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グロウステイル~王様が懐柔してくるのでその手に乗ってあげる前に大魔法使いになります~  作者: 天崎羽化
第9章 第2の神器 スピリトクロンヌを求めて

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大賢者と酒比べと



 デビュタントが終わると王から王族の主要メンバーのみを集めたささやかな晩餐会を開きたいと申し出があった。()()()ことがあったというのに、王は息子であるイルシュタイトにも出席を促したと聞いて、焚きつけた張本人であるシュライスと共に大広間に向かった。

 席には既に食前酒を飲みつつ書類に目を通すハイム王とイルシュタイトが上座と下座という微妙な距離感を保っているのを見て、重苦しい空気をどうにかしなければとできるだけ明るく振舞うことにした。


「ごきげんよう!」


わたしの声に二人の顔が上がるが、イルシュタイトは小さな声で「ごきげんよう」と返した後書類に目を戻す。その姿を訝し気に一瞥してからハイム王はわたしