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グロウステイル~王様が懐柔してくるのでその手に乗ってあげる前に大魔法使いになります~  作者: 天崎羽化
第9章 第2の神器 スピリトクロンヌを求めて

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どきどきデート①(シュライスサイド)



 昼食を終えお茶の時間を迎えたぼくは、ローゼンとの約束を果たすという「勤め」の時間を演出する手筈を整えていた。‥‥だが、ぼくのお姫様はご機嫌斜めのようで、自分でも自覚がないほど自然に尖った嫉妬が漏れ出している姿が愛しい。今すぐ窘めて抱きしめたい衝動に駆られているぼくを、隣で訝し気に観察しているロイドに諫められ、ただ彼女を見つめ続けるという苦行を努めることに集中した。


「シュライス陛下!御所望のお花をお持ちいたしました!」

「ありがとう。‥‥綺麗なブルーローズだ」

「この国にはバラは咲いていなかったので、ぼくの魔法でバラを植えて、ご要望のブルーに染め上げました。ご希望の色彩でしょうか?濃淡なども今なら加えることは可能ですが!」

「いいや、充分だよ。ご苦労だったね。ウェルギリウス」


 褒められたことが嬉しかったのかウェルギリウスは心からの笑顔を返してくれた。ブルーローズはローゼンとのデートに持っていくために誂えた物だが、隣にいるお姫様の顔色がすっと白みを帯びていくのが見て取れる。彼女がぼくに執着してくれている証だと、心の中に収めるだけで力が湧いてくるから不思議だ。


 妃としての佇まいを問われた気がしている。取り乱すのも違うし、ここで拗ねるのもなんだか違う。彼女が逡巡しつつ寛容でいようと勤めている鉄仮面が今すぐにでも割れそうだ。百面相をしていることにも気が付かず、必死にぼくへかける言葉を考えているのだろう。先ほどからくるくると表情が変わっている。いつの間にか手に取るように彼女の心の中が分かってしまう。そんな感覚さえ今は愛しいと思えるのはリリアだからだ。


「行ってくるよ。リリア」


 ぼくの言葉に応えなければと作られた彼女の笑顔を見た途端、苦味と共に喉の奥が締め付けられる。本音を言えば、軍服姿は彼女には見せたくなかった。軍を思わせる言葉や戦いに関係する言葉さえも本当は使いたくない。だけど、戦勝国の権威を示し周囲に国の名を流布させるにはいろいろと都合がいい。ミュゲに滞在するという突破口を広げたリリアの恩恵を無駄にすることなく、国と民を完全に籠絡させるためには多少の演出も必要だと、妃の身分になったリリアは行儀よく弁えているフリをしてくれていることはずっと前から分かっていたが、必死に妃らしく振舞おうとする愛らしい姿を見ていたくて、彼女の裁量に任せていた。


「お気を付けて行ってらっしゃいませ」


 恭しくカーテシーをしながらぼくが通り過ぎるのを待つ。こうすればぼくに心の内がばれずにやり過ごせるとおもったのだろうか。いつまで経っても地面を見つめている彼女の視界につま先を入れると、思わず顔を上げたリリアの儚げな面持ちに胸が締め付けられる。今すぐ抱きしめたい衝動をそばに張り付いているロイドの一瞥する視線で踏みとどまると、ぼくは男から王の顔に整えた。


「時渡りの儀の前にキャンドル流しをしようと王からお誘いを受けた。それまでには帰ってくるから、いい子にしているんだよ」

「はい。陛下」


 リリアの頭を撫でつけてから踵を返し、姿は見えないが気配だけはある、ミュゲ臣下の視線に対抗するように王然とした格好に切り替えたぼくの隣にロイドが護るように並ぶ。


「姉上にはフォースタスを付けています。ウェルギリウスも城内に置く許可をムエット王からいただきました。属国協定は同国同軍からの王らの判断を支持するという旨の書簡を受け取りました。出立する前には締結し、国内外に布告します」

「わかった。ムエット王より時渡りの儀への参加を打診された。数日国内にとどまるとリーガルに伝令を。わたしが不在の間の統治権限はクラウスに譲渡しろ」

「畏まりました」

「‥‥お前は帰国してもいいんだぞ?」

「いや。俺は俺で調べたいことがあるので」

「国外の火消しは厄介だ。‥‥娼館にはいくなよ」

「ばっ‥‥そっ‥‥い‥‥行くわけないだろぉ!?」

「そうか。ならばいい」


 王子としての教育を受けさせるため寄宿舎に送ったロイドは極端に異性との放蕩を嫌っている。共学の宿舎にしたにも関わらず‥‥だ。ぼくの時代は逢引きなど当たり前だったし、そこでのロマンスが国同士の婚約に発展することも少なくない。貴族や王族の出会いの場でもあるというのに、わが弟ながらと言うべきなのか。それらには不得手なのだとわかったのは最近の事だった。年頃の王子が浮名も流さず如何わしい場所にも出入りしないとなると、いよいよ将来が心配になってくる。


