第参拾肆撃 遺恨
「ビーティーズ!いっくよ〜っ!」
号令をかけ、各地で戦っていたビーティーズが勢いよく私の元にやってくる。全員集合、整列したら、決めポーズっ!
「はいっ!ビーティーズですっ!本日から戦場デビューしましたっ!よろろすお願いするますっ!」
噛んだ…1番大事なところで…。せっかく大衆にシャッターチャンスを作ったのに。もちろん、透明メイデンがセンターだ。
「コノヨノアクヲセンメツシ!」
あたしの羞恥心が癒えないまま、ビーティーズの決め台詞の流れが始まってしまった。
「キョアクノカワリニバッコスル!」
「アラユルミカンヲタベツクシ!」
「んんん〜!ゔゆにぢゃんん〜!」
「セカイニヘイワヲモタラスノ!」
「だぢゅげでぇえ〜!」
「うるせぇえええ!」
あたしはシャルロッテが騒ぐメイデンに、エネルギー弾をありったけ打ち込んでやった。
「今いいところでしょうがっ!」
「ひぃいいい〜っ!」
「サワラヌウユニニタタリナシッ!」
「シュウエンモタラスセンメツブタイ!」
「ワレラ!」
「ビーティーズっ!ただいま参…」
あたしが最後の台詞を言う前に、各方面からエネルギー弾が飛んできた。温厚なあたしも流石に堪忍袋の緒が切れた。
「くぉらぁああ!誰じゃボケぇええ!折角の晴れ舞台を邪魔しやがって!派手に処刑ぃいいっ!」
私は知っている。今の赤い閃光を放ったのはWHCの戦闘機体だ。許せない。
「ビーティーズ!懲らしめてやりなさいっ!」
「リョウカイ」
シールド特化のBTS1号のバリア解除を皮切りに、一斉にビーティーズがWHCの戦闘機体に飛びかかる。
BTS最速の9号が先発で距離を詰める。すかさず火力特化の4号が追い打ちをかけ、特殊弾薬を装備した6号と連携して退路を断つ。
舞い上がった粉塵に3号がサーチをかけ、飛行特化の2号が撃ち漏らしを索敵し、近接特化の5号が追い打ちをかける。
8合は全体のバックアップで、あたしは監督という完璧な布陣だ。戦闘機体は収穫を待つ穀物の様に、効率的に狩られていった。
あたしは実際特にやる事がないので、サーチモードの範囲を拡大して無線を拾って情報収集に勤しむ。
(なんだあの機体は?!味方なのか?)
(フォックストロットよりHQ、配属不明の戦闘機体をエリアJ-23で確認、WHCと交戦中)
(くそ!前が見えねぇ!)
(キャハハ!)
聞き覚えのある悍ましい笑い声に背筋が凍る。あたしの記憶にある中でも過去トップレベルに不快な記憶が脳裏に蘇る。勘違いであって欲しい。
「あ〜…みかんちゃん、さっきの若い女性の通信、声紋認証検索かけられる?」
「オヤスイゴヨウ…ケンサクケッカ、1ケンガイトウ、イングランドノプロゲーマー、DoS_Asskickトスイテイ」
最悪な予想が的中した。今まで出逢った人類の中で間違いなく1番嫌いな人種が通信圏内にいる。恨みがあるわけではないが、ヤツがいるとなると状況が非常にややこしくなる。
「まず、どっちについてるの?」
「ツウシンシュウハスウハ、ドクジアンゴウノモノデス」
「最悪ね…味方でも嫌だけど。みかんちゃん、その通信マークしといて。あ、音声は切っておいてね」
不快だから。まさかドS・アスキックが来ているとは思いもしなかった。まあヤツもエインヘリアルを縄張りにしていた時はトップランカーだったし、声がかかっていても不思議ではないのだが。
WHCの戦闘機体じゃないという事は、一応味方なのだろうか…いや、ヤツの事だから敵味方なんて関係ないだろう。もしくはWHCに所属していて、新型の戦闘機体という線もある。
うぅ〜ん、情報が足りない。敵であれば間違いなく最悪の事態である事は間違いない。
「ビーティーズ、一度集合して楽屋に戻るわよ」
あたしがビーティーズを引き連れてぷに子氏のもとへ戻ろうとした時、また不愉快な笑い声がヘルメットに響いた。
(キャハハ!まあ何ですのこのお箱?)
いかん、シャルロッテの方に行ってしまった。まあ、あの箱を壊すのは難しいだろうから安心か。傍受した無線は入らない様にしたから、今のはメイデンの方の音声か。
武器も持たないただの箱入り痴女のシャルロッテがやられる事はまずないだろう。あたしはシャルロッテを見捨ててぷに子氏のもとへ急いだ。
(まぁまぁ人が入っているではありませんの。お上品な表情ですこと。一体どちらの酔狂様がこの様なアートを展示されたのでしょう?)
