どきどきデート②(シュライスサイド)
ミュゲ国は精霊と自然に護られた国である所以は城下に如実に顕れていた。人間2割、魔法使い8割と言う人口比率でありながら、国内の人間差別が起きていない。この均衡が保てているのは精霊の力が大きい。精霊にも特性や性格があるがことミュゲ国の精霊に関しては弱者や心根の素直な生き物を守護する性質があると侍従長から報告を受けていた。
推測した通り。彼らは機嫌よく町中を飛び回り、人間のそばを重点的に見て回っている。その甲斐甲斐しい様は車窓からも垣間見え、この国はもはや人間や魔法使いの力ではなく、精霊たちの恩恵で成り立っていることを物語る有様に主要国としてどう諫言するか悩みどころになりそうだと考えながら、目の前にいる人形のように美しい美少女を差し置き逡巡する。
馬車が止まったのはアーケードの立ち並ぶ一角で、ミュゲの象徴色である白とブルーで誂えられた建造物が立ち並んだ壮観を眺めたあと、隣にいるローゼンへ微笑みかける。
「お手をどうぞ」
ローゼンの手を取って馬車を降りた瞬間、ぼくの耳傍に鈴の音のような笑い声が聞こえた。
彼らの笑い声は祝福の証だというのは教科書で習ったままの知識で、実際に触れた経験がなかったぼくの肩は反射的に竦むように震えるぼくに、ローゼンがくすくすと笑いだす。
「シュライス様は精霊をご存じないのですか?」
「実体化した彼らをここまで近くに感じたのは初めてだよ。やっぱりミュゲは不思議な国だね」
リーガル国にもローズリー国にも精霊はいる。だが、これほどまで近くで彼らを感じることは稀だ。精霊は術者の実力や力の度合いによって引き寄せられ属性ごとに魔法使いに力を与えるというのがセオリー。だが、この国の精霊は全属性の精霊が土着したまま国を守護し、属性関係なく魔法使いに与するという。
亡き精霊王が統べた土地という聖域はいつしか開墾され、踏み固められ、数百年経った今でもその恩恵を受け続けられるほどの自然力を失わず、住まう民が彼らの恩恵を受けるに値する矜持を備えているということに何度訪れても驚かされるばかりだ。
「陛下?何を考えておられるんですか?」
「あぁ‥‥ごめん。少しぼーっとしていた」
ぼくの応えがお気に召さなかったようで、彼女の愛らしい顔が歪んでいくのを見ながらも、その反応は兄であるイルシュタイトの幼い頃と瓜二つで、おもわず笑いが吹きだす。
「シュライス様!?」
「くく‥‥っはぁ‥‥ごめんごめん」
ぷくっとむくれる頬を撫であげ彼女の怒りを宥めながら、家族の血とは争えないのものだと自覚させられた。
「ここですわ!シュライス様!!」
興奮気味なローゼンは、ぼく手を引きながら淑女らしからぬ勇み足で店の中に入ろうとしている。その姿を咎める目は、ぼく以外にも在ることに気づきもせずに、だ。
「ローゼン様。他国の王にそのような振舞いは淑やかさに欠けます。早急におやめください」
制されるように放たれた言葉にローゼンの肩が震えた。馬車から降りた瞬間から気が着いてはいたが、今の今まで触れずにいたのは、彼が気配を消しながら彼女の様子を背後から見守っていたからだ。
眉間に皺を寄せ重い口を開いたのところを見ると、彼が噂の執事だと察せる。
艶のある黒髪は腰まで靡き、常闇色の瞳の奥は仕組まれたように読めない目をしている。卸し立てたばかりと見紛うバトラー服に付いた名誉バトラーの勲章バッジが勤めの威光を示すように輝きながら、彼はぼくらの方へ歩みを進めた。
「なんであなたがここにいるの!?」
「‥‥通りがかりました」
「絶対嘘じゃない!!」
「嘘ではございません。あなたが朝からフレンチトーストがお食べになりたいとお喚きになったので、明日からは毎日お出しできるように材料の買い出しに出ている最中でございます。あっ、ご心配なさらず。毎日の味付けを変えられるよう嗜好を凝らしてお出しいたします。魚の出汁に浸したおかず系から甘いフルーツをふんだんに乗せたデザート系。それから‥‥」
「毎日なんて食べたくないわ!それに、わたくしがいつ喚いたというの?!」
「‥‥今のあなたのこの状態が「喚いている」に該当すると思いますが。どう思われますか?シュライス・ハイム国王閣下」
黒い瞳が一瞥する。彼の素性を知らなければ一瞬怯んでしまうほどの鋭い眼光は、質問の答えよりも、王であるぼくの姿を自分の目に焼き付ける目的で向けられていることに気が付くまでにさほど時間はかからなかった。
「昔のローゼンは感情を表に出す子ではなかったと記憶している。ここまで顕わに自分の想いを口にできるようになったのは、きみの教育の賜物だと思うけれど?」
