第参拾参撃 焦土
みかんちゃんのアラームで深い眠りの底から浮上する。緊急時に備えてΣを着たまま寝てしまったから、身体が痛い。
「うぅ〜ん…うぐっ!」
伸びると背骨がゴキッと軽快な音を響かせた。どうやらすでに目的地上空についているらしい。
「さて、始めますか。みかんちゃんサーチモード起動。ゲロッテを探しなさい」
「サーチモードキドウ、コタイメイゲロッテ、6321メートルナンセイホウコウニハッケン」
「でかした。オブシーン・メイデン起動!」
「タノシイショーノハジマリデスネ」
わざわざ開発して輸送してきた特大のプレゼントボックスが起動して、急速で対象に向かって飛び立った。
「あたし達も行くか!フライトモード起動、フルーツバスケットはホバリング待機、全機発進!」
貨物室のハッチが開いて、降下準備に入る。連れてきた最新の9機の精鋭戦闘機体部隊、ビーティーズの初公演だ。それぞれの機体が特殊機能を兼ね備えた殲滅部隊だ。
ランプがグリーンに切り替わり、全機体がハッチから勢いよく飛び出していく。プロデューサーのあたしはもちろん最後尾からみんなの活躍を見守る。
シールドに映し出された敵機体数は3214体だが、どうやら生身の人間とバトルスーツも混じっている。表示を切り替えると56912と出た。
「ふむ、想定していたよりも随分少ないわね」
あたしが自由落下からジェットを焚いて軌道を変えると、みかんちゃんからゲロッテを捕獲したと報告があった。
すぐに現場に急行すると、中心の戦地から少し離れた、小高い丘に辿り着いた。頂上付近に近づくと、透明の大きなボックス内に、見覚えのある痴女が拘束されていた。
「捕まえたっ」
「ウユニさん?!」
透明ボックスの後ろからぷに子氏の声がした。シャルロッテを出そうとしていたらしい。なんか前にも見た光景だ。
「あらぷに子ちゃん、久しぶりね」
「これはウユニさんの仕業ですかっ?!私の飼い主をどうする気ですかっ!」
「おうおう聞き捨てならないわね?飼い主なんて上等な玉じゃないでしょう?あたしのペットになりなさいよ」
「ウユニさんのペットなんて何されるかわかったもんじゃない…シャルロッテはたくさんクレープとお金くれるんです!」
「じゃあお別れを済ませておきなさいね」
あたしがシャルロッテに目をやると、これから起きることを悟ったのか、目から光が消えている。そうだよ、これからあたしを利用しようとした報いを受けることになるのだ。きっと楽しんでもらえるに違いない。
「それじゃあそろそろ行きましょうか、メイデン調教開始、座標セット地点J-23」
あたしが命じると透明に捕獲ボックスもとい改良版全身マッサージ機はシャルロッテを内部で拘束し、スーパーハードモードマッサージが開始される。
そしてセットした座標に向かって飛び立った。向かうは戦地のど真ん中だ。今から楽しみで仕方ない。
「じゃ、またあとでね!」
あたしはぷに子氏を置いて夢中で高速移動する透明ボックスを追いかけた。すでに全身マッサージが始まっている様で、内部の様子が空中でも鮮明に見える。
戦地に勢いよく透明のボックスが降り立つと、動揺した両陣営の戦闘機体や生身の人間が、一斉にボックスを撃ち始めた。
しかし残念、このボックスはシャルロッテを辱めるためだけに生み出された傑作中の傑作、耐久力はU-2を凌ぐだろう。全面防弾ガラスに、ニヴルヘイムの戦利品であるU-2の一部を使用した変換器まで搭載している。
実弾を打っても傷一つつかないし、エネルギー弾に至ってはルナタイトのパーツから吸収変換されて動力源になる仕組みだ。
因みにエネルギー弾で撃てば撃つほど、マッサージは激しくなる。おまけに中身が周りに丸見えなだけじゃなく、声もスピーカーで大音量で外に聞こえるし、自動で録画してSNSに生配信されている。
うちにある以前シャルロッテが体験した全身マッサージ機とは比較にならない進化を遂げているのだ。流石の激しいマッサージに、シャルロッテは声にならない叫び声をあげている。