メイデンのカメラの映像がシールドに映されて驚いた。ヒラヒラのドレスを身に纏った、如何にもメンヘラの風貌の娘がメイデンを睥睨している。
「まさか…生身のあんなドレスでこの戦地を練り歩いてるとでもいうのかね?」
生身で戦闘に参加している軍隊はいるものの、全員完全武装している。しかしドSは見るからに普通の...いやあのゴスロリファッションは普通と定義していいのかわからないが、戦地にはふさわしくないように見える。
最新型の超リアルな戦闘機体なのだろうか…。
「んんんん〜〜!!!」
「あら、ごめんあそばせ?このお箱壊れないのですね。キャハハ!」
ドSはやはりメイデンの破壊を試みている様で、変わった形状のライフルを至近距離で撃ち込んでいる。エインヘリアルではSMGを使用していた記憶があるのだが…。
ぷに子氏のところに戻ると、戦場に戻ろうとするサリアを必死にぷに子氏が引き留めている。
「ちょっと!まだ無理ですって!大人しくしてくださいっ!」
「離してっ!みんなが戦ってるの!私だけ寝ているなんてできないっ!」
「まぁまぁ落ち着きたまえ。取り敢えず君のチームのこと、もうちょっと教えてちょうだい」
「ウユニさんっ!どこ行ってたんですか?大変だったんですから!」
「離してってば!」
「いいからちょっと座りなさい」
私に着いてきたビーティーズがサリアの周りを取り囲む様に着地すると、急に大人しくなった。
「こ…この機体は何なの?」
「よくぞ聞いてくれました。我らっ!」
「ビーティーズ!」
あたしの掛け声に合わせて、各機体がポーズをとり、バンドのアート写真の様に明後日の方向を見つめる。
サリアは呆然と立ち尽くしている。何か考えてはいる様だが、明らかに疲労で頭が回っていない。
「せ…戦闘は終わっていない様ですけど、ウユニさんどうして戻ってきたんですか?シャルロッテさんは…」
「あぁ、まずいことになったの。ドSって知ってる?」
「えっ!?」
ぷに子氏は明らかに動揺している。
「ドSって…DoS_Asskickの事ですかっ?!」
「そう、よく知ってるわね」
「有名過ぎますよあの大事件、それにウユニさんの最後の試合だったじゃないですか」
「話が見えないんだけど、とにかく私を解放して!」
「今ヘロヘロのあなたが戻っても奴に瞬殺されるわよ」
「そうですよ危険すぎます!」
「奴って誰なんですか?!」
「DoS_AsskickはEUサーバーに出没していたエインヘリアルのトッププレイヤーです。キルレートは平均17,2の正真正銘化け物です!」
「さっき見たら生身で参戦してるっぽいけど、オンラインの時から気に食わない奴だったのよね」
「あの大事件はもはや伝説ですよ。あれからウユニさんをオンラインで見かけなくなったから、リアルで消されたのかと思ってましたよ」
「エインヘリアルって何?それ今の戦いと関係あるの?」
「ウユニさん、サリアさんの為にも少し詳しく説明しておいた方がいいと思うんですけど…」
「そうね。せっかく面白いもの見せてもらったのに、犬死にさせるのは忍びないわ」
私達はエインヘリアルとドSについてサリアにこちらが知りうる限りの情報を与えることにした。オンラインゲームの話だと知ってますます腑に落ちないといった表情…しかし説明は止めない。
「で、世界大会が開催された時にたまたまあたしはドSとチームを組む事になったの。ドリームチームマッチとは名ばかりで、勝手に単独行動で突っ走るし、味方もサポートしないし、挙げ句の果てに執拗に死体撃ちと煽りを繰り返していたのを見るに耐えかねて、あたしが崖からリング外に突き落として強制退場させたのよ」
「み…味方なのに…?」
「だって敵チームは弱過ぎてアイツを倒せそうになかったし、度を越したマナー違反は最悪味方のチームの評判まで悪くするもの。常軌を逸した蛮行に正義の鉄槌を下しただけよ」
「リアルタイムで観戦してましたけど、あのドロップキックが衝撃的過ぎて…ネットでは暫く騒がれてましたね。結局DoS_Asskickを失ってもウユニさん達2人で優勝しちゃいましたし」
「あたしのミームが出回ったり、オンラインアクセスする度に大量のフレンド申請やらで酷い目にあったのよ…挙句の果てにドSから直接コールが何百件もかかってきてたし、ウンザリして暫くインしてなかったの」
「実は私…ウユニさんのドロップキックスタンプ持ってます…」
