騎士と喧嘩
シュライスと距離を置き、引導するようにわたしが丘を下ると、複数の馬蹄の地面を蹴る音が徐々にその音を大きくしながらこちらに近づいてきた。
「迎えはいいと言ってあったんだけどな・・・・」
ばつ悪そうに頭をかき、シュライスはマントでわたしを覆い隠す。
漆黒の馬の手綱をつよく引き、土埃をまき散らしながら目の前に現れたのは、軍服と赤のマントに身を包み、頭に甲冑をかぶってはいるが、所謂「軍人」の眼光が隠しきれていなくて男だった。
鋭い目線と黒目が、観察するようにわたしを忙しなく見ていた。
彼の後ろには、同じような身なりの騎士数十人が遠くに控えている。
「野人らによる戦場荒らしが始まっていると報告が上がりましたので、お迎えに参りました」
「ありがとう、フェレス。だが、この地はまだ契約書上ではローズリー国だ。群勢でうごくのは辞めろと言ってあるだろ?事もあろうに、王女がおられる前で、些か不敬が過ぎるのではないか?」
「申し訳ございません。しかし、戦後直後の混乱期に陛下の身に何か起きたのあれば、今次の功績が国民への花向けではなく、儚い英雄譚となりかねない。幕僚長としては、そのような未曽有の事態は避けたいとおもい勝手を致しました」
フェレスと呼ばれた男は馬を降りると、すぐさま膝をつき、わたしに向かって頭を下げた。
「此度の不躾な振舞いを御許しください」
低い声で、静謐な空気を纏って謝罪を述べた後、大丈夫だと言う返事を聞きたがっているような面持ちでこちらを見上げる。
「あなたのうわさは聞いています。赤瑪瑙の瞳を持つリーガル国の剣豪でありソレイユ軍幕僚長ですね。あなたの姿は戦場では見なかった。王族の護衛をしていたのですか?」
「わたくしは指令室におりました」
「自国の王が戦場に出ていたのに?」
「それが、陛下直々のご命令でしたので」
フェレスと呼ばれた彼のルビー色に金糸の縞が入った瞳は澄み切っていて、主人への忠誠心の強固ささえも感じさせた。
シュライスへ仕え、国に誇りを持ち、与するその人生に迷いがない。
敗戦国とは違って。
そんな風に訴えかけてくるようで、わたしはひどくかき乱された感情のまま言葉を発していた。
「本心では、今すぐにでも辺りの墓を掘り起こして、傷ついた自国の兵士たちのために野営でも組みたいというのがあなたの本心でしょう?心にもない謝罪は結構よ」
わたしなりに憎しみを込め、吐き捨てるように言ったつもりだ。
しかし、彼は肯定も否定もしてこない。
その様子に腹が立って、手が怒りに任せて力強くこぶしを握りだしたとき、シュライスが彼とわたしの間に割って入ってきた。
「わたしの馬の用意は?」
「ございます」
「わかった。お前は先に帰城しろ」
「・・・・しかし」
「おまえは、野人ごときに負けるような弱い王に仕えているのか?」
「いいえ。シュライス様は強い王です」
「ならば問題ないな?」
「・・・・はい」
釈然としないフェレスを他所に、満面の笑顔のシュライスは、真後ろに隠したわたしに振り返ると、両手を取った。
「ぼくの愛馬を覚えてる?白くてさらさらの、太陽の匂いがすると言ってくれた馬」
彼の言う馬の特徴を思い出していると、十八歳の時に遠乗りに出かけようと言われて乗った馬の残像が、記憶の片隅からぼんやりと蘇った。
「・・・・アイゼンハイム?」
生返事のような口調で言ったのに、彼は飛び切りうれしそうな顔で笑う。
「そうだよ!久しぶりに彼の背中に一緒に乗ろう」
「戦場には白い馬はいなかったわね」
「うん。彼はぼくの親友だからね。戦には出さないんだ」
フェレスが、白馬の手綱を引きながら歩いてくる。
大きな黒い目に長いまつげ。墓場にはふさわしくない程に丁寧に手入れが行き渡った毛質のいい真っ白な馬は、シュライスの胸に甘えるように頭を擦り付けていた。
その頭を愛おしそうに撫でながら馬に答える彼の顔が幸せそうだ。
「おいで」
シュライスが先に白馬の背中に乗り、こちらに手を差し出すその様はおとぎ話の王子様そのもので、彼を見たとたんにじぶんの体温が上がるのが分かったけれど、何事もないように彼の手を取り馬に乗った。