「分かってるわよねゲロッテ、謝っても許してあげないよ」
「た…たひゅけへぇえええ!とめへぇええ!」
猿轡型のフェイシャルマッサージ機のせいで何を言っているのか分からない。
「止めたいなら画面に表示されている解除ワードを唱えることね」
「ふ…ふゆにひゃま…みひめへいやひいわはくひめに…ぉぉおお…おひおき…おひおきひてくらひゃい…」
「んん〜?何言ってるか分からな…うぐっ!」
みかんちゃんが照準検知して自動回避した。
「ちょと今なまら良いところなんだから邪魔しないでよっ!ビーティーズ召喚っ!」
あたしがビーティーズを呼ぶとすぐに9機の機体が空から急降下して、周りの敵を無差別に破壊し始めた。
「そう、お仕置きが必要よね。暫く何千何万人の人前でそうしてなさい。因みに解除ワードは発音シビアだからそんなんじゃ解除できないわよ!さあ唱え続けなさい」
「ひぃいいい!」
シャルロッテの声がスピーカーで戦地に反響する中、あたしは大きく伸びをする。
「うぅ〜ん、さぁてあたしも本気で殲滅しに行きますか」
ここに至るまで空中から観察していた。さっき見かけた面白そうなやつはあたしの獲物だ。
飛んできた方向に敢えて歩いて向かうと、至る所で大爆発が鼓膜を揺らす。閃光が飛び交い足元には数え切れない屍と鉄屑が散らばっている。
数十メートル歩いたところで目を凝らす。視界の限界の地平線に、奇抜な動きをする奴を発見した。あれが戦闘AIを組み込んだ動きだとしたら、相当高度な計算に基づくプログラムに違いない。
はやる気持ちを抑え切れずにジェットを焚いて近づくと、予想の斜め上をいく光景が目に飛び込んできた。
生身の人間だ。腕にカスタムしたバトルスーツの一部を装備しているだけで、あとは普通の人間の様に見える。
アームパーツからワイヤーを発射し、牽引する勢いで、人間離れした跳躍を見せている。さながらスパイ◯ーマンの様だ。
しかしかなり疲労困憊の様子…着地の隙が大きい。跳躍中にあれだけリコイル制御ができているのは見事ね。一応データを取っておくため、こっそりスキャンした。
全員殲滅するつもりだったけど、よくよく観察してみると、多国籍軍とある企業の抗争のようだ。見たことのないロゴがある戦闘機体がどこかの国の企業で、それ以外のバトルスーツやら生身の人間達が多国籍軍といったところか。
あのロゴは以前ワーフェスの参加企業データを盗み見た時には見当たらなかった。だけど動きを見てすぐにHuainaが搭載されていると分かった。どうやらあまり再開したくない奴が絡んでいそうだ。
私の予想が正しければ、シャルロッテがここに現れたのにも納得がいく。事情はよく分からないけど、一先ず不愉快な戦闘機体の方を先に一掃しておこうか。
「εとBAさんの弔い合戦と行きましょうか。みかんちゃん、バーサーカーモード起動」
「バーサーカーモードキドウ、オートショウジュンオールグリーン」
屈伸、伸び、そして深呼吸…腹圧を高めて、勢いよくジェットを焚いたとき、例のスパイ◯ーマンが窮地に陥っているのが視界に飛び込んできた。あのまま行くと着地地点が3機の戦闘機体の斜線が通る位置だ。
別に助ける義理はない。もうちょっと奇抜な戦闘スタイルのデータが欲しいだけだ。
「みかんちゃん、横の2機をお願い」
「リョウカイ」
あたしは加速してスパイ◯ーマンの横を目にも止まらぬ速さで通り抜けて、戦闘機体をプラズマブレードで叩き切った。
みかんちゃんはΣの両肩に搭載されたレールガンで、戦闘機体を自動照準で仕留めていく。横の2機を貫いた後も、照準を検知した方向に自動でエネルギー弾を発射している。
頼んだ事以上に仕事ができちゃうなんて、本当にいい子。あたしは振り返ってスタイリッシュなポーズを決める。
「君、名を名乗りたまえ」
あたしはバランスを崩して手をついているスパイ◯ーマン…いや、スパイ◯ーウーマンに問いかけた。
「あなたは…所属は?」
「…フリーのウユニちゃんだよ。それで名前は?」
「わ...私はオリエント連合軍のサリア」