「‥‥恐れ入ります。ですが、甘やかしてはなりませんよ。閣下。属国に入った以上、王族の一員としての自覚をより一層持っていただかなければ」
「そうだね。それはぼくも同感だ」
「っ‥‥シュライス様まで‥‥」
俯くローゼンの頭を撫でながら闇色の瞳から目を離さずにいると、彼も呼応するようにぼくの目を真っすぐに見てくる。ぼくの経験上、身分や格が上の者と対峙する時に目線を外さない者には二通りの理由がある。一つ目は、油断ならないという敵意、二つ目は、調べた知識から推察しこちらの性質を熟知しているがゆえに置く受容だ。
(彼は後者だ。完全に)
「彼はローゼンの執事?」
「はい。父上がわたしの教育係にと去年雇い入れた半魔法使いのリアンです」
「へぇ‥‥面白いね」
ぼくの言葉に彼の眉がピクリとつり上がるのを見て、ここまでの境遇が順風満帆ではないことを悟る。
半魔法使いは、その名の通り魔法使いと人間の間でできた者の名称だが彼らの存在は稀だ。その理由は人間の器が魔力に耐えられないことにある。魔法使いの魔力は属性に守護された聖なる力。ゆえに人間の体に対しては毒と変換され、結ばれたとたん魔力に耐え切れず高確率で人間が死んでいるのは史実が証明した事実だ。そのため、彼らの間に生まれた子供は不幸の道をたどることが多い。両親が生き残ったとしても差別や偏見で迫害され、住む場所を失う者も多いと聞く。そして、本人もその血を分けた異端児として扱われ不遇を強いられる。ゆえに長く生き残る者は少ないが、彼のように稀に生き延びる者もいると聞いたことがあった。
「執事にはどうやって?」
「ギルドで仕事を探しているときに役人に拾われ、教育を受けました」
「属性は?」
「虚闇ですが魔法は使えません。念じれば少し魔力が放てる程度です」
「闇属性は攻撃魔法が扱える。仕える姫が攫われないよう、執事として魔法を学ぼうとは思わないのかい?」
「防御こそ最大の攻撃である。‥‥この国の標語ですが、わたくしもその通りであると思っております」
「そう。なら、問題ないね」
彼から視線を離さないままぼくはローゼンの腰を抱き留めそのまま自分に引き寄せて見せると、リアンの瞳孔が開きながら目の前の現実を整理するように右往左往している。その道化ザマに口角が勝手に引き上がってしまう。
腕の中にすっぽり収まるローゼンは突然の状況に体を震わせていたが、宥めるように微笑みを向けると安心したように胸に顔を摺り寄せてきたのを見て、彼女の早急に教育しなおさなければと、ぼくは頭の中で彼女の教養スケジュールを組み始めていた。
「‥‥民の目がございます。公衆の面前でふしだらな行為はおやめください」
「ふしだらかどうかはぼくたちが決めることではない。国民が決めることだよ」
「どう見たってふしだらです。こんな‥‥妃を迎えたばかりの王が姫を‥‥」
「リーガル王はきみが想像するほどヤワじゃないよ。たかだか風刺ごとき、ぼくの信念を揺るがすに値しない」
「ローゼン様には致命傷になります」
「それを教育するのがきみの勤めだ。期待しているよ、リアン」
揶揄るように言い放つぼくに対して眉間に皺を寄せて睨みつける。彼の目が執事ではなく雄の目になった途端リアンという男の底が見えた心地がしてその浅さに思わず笑みがこぼれた。不思議な顔で見上げるローゼンの手を取ると、窓辺に顔を張り付けながら熱心にこちらを見る令嬢たちに微笑み返しつつ、背後で俯くリアンに声をかける。
「きみのような不幸は繰り返さないよ。約束する」
息を飲む声が聞こえたが、彼は無言のまま気配を消しその場を後にしていた。その潔さで自分の執事に欲しくなるほどこの短時間で彼に執心させられた己を自嘲気味に笑いながら、ローゼンの手を引き店に入る。
「良い執事だね」
「そうでしょうか‥‥口うるさくて。まるでお母さまみたい」
「‥‥リアンは手放すなよ、ローゼン」
口を尖らせて言うローゼンを窘めたぼくを、彼女は意外そうな顔で見つめ返す。
「そう‥‥なんですか?」
「男のぼくが言うんだから間違いない。これからどれだけ口うるさくなっても、彼を手離さないと約束できるね?」
「‥‥そこまで言うのでしたら‥‥わかりましたわ」
「いい子だ」
令嬢たちの黄色い悲鳴が上がる一角を通り過ぎ奥の個室に入ると、既にお茶と菓子の用意がされていた。ブルーで統一された室内に純白のティーセットにはミュゲの国花が刻印されている。
「こちらへどうぞ。お姫様」
ぼくの促す声に嬉しそうに飛び跳ねながらこちらに向かってくる。椅子を引き彼女を座らせぼくも向かい合う形で席に着いた。