「ローゼンは姫だ。どちらかと言えばお前が彼女を手籠めにするのが道理なんだぞ?」


 不満たっぷりに言い放ったぼくの言葉にロイドの顔色が曇り始める。ミュゲの姫を手に入れられれば周辺国への牽制になることは間違いない。王子と言う冠は肩書でないという自覚を持たせるためにも、ロイドにはそれ相応の働きを与えようと策を練っていたところでもあった。だが、この顔を見るたびに思い出されるのはいつかの自分の姿で、父上に結婚を急かされるあの地獄の日々を弟に科してしまうのかと思うと気が進まず、色恋話を彼との議題には出さないようにしていた。しかし、ミュゲ国が属国になった今となっては、話は違ってくる。


「婚約者がいるんだろ?なら、俺の出る幕はない」

「政略結婚など奪われても咎める者はいないよ。昔からそうだ」

「ローゼンの事をよく知らない‥‥し」

「よく知っていたら相手を愛することができるのか?」

「そりゃそうだろ」

「‥‥我が弟というべきなのか。初心で恐れ入ったよ」


 ぼくの言葉が癇に障ったのか。はたまた彼のトリガーを突いてしまったのか。ロイドはぼくを凝視した後、諦めを滲ませた溜め息と共に言葉を漏らす。


「‥‥兄上にはわかりませんよ」

「そうだね‥‥ぼくは狂っているから」

「そう言う意味じゃなくて‥‥!!」


 興奮でだんだんと大きくなるロイドの声を封じるように指で押さえる。ぼくの視線の先には、スズランの花が咲き乱れる庭園。そして、ローゼンがいた。オールドピンクの総フリルのドレスにヘッドドレスという人形のように美しい顔を誂える様な可愛らしい姿で出迎えてくれたのを見て、自然と笑みが生まれる。


「シュライス陛下!」


ピンクの頬を綻ばせ長い睫毛が妖精の粉が散るようにぱっと花開く。そのままぼくの元へ走ってくると、その場でカーテシーして見せる。


「驚いたよ。目の前に天使が現れたのかと思った」

「っ‥‥お褒め戴き光栄です!!」

「そんな愛らしい君にプレゼントだ」

「‥‥バラの花」


 花束を受け取ったローゼンを見ながらロイドを一瞥する。いつものように憮然とした顔を崩さず、静かに成り行きを見守っているのを見た途端、ぼくの足が勝手に動き、ヤツのつま先を踏みつけていた。


「い”イィイ?!」


 声にならない悲鳴を上げた。ぼくはロイドの背中を押し出し、ローゼンの眼前に持っていく。顔を突き合わせることすら初めての2人の目が交わり、驚きと恥ずかしさで瞠目している。この反応を見るに、この出会いは運命的ではないらしい雰囲気を感じたぼくは、早々にロイドの首根っこを掴み、ぼくの傍に引き戻す。


「わが愚弟をご存じでしたか?」

「は‥‥はい。ロイド王子‥‥ですよね」

「彼は寄宿舎から帰ったばかりで、国外は愚か国内にも友人と呼べる者が少ない。ローゼンさえよければ、友人として迎えてもらいたいんだけど‥‥」

「わたくしは‥‥構いませんけれど‥‥」


 恥じらいをはらんだ大きな目がロイドを見つめる。ぼくの命令ともとれる険し気な視線に慄いたのか、小声で「ぜひ」と言った瞬間、その王子らしからぬ返事に、今度は潰しかねない勢いでロイドのつま先を踏みつける。喉奥から苦悶の声を上げながらも、目の前にいる可憐な花へ向ける笑顔は貴公子然と創りを崩さずいられていることだけは、兄として労ってやろうと心に誓った。


「行きたいところはある?」

「はいっ!!令嬢たちの間で流行っているアフタヌーンティーがございますの!それから、トレアのお店という小物屋さんで買い物をしたいんです!」

「そうか。ぼくはミュゲに地の利がないから、案内は任せてもいいかい?」

「はいっ!喜んで!」

「ロイド。所定の時刻に迎えを頼む」

「‥‥畏まりました」


 ローゼンの背後にいる侍従長を目で下がらせる。タイミングに合わせて馬車が到着したのを見計らい、彼女の目の前で膝をついたあと、手の甲を受け取ってキスを落とす。


「参りましょうか。わが姫」


今にも泣きだしそうな顔でぼくを見つめながら、震える唇が「はい」と応えたのを見送ると、ぼくは彼女の手を取って馬車に乗り込み城下のカフェを目指した。

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