魔法使いと王妃
月と太陽が重なる引き寄せの力は、地上にとっては毒にも薬にもなる。 精霊や妖精の騒めきを鎮め、地上の均衡を整えるのは魔法使いたちの仕事であることはこの世界での共通認識でもある。その中でもミュゲはこの世界の要となる存在。その国を傘下に持つ主要国として、視察の為にパレスに向かうわたしとロイドの耳には、着いて早々瞬く間に怒声が響いた。
「もっとパレスに魔力を送れ!集中しろ!」
正装と思しき装束に身を包んだイルシュタイトは、玉粒の汗を流しながら自分と同じく魔力を放出している魔法使いたちを鼓舞していた。 彼を中心とした魔法使いは13人。それぞれ属性は違うであろう光の光線が、目の前に聳え立つパレス魔力を送っているのを見て、ミュゲ国の根幹であるパレスが如何に不安定な状況に在るのかを思い知らされ、底知れぬ恐怖感に体中が支配される心地がした。
「ミュゲ国は他国よりも魔力変化の影響を受けやすい。ゆえに、時渡りの祝祭前にパレスを増強し、浄化作用を高める必要があるんです。要は、パレス自体に滋養として強制的に栄養として与えている。イルシュタイトは、寝食と公務以外これをほぼ毎日のように魔力注入を続けていると聞いて居ます」
目の前で行われる壮絶な光景を端に留めながら、ロイドが眉間に皺を寄せ苦苦しく呟いたその横では、ハイム王が息も絶え絶えな息子の姿に峻厳な眼差しを向けていた。
「兄上はこの状況を看過するつもりはありません。あなたが彼と台頭するのはご勝手だが、宗主国としては、これ以上世継ぎであるイルシュタイト王子の力を漫然と消費させることはできないと考えています」
「そうですね。ですが、愚息の力を止めればパレスの力は弱まり、我々が統治する正当性は失われ、この国は亡ぶ。そうなれば、リーガル国が成り替わってこの国を統治していただくことになりますが。シュライス陛下に具体的な方策がおありなのでしょうな?」
「‥‥あなたには、彼の姿が視えていないのか?」
突き刺すような憎悪込めてロイドが凝視するが、ハイム王は意に介さず悠然とした目で一瞥したのを見て、悪寒が走った。
魔法使いが魔力を注力するということは生命力を削っているのと同じだ。体力が削られ魂も疲弊し、心も消費する。イルシュタイトは13人の魔法使いたちのその中にいても、一際大きな光を絶え間なく流しながらパレスへ魔力を送り続けていた。 それは、この場にいる魔法使い全員が一目見て震えが立つほどの領域であり、彼の命が聞きに晒され続けていることと同義だ。 彼の痛みが伝わるわけでないのに、わたしの胸に刺されるような痛みが生まれる。父上に言われるがまま魔法や武器を創りつづけ、疲れ切った体を神殿に横たわらせ眠る。魔力を放つことはそれほどまでに辛いものだというのは経験した者でないと理解すらできないはずだ。ハイム王は人間。そして、人間は傷つきすぎれば死んでしまう。だが、魔法使いは傷ついた体を復活したり、浄化したりして数百年の時を生きられる。だからこう考える者も少なくない――――魔法使いは魔法で復活できるし癒す力がある。力が在るのだから幾ら傷ついても構わないだろう、と。
「高位に着く者ほど洞察している。軽侮なきよう慎重に振る舞われよ」
憮然とした態度を変えないハイム王を縫い留めるように諫めたロイドは瞬時に切り替え、わたしに笑みを向ける。
「姉上が考えていることを当ててあげましょうか?‥‥イルシュタイトが倒れないようにしてあげたい?」
諦めに似た表情でわたしを見つめながらもロイドの口角が上がっているのが見えて、うれしくなったわたしは彼に微笑みで応える。ハイム王に向き直りお伺いを立てると微笑みを以て了承してくれた。受け取り、わたしは走って彼の元に駆け寄った。だが、イルシュタイトは厳しい口調で制止する。
