第弐拾捌撃 天使
「ジェノサイドモード起動!」
「ジェノサイドモード、キドウシマス」
あたしは素早く身構え、自動回避の衝撃に備えた。
しかし暫くしてもΔは回避行動を取らない。
「みかんちゃん?」
「ショウジュンケンチシマシタガ、テキセイハンノウハミトメラレマセン」
「ん?どゆこと?」
「センサーニシキベツリレキノアルショウジュンヲケンチ」
「ほう、生き残りがいると?一体誰かね?」
「シキベツバンゴウ032、SMG-Type Gカスタム、ヒルツノモノトスイテイ」
「ヒルツ?!…そういえば出向で暫く居なくなるって言ってたわね。サーチモード起動」
「サーチモードキドウシマス。5ジホウコウ41m」
あたしはすぐさま3機のステルスモードを起動して、εとBAさんと共にヒルツを探した。
そういえば奇妙な事に、あれだけ派手な登場をしたのにセキュリティシステムが作動していない。すぐに取り囲まれて派手な戦闘が始まると期待していたのだけれど…
そして古代遺跡感が欲しかった。天空の島といえば神秘的な雰囲気が必須…しかしここは何と無機質で無駄がない、完璧に設計された建築美学を感じる。
材質がわからない統一された白い地面も壁も、何だか味気ない。
「緑とオレンジがあれば少しは映えるのだけれど…楽園はあるかや?」
「シキベツバンゴウ032のショウジュンハッセイゲンヲモニターニヒョウジシマス」
シールドに強調表示された先には人影はなく、少し高い位置に銃がそのまま置きっぱなしにされてこちらを向いていた。
「みかんちゃん、ここはワーフェスのフィールド?それとも別のエリア?」
「チケイトゼンタイコウゾウヨリ、バトルエリアトスイテイ」
そもそもヒルツはエンジニアだから、基本的にフェスには参加せず、実験機体の試験運用や訓練にしか参加していなかった。
彼があたしのお気に入りの機体モデルであるシラタキちゃんをデザインしたことを知り、意気投合してたまにセントラルで語ったのだ。
あたしは背伸びして銃を取ると、戦闘機体の腕も一緒に落ちてきた。
「うわっ、ビックリした!」
バッテリー残量は少なそうだけど、腕を捥ぎ取り持っていく事にした。
よく見ると前に見せてもらった武器のデザインと違う。プラグが見当たらない。
「おかしいわね…みかんちゃん、スキャンして」
「スキャンカンリョウ、トウガイキタイデータニナイ、エネルギーゲンヲカンチ」
「なるほど、随分と凝った改造をした様ね。みかんちゃんよくヒルツのって分かったね」
「シキベツバンゴウ032のトウロクデータカラ、カイゾウカショハ、ハバッテリートヘンカンデバイスブブンノミデス」
あたしは少し高台に登って奥を調べてみようと、練習がてら足のジェットだけで段差を登った。
登り切って下を見下ろすと、なるほどセキュリティシステムが作動しなかった理由がわかった。
「これは…」
すでに天空の島の基地は半壊し機能していない。眼下には無数の破損した戦闘機隊が散らばり、奥に見える研究所と思しき施設は瓦礫の山と化している。
「どうやら先を越された様ね…ん?」
シールドをズームすると、直径5m程の幾何学的な羽を生やした白い円錐型の物体が鎮座していて、その体表を先程拾ったSMGのエネルギーコアと同じ色の蒼光が走っている。
「何じゃありゃ?」
「フメイ。アノブッタイヲコウセイスルキンゾクハ、チキュウジョウニソンザイシマセン」
「え…宇宙人ってこと?」
「フメイ。アノブッタイカラ、セイメイハンノウハケンチサレマセンデシタ」
「よく分からないけど、あれがあたしの獲物を横取りしたって事よね?εさん、BAさん、懲らしめてやりなさい!」
「リョウカイ/ リョウカイ」
「リョウキタイノステルスモードカイジョ、オートバトルモードニイコウシマス…エラーハッセイ、モクヒョウヲヒョウテキタイショウニシテイデキマセン」
「そんな訳ないでしょ。検知する未確認物体を敵機体に指定しなさい」
「シテイカンリョウ、タイショウヲハカイシマス」
「えぇ、やっておしまい」
正直、何故無類の戦闘狂であるあたしが飛び出していかなかったのかは、野生の勘としか表現できない。
あの物体に初見殺し感があるのは、拭えない胸騒ぎが物語っている。仮にもワーフェスに参加しているのは莫大な投資がなされた最新機体と、企業の威信を背負う選りすぐりのパイロット達だ。
ヴァナへイムの時とは違って、戦闘の痕跡があるということは、束になってかかっても攻め落とされた可能性が高い。
「あれはかなりヤバそうね…みかんちゃん、BTCの照準をあの未確認物体にセットしておいて」
