濃密な時間 【月夜譚No.365】
人前で歌を歌うことになるとは思わなかった。それも、文化祭というそれなりに大きな舞台で。
最初は、幼稚園から時間を共にしてきた友人からの誘いだった。高校最後の文化祭、折角だからバンドを組んで思い出を作りたいと言う彼女に、私も楽しそうだと思って頷いた。
皆でわいわいやって、自分は隅で楽器を演奏できれば良い――そんな風に考えていたのに、話し合う段階であれよあれよといつの間にか私がボーカルを務めることになってしまった。
歌はそれほど上手くないと主張はしたが、メンバーは皆、私の声が良いからという理由で一向に引き下がる気配がない。歌の上手さと声質はまた別だと思うのだが、そんなことはお構いなしだ。
お陰で、文化祭までの短い期間はクラスの出し物の準備と並行して歌の猛特訓をした。メンバーとの合わせ練習も沢山して、披露するのは一回きりだというのに、意見がぶつかることも結構あった。
このたった数週間はとても濃密な時間で、振り返ってみるとまだそれしか経っていないのかと驚くほどだ。
けれど、まさかここにきてこんなにも青春を謳歌することができるなんて思いもしなかった。間違いなく、この三年間で一番青春らしい時間を過ごしたと思う。
きっと未来でも、キラキラ輝く思い出になっているのだろう。
私は口角を上げると、背中にメンバーの視線を感じながら壇上に続く階段を上るのだった。




