は着陸許可を頂けなかった。

「こいつら、どうしてここに。」

おっさんは私から目を背けたまま、真実を知った様に、惨状を直視し続けていた。


ガリュッ コポッ


突如として響く聞き慣れない音に耳がおどろく。釣られて、おっさんの横顔からその目線の先へと視線を移す。


鳩尾に齧り付いていた筈の男が空いた穴に、お宝でも探す様に乱暴に腕を差し込んでいたのだ。

「なにやってる...」

驚くのも束の間、男が一瞬硬直し腕をズルズルと引っ張り出し始める。

ベチョッ

出て来たのは、愛でも幸せでも無く、ましてや金銀財宝でも無かったか。紛れもなく内臓だった。形からして肺だろうか。

その瞬間、私は恐怖と動揺の余り現実から一歩後退させられた。「あー、あれは死んだな。」なんて冷静に思うほどに。

しかし目の前で起こる異常性は、私を置きざりに一歩、二歩と加速する。



肺まで取られた食いかけの男がムクリと起き上がったのだ


当然私はこの現実を捻じ曲げたかの様な事実に目を疑う。

有り得ない。その光景に保健所内の緊張すらも掻き消されていた。しかしこの異様な雰囲気に、異常な光景に、当事者達は「関係がない」と言わんばかりに飄々と動き出す。人間1人を食い散らかし終えたというのに3人は新たな獲物を求めて傍観者に飛びかかりる。そして何より異常なことは、先程まで食われていた、被害者だった男も何も無かったかのように次に行われる捕食行動に続いたのだ。

彼らのその行動にエントランスの全てが悟った。私達は「傍観者は一気に被食者へと叩き落とされた」のだと。ただ恐怖を前に立ち尽くすことすらも許されないのだと。向けられる死への恐怖と叫びが一瞬にしてフロア全体を覆い尽くす。一斉に出口を目指して全てが走り出す。


依然、現実から一歩突き放されたままの私を残して。


逃げなきゃ...分かっている。でも、分かっていても足は脳からの生存本能を受けつけない。

・・・そして、ただ無様に残された私とバケモノとの目が合っ「おいっ、しっかりしろ。」


おっさんはぐいと私のひったくり一目散に保健所の外へ駆け出した。私もおっさんに引きづられ駆け出す。

「あっ、え?は?」

物理的ショックが気付け薬となったか、やっと声が出た。だがダメだ、思考が体に追いついて来ない。食ってた、人を。食われてた、人が。なのに、起き上がった???????

思考がまとまらない。どうやって生き返った。

「おい。しっかりしろ。ふっ」

「お前は大丈夫だ、怪我はない。ふっ」

「だからアレについて考えるのは後にして、ふっ危険から身を遠ざける事だけに思考回路を使え。ふっ」

運動を殆どしていないのか、息も絶え絶えにしながら、それでも私を宥めてくれる。その様が面白くて、あんな惨状を後にしたばかりだというとに、心が和んだ。

「悪かった。一旦切り替える」

そう言いながら見えて来た光を目指して両足を動かす。



「ぜぇぜぇぜぇぜぇ」


「はぁっはぁっはぁっ」

保健所の外に飛び出して、日頃の不摂生を祟りながら膝をつく。息を切らしつつ、ジロリと後ろを確認する。後から逃げてくる奴は居ても追手の姿は感じられない。案外、逃げてみれば楽勝だったか。いや、私達が追われていなければ他の誰かが....。そう逡巡しかけて頭を振る。今はそんな事、問題提起の場にすらない。

直面すべき問題は、直視しなくてはならない現実は、室内ではなく屋外、後ろではなく前にあるから。


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