「リョウカイ、チャージマデ420、モニターニヒョウジシマス」
あたしのヘルメットの前方50㎝程の距離に、3Dモニターが映し出される。
「あとビーティーフライを起動して戦闘を記録して」
「ビーティーフライキドウ、εオヨビBAノガメンモ、ドウジニヒョウジシマス」
ビーティーフライは小型の偵察機で、最大3000mまで操作できる代わりに、フレームレートが60Hzまでしか上がらないのが玉に瑕だ。
あたしはΔのステルスモードを起動したまま、ゆっくりと向かい側の高台まで移動することにした。あちらの方が全体を見渡しやすそうだからだ。
シールドに映し出されたビーティーフライの画面上で、あたしの可愛い2機の傑作が接敵した。目視でも確認した未確認物体は2機が近づくや否や、青白い光を放つと同時に浮遊し、変形を始めた。
「何あれっ!原理がわからんっ!」
εとBAさんが同時に牽制射撃を始めると、未確認物体は円盤型に変形し高速回転を始めた。当たっている…けれどシールドを展開している様子は伺えない。あまり効果がないようだ。
BAさんが揺動に接近し、エネルギー弾を連射する中、εは少し離れた位置でレールガンのチャージを始める。
未確認物体はさらに上下二つのピラミッド型に変形し、そこから飛び出した突起で接近したBAさんを迎撃する。
早い…けど避けられないスピードではない。BAさんが敢えてフロントシールドを展開して攻撃を受けたのは、未確認飛行物体の攻撃データを取るためだ。
「BAキタイ、バッテリーショウモウリツ18%」
「な…一撃でそんなに削られるのっ?!」
「タイショウノエネルギーキュウシュウ、ヘンカンプロセスヲカクニン」
「なるほど…仕組みはわからないけど、エネルギー弾は吸収されて奴の活動エネルギーに変換されてるって事ね」
「ブツリセンジュツテンカイヲスイショウシマス」
「OK、叩きのめしてやりなさい」
「εノレールガンヲキャンセル、キンセツセントウモードニイコウシマス」
「ε、ブレードのプラズマを解除して直接切り刻んでやりなさい。BAさんは周囲の瓦礫で投擲、援護してあげて」
「リョウカイ/リョウカイ」
「ウユニさんっ!ダメだっ!」
2機が未確認物体に飛び込んでいった瞬間、真下から大きな声がして心臓がキュッってなった。
「うわ、ビックリした!」
覗き込むと血だらけのヒルツが叫んでいた。本体はまだ生きていたのか。
「そいつには物理攻撃は効果がありません!」
「ちょっとどういう事なのあれ?」
あたしは下に降りてステルスを切った。
「うわっ!え…ウユニさん?じゃああそこで戦っているのは…?」
「ふふん、イイでしょう?あたしの新しい玩具。で?あれは何なの?」
「あれは…」
ヒルツは少し怯えた様子で沈黙していた。
「はぁ…まあいいわ。状況を見ればおおかた予想はつくし。ぶっ壊すけどいいわよね?」
「あいつを破壊するのは不可能です…あれは…宇宙から来た殺戮兵器です」
「うわーたいへんだー、はやく壊さなきゃー」
「ふざけている場合ではありません!奴によってニヴルヘイムは壊滅したんですよ!」
「また詰めの甘い上層部が、考えなしに送りつけてでもきたんでしょう?あたしには関係ないわ。それよりも知ってることがあるなら全部教えなさいよ」
ヒルツは何か言いた気だったが、この場を切り抜ける事が先決と判断した様だ。
「分かりました。奴は体内にエネルギーコアを有しています」
「そのコアを破壊すればいいって事ね」
「ですが物理攻撃は意味をなさず、エネルギー弾は吸収されてしまいます…もう打つ手が…」
「エネルギーの吸収上限はあるでしょう?飽和させてやればいいのよ」
「そんな莫大なエネルギーどうやって用意するんですか!我々が束になって撃ち込んでもダメだったんですよ!?」
「まぁ、任せなさい。それで?この銃は?」
あたしは拾った銃を見せた。
「これはあの未確認物体、通称U-2と同じくヘルヘイムから送られてきたものです。この銃のバッテリーはU-2のコアと同じ物体で、無限にエネルギーを放出する永久機関です」
「それは…とんでもないわね…。で、ヘルヘイムってどこよ?」
またもあたしが知らない拠点だ。
「ヘルヘイムは…月面基地のことです…」
予想はしていたけれど、宇宙まで行くのは流石に骨が折れる。
「うわぁ〜面倒ね。取り敢えずU-2とやらをぶっ壊してくるわ。話はあとね」
あたしはジェットを焚いて、εとBAさんの元へと飛んだ。ヒルツに聞きたいことは山ほどあったけれど、流石にもう自分を抑えられない。
「昔からやってみたかったのよね。エイリアンVSウユニ」