「そ…それがこの戦闘とどう関係しているの?今だに分からな…いっ」
サリアはどうにも落ち着かず、先程から立とうとしているが、足の力が入らず何度もヘタリと崩れ落ちている。
「気に食わないけど、ドSの強みは立ち回り云々よりも、異常なエイムコントロールよ。何度もエイムボットの使用を疑われて垢BANされていたけど、あれは紛れもない人力チート。暴れ狂うSMGのリコイルを高速ジャンプしながら120m先の動く標的に全弾命中させるなんて、疑われても仕方ない神業ってこと」
「でもウユニさんがさっき見かけた時は戦闘機体じゃなくて生身だったんですよね?」
「みかんちゃんのレーダーにも引っかかってなかったし、生身でしょうね。戦闘機体だとしたら相当精巧だし、みかんちゃんの探知を掻い潜るなんて、地球外生命体でも無い限り不可能よ」
「宇宙人って事ですか…?」
「あんな奴が宇宙人だったら、仲良くできないのは確実ね。残念だけど」
サリアは暫く考えて、地面に座ったまま玩具を取られた小型犬のような物寂しい表情を浮かべていた。
「でも…いくらエイムが良くても、生身の人間なら倒せるんじゃないの?」
「安易にそれなら試してみればとは言えないのが腹立たしい。あれだけ有名な奴が連合軍に知られていないということは、恐らくドSはWHC側か単独で動いている。連合軍の動きを見た限り、1V3でも連合軍の戦力では心もとないわね。連絡取れるなら仲間と最低でも5方向から同時に射線を通さないと、逆に対応されるよ」
「そんなの普通の人間じゃありえないでしょ…」
「あいつは普通じゃないの。アームパーツで射線を切りながら戦うサリア氏なら奴の異常さがすぐにわかると思うけど、わかってからじゃ遅いのよ」
「じゃあ、仲間を集めた方がいいってことですよね?シャルロッテさんを回収した方がいいんじゃないですか?」
数日間は晒し者にする予定だったのに、状況が少し変わってきた。確かにぷに子氏の言う通り、戦闘力皆無だとしても仲間は多い方が…いや、シャルロッテのことだ、アースガルズのように戦況をめちゃくちゃにされかねない。
「確かに猫の手も借りたい…だが断る。シャルロッテなんて投入しようものならさらにカオスになること確定じゃない。まずは状況確認、ドSがどちら側なのか確認するの。そして見方だった場合はやつとは別の区域で戦うこと。そして敵だった場合は、最低5人以上で取り囲むこと。いいわね?」
「どうして味方だった場合も別の地域に行かないといけないの?そんなに強い人なら一緒に戦った方がいいじゃない」
「それは…」
ぷに子氏は言葉に困っているようだった。
「それはあいつがフレンドリーファイア無効だったとは言え、大会の移動中にずっと後ろから味方を打ち続けてたからよ」
「な…」
サリアはようやくドSの異常さを肌で感じたようだ。完全に引いている。
「わかった、取り合えず所属を確認した方がよさそうね」
「よろしい。あたしは正直関わりたくないから、アールヴヘイムにいるわね」
「え…?一緒に戦ってくれないの?」
サリアは仲間に通信した手前、証言者の不在を憂いている様だ。しかしそれが私である必要はない。
「ぷに子氏がいるじゃない」
「私は戦えませんよっ?!ニューロリンクの戦闘機体の申請をしたのに、連合軍から却下されて、それでも調査という名目で何とかシャルロッテさんが無理やり席を取っただけですから!」
「いよいよ何しにきたのか分からないわね。ぷに子氏、悪い事は言わないからシャルロッテとは距離をおいた方がいいわよ」
「うぅ…でもまた就活するくらいなら心中します」
「呆れた娘ね。まあここで会ったのも縁でしょう。少し惜しいけど、日本人のよしみで8号のアクセス権限を付与してあげるわ」
あたしは超薄型のコントローラをぷに子氏に手渡した。
「またコントローラーですか…キーマウは無いんですか?」
「文句言わないの」
あたしは統制プログラムから8号を切り離して、離陸体制に入る。
「それじゃあサリア氏、あなたの事は一応マークしたから、もし万が一の際にはオープン回線であたしを呼びなさいね」
「…ええ」
サリア氏はまだ腑に落ちていない感じだ。一目見ればすぐにあたし達の言葉の意味が分かるはず…だけどそれでは遅いのだ。
あたしはビーティーズと共にフライトモードでアールヴヘイムへと飛んだ。