「あら、かわいい名前ね。そして素敵な装備、ちょっとお話ししましょうよ」
「あなたは一体何者なんですか?み...味方なんですか?」
「あたしはどこにも属さないの。強いて言うなら正義の味方ね。ところでそのアームパーツはどこの誰が作ったのかしら?」
あたしが何気なく投げかけた質問に、サリアは少し動揺した表情を見せた。言葉に詰まっているようだったけれど、ゆっくり待ってあげることにした。
「これは...お父さんの工業用のワイヤーパーツで...」
驚いた、戦闘設計じゃない工業用のパーツを改造して装備しているのか。そんなの生身で扱おうなんて、無茶をする。全身ジェット機のあたしが言えた事じゃないが、随分と負担が足に来ているようだ。
「ふ~ん、面白いじゃない。でもお疲れのようね?」
サリアは立ち止まってアドレナリンが切れたのか、足の震えを抑えきれなくなっている。
「ちょっとお姉さんとデートしましょうよ。悪いようにはしないわ」
「え...ちょっと...」
サリアの手を引くと、抵抗する気力が残っていないのがよくわかる。戦争という極限状態に置かれていたのもそうだけれど、この装備で動き回っていたら普通、数十分も身が持たない。
「ビーティーズ、気色の悪い戦闘機体を一掃しなさい」
あたしが命じると、無差別攻撃をしていたビーティーズが連携して戦闘機体を攻撃し始める。
「さっきの機械達は...あなたと同じ軍なの?」
サリアはいよいよ意識を保つのもやっとな虚ろな目をしている。
「だからあたしは軍隊とかじゃなくてソロプレイヤーよ。確かにビーティーズはあたしがプロデュースしたアイドルグループだけど、軍隊じゃないわ」
「何なの...訳が分からない...」
「いいから少し休みなさいよ」
あたしはサリアを抱えて、ぷに子氏のいた地点までフライトモードで飛んだ。空中に浮いて暫くすると、急にサリアが重くなったように感じた。視線を落とすと、気を失ったサリアがプラプラしている。
「ウユニさんっ!」
ぷに子氏は慌てた様子で手を振っている。
「待たせたわね」
「ちょ...誰ですかそれ?!シャルロッテさんはどこですか?!」
「置いてきた」
「置いてきたっ!?」
「ええ、置いてきた。戦地のど真ん中に」
「シャルロッテさんは武器も何も持ってないんですよ?!そんなとこに放置したら死んじゃいますって!」
「大丈夫よ、あなたも見たでしょう?あの棺桶の中にいれば全く問題ないわ。いうなれば逆動物園を楽しんでいるところね」
「え...それってどういう...」
「うむ、自分で言っておいて意味が分からないわ。取り合えずこの娘ちょっと預かってくれる?」
「だ...誰ですかこの娘?」
「知らない。オリエント連合軍のサリアって言ってたわ」
「オリエントって最近介入した第三勢力ですよね?大丈夫なんですかそんな人連れてきちゃって?」
「事情なんて知らないわ。面白そうだったから話を聞いてみようと思っただけよ」
「それ絶対やばいですって、ここは戦場なんですよ!?」
「じゃあ捕虜にでもすればいいじゃない。で?あなたたちはどっちについてるのよ?」
ぷに子氏は少し発する言葉を考えるように間をおいてから話し始めた。
「私たちは東ヨーロッパ軍と協力しています。WHCが新しい戦闘機体を導入してから、様々な国が軍事介入していて、シャルロッテさん曰く現状東ヨーロッパ軍は北アメリカ、北アジアと協力して連合関係にありますが、最近一部の東南アジアとオリエント連合が新たに介入しているようで...」
「つまりWHC対その他の国ってことね?」
「え...まあ...平たく言えばそうなります」
「平たくじゃなくて要約すればでしょう?つまりWHCが世界の敵という認識で間違いないのね?」
「ウユニさん...ニュース見ないんですか?今世界中で大変なことになっているんですよ?」
「見ないわ。大変って何よ?」
「世界統一宣言です。WHCが新たな国を建国して、全世界の国を支配下に置くとネット上で宣言した大ニュースですよ!反対した国に宣戦布告して世界中で混乱が起きているんです」