「リリア王妃!?お下がりください!」
「わたしも加勢します!」
「‥‥はぁ!?」
突然現れた意外な来訪者に魔法使いたちが騒めき口々に囁き始める。
「リリア王妃って、死にぞこない王女か?」
「あぁ‥‥ローズリーで唯一魔法が使えるっていう」
「両親を殺され身内に捨てられて天涯孤独な身を拾われたんだよな?」
心のない言葉が次々に注がれ胸の奥が潰れた音がした。だが、いまのわたしには揶揄る言葉を聞いている暇はない。目の前にいるイルシュタイトに懇願するように見やるが、彼は威圧的な眼光で場を制した。
「静まれ!!戯言を言う暇があったらぼくを超える力を放ってみろ!」
荒い呼吸を繰り返す彼の口から大きな怒鳴り声が響き渡ったことに、その場にいた全員が身震いしつつ沈黙した。
「彼らの非礼を御許し下さい」
「気にしていないわ。それよりもわたしも参加させてください」
「‥‥よろしいのですか?」
心配そうにわたしを見る彼を労う気持ちを顔一杯に込めて笑顔で答えた。
「わたしも魔法使いですから」
イルシュタイトは心なしかほっとした顔で肩をすくませる。
「無理はしないで」
そうわたしを諫めた後イルシュタイトは魔力注入を再開した。13人の魔法使いが一斉にパレスへ向かって魔力を注入するとゴクゴクと呑み込むように魔力がパレスの中に吸い込まれ、魔力の光がうねりながら巡っていく。 わたしの手から放った魔力もパレスに絞り取られるような感覚が絶え間襲っていて、イルシュタイトがこれを半日続けていることが常人ではないことを身をもって理解できた。腕を片手できつく支えていないと体が吹き飛ばされそうだ。 一心不乱に魔力を送り続け、全員の顔色が限界に染まり始めたころ、パレスがキラキラと輝き出したのを見て、疲れ切っていた体に再び力が漲る。
「もう少しだ!踏ん張れ!」
疲労からなのか。掠れた喉で声を張り上げながらイルシュタイトは魔法使いたちを鼓舞する。その勇ましい声色に奮起し、全員が一段と己の力を吐き出す中、突然わたしの放っている魔力の威力が速度を落としたように弱くなっていった。精霊たちがそうさせるのか。守護する属性がどうさせているのか。この土地に拒絶されているのか定かではないが、みるみるうちに消えていく自分の魔法が信じられなくて、思わず狼狽えた。
ここのところ魔法を使っていなかったし戦いにも出ていない。妃に勤めにかまけていた罰だろうか。逡巡しながらここにいる本懐を見失いそうになっていると、わたしの腕に沿うように武骨な手が添えられる。 ―――清潔な香りと規則正しい心音にわたしの心が解けていくのが分かる。やがてわたしの耳に懐かしさを孕んだ声が響く。
「――――あなたは太陽の守護の元に在る魔法使い。そして、わたし選んだ主だ。こんなことで倒れられたら困ります」
轟々と鳴る風音の中でも彼の声は掻き消えることなくわたしの耳に伝わってきた。フォースタスはわたしを抱き込むようにして背後を守りながら、わたしの弱弱しくなった魔力に力を籠める。すると、眩い光が生まれそのまま大きな光球となってパレスへ放たれた。ぶつかり、溶けるように魔法がパレスに注入されるのを見ながら、隣で瞠目しているイルシュタイトに大丈夫だと視線を送る。彼は最後の仕上げだと言わんばかりに力を籠める。
パレス全体が神々しく輝きながら混濁のない色合いに変化した。 中からキラキラと光の粉のようなものが噴出し始め周囲の空気を浄化し始めると、イルシュタイトが安堵の表情を浮かべたのを合図に全員が手を下ろした。
「‥‥終わった」