「その新しい国ってどこにあるの?核爆弾でも落っことそうと考える脳筋国家が一つくらいあるでしょうに」
「実は...」
ぷに子氏は突拍子もない言葉を信じてもらえるか不安に思っている子供のようにおどおどしていた。
「月にあるそうなんです、その新しい国」
「なるほど、ヘルヘイムね。面白いことしてくれるじゃない」
今回は新しい出来事の好奇心よりも、不安や焦燥が勝っている。あたしの母、那須野咲夜はWHCで働いていた痕跡がある。その企業と敵対して働き口までぶち壊しに月まで行くのは、なんだかやるせない。物心つく前の話だから母の記憶はないし、一緒に過ごしたことも話したこともないから母親とも思っていないけれど、WHCを壊滅させたら母との儚いつながりを自ら完全に断ち切ってしまうような感じがした。
まあ、今も生きているのかもわからないし、現在もWHCで働いているのかもわからないから、考えるだけ無駄か。
「それで?なんてぷに子氏達はこんなところにいたの?」
「それは...」
ぷに子氏はことの経緯を説明し始めた。あたしとアースガルズで別れた後、二人は潜水艦で東南アジアにたどり着き、そこから一度ヨーロッパまで飛んだらしい。普通に公共交通機関を使うなら、なんであたし達があんなにこそこそ移動していたのか、いよいよ意味が分からない。しばらくヨーロッパを転々としていた時にWHCの世界統一宣言の事を知り、軍隊に取り入って軍事施設に潜り込んだらしい。
そこからこのムスペルスヘイムで北アメリカ軍が端を発した見せしめの戦闘が行われることを知り、東ヨーロッパ軍についてここまでたどり着いた矢先、軍事拠点が壊滅して逃げてきたとのこと。
「世界征服をしたいならなぜ各国を襲撃しないのかしらね」
実に不可解だった。U-2でも送り付けたら一瞬で国が亡んでもおかしくないと思うのだが、それだけの軍事力を持ちながら、何故こんな回りくどいプロパガンダを行うのだろう。それにヒルツを洗脳していたアカシック端末を改良すれば、洗脳兵器で人類を気づかれぬまま、意のままに操ることもできただろうに。
逆の立場になって考察しても全く最適解とは思えない。WHCが何を考えているのか理解不能で少し恐ろしくもある。あたしやシャルロッテを放置しても問題ないと判断するほど、大きな物事が動き出しているのは確かだ。
当然あたしがここにくる可能性も把握していたはずだ。何か嫌な予感がするのに、理由の見当がつかないのが腹立たしい。
「それは...征服した後、誰もいなかったら寂しいからじゃないですか?」
ぷに子氏の意見も一理ある。植民地化しても資源が灰になってしまえば旨味がない。この場合の資源は人類と考えるべきか。洗脳できない理由でもあったのだろうか。考えがうまくまとまらない。
「ふう...直接問いただしに行った方が早そうね。とりあえずWHCの戦闘機体を全部ぶち壊してくるわ。そうすれば流石に舐めた態度も改めることでしょう」
「な...連合軍が束になって苦戦しているんですよ?!流石のウユニさんでも今回は危険過ぎます!」
「問題ないわ。Huainaなんて所詮あたしの旧作のみかんちゃんの模造品だし、あの戦闘機体の出力なんてたかが知れている。ビーティーズだけで十分だけど、あの子達を生み出したのは、プロデューサーたるあたしが一番脚光を浴びる為なのよ」
「え...ちょっと何言っているのかわからないんですけど...」
「いいのよ。勝手に好きでやっていることだから。理解されようと行動しているわけじゃあないし。じゃあ、その娘お願いね」
「いや、ちょっとウユニさん、困りますって!」
あたしはフライトモードで再び地点J-23に飛んだ。近づくとすぐにシャルロッテのあられもない美声が、周りの銃声よりも大きな音で響いているのがわかって思わず噴き出した。
あたしは痴女入り透明メイデンに降り立ち、ポーズを決める。
「さあ、Uyuni_Botterの殺戮ショーの始まりだよっ!きゃぴっ!」