額から絶え間なく流れる汗が彼の銀の髪を蜘蛛の糸のように伝っていく。ブルーの瞳がわたしを映した次の瞬間、彼の体が傾くのを受け止めたのはロイドだった。
「曲がりなりにも王子様なんだ。ここまでする必要ないだろ」
「‥‥勤めですから」
一瞬泣きそうな顔に変わったが、ぐっとこらえて長いまつげを伏せた。イルシュタイトを眺めるわたしに、フォースタスが労わる様に優しく触れる。
「ご気分は如何ですか?」
「大丈夫です」
いつもと変わらないやり取りのはずなのにひどく安心したことに、どれだけ彼に助けられていたかを思い知る。肉親に見つめられるようなあたたかな眼差しがわたしの耳傍に移動すると、彼の低い声が息を潜めて語り掛けた。
「リヒターが、あなたに神器の呪いを解いてほしいと言っています」
「‥‥‥‥えっ!?」
大きな声で驚くわたしの唇に指を置き制止する。フォースタスの口からリヒターの名前が出た事にもびっくりしたし、わたしがまごまごしている間にそこまで話が進んでいたことにも驚いた。わたしを諫めるように話を続ける」
「今夜、ミュゲ国は時渡りの儀を行います。本来であれば時期尚早ではありますが、帰属の式典として行うと先ほどリヒターが王に具申し、決定されました。あなたはこのままわたしとリヒターの元へ。そしてその後、この儀に参加していただきたいのです」
「‥‥わかりました」
居直りイルシュタイトへと顔を向けると、彼がわたしたちに向けてひざを折った。
「噂に違わぬリリア王妃の神秘的で圧倒的な魔力を我が国に捧げて戴いたこと、厚く御礼申し上げます」
「この規模の魔力を毎日放出し続けるなんて‥‥あなたの献身は世界から賛美されるに値するものだわ。あなたと共に魔法を使えた事をわたしも光栄に思います」
彼に心からの賛辞を伝えるとイルシュタイトはにっこり微笑んだ。
「せっかく来ていただいたのに恐縮なのですが、急遽、時渡りの儀を行う事になったためこれからすぐに王宮に戻らなくてはならなくて‥‥視察はその後でもよろしいでしょうか」
―――キタ。機を逃すまいとわたしは彼の前の前で恭しくカーテシーする。
「わたくしの一存ではございますが、どうかその儀に参列する許しを賜れませんでしょうか」
「もちろん許可します。と言うか、シュライス陛下とリリア妃殿下にそう申し出ようと考えていたところでした。この儀式は本来暦上に則ってされる特別な儀ですが、従属国への編入を象徴する儀とすると大賢者と王が式典として儀式の執行を正式に決定されました。ぜひ、ご出席ください」
「有難う。では、後ほど伺わせてもらいます」
イルシュタイトは軽く首肯し、側近の騎士を引き連れて城へ戻っていく。その姿を見ながら力尽きた体を木に預けた魔法使いたちが、わたしたちのやり取りを見守るように眺めているのを見て、わたしは彼らに近づきながら手をかざした。
「陽光治癒」
太陽のような熱を持ったほのかな光が彼らの身を包みこみ目に見える細かい傷が癒えていく。わたしを守護する太陽の力で唯一治癒ができる魔法だが、応急処置程度の効果しかない。だけど何もせずにここを去ることは今のわたしにはできなかった。彼らは目を見開きながら驚いていたが、何かを口にしようとする気配はない。軽く首肯し、フォースタスと共にその場を去ろうとしたとき「あの‥‥」と声をかけられる。振り返ると、13人の魔法使いたちが立ち上がりわたしへ困惑と戸惑いの表情を向けていた。
「祖国のために尽力してくださり感謝いたします!」
「ありがとうございました!!」
「リリア王妃!万歳!!」
口々にそう言いながら拍手する彼らから注がれる感謝を受けながら、わたしは城へと入った。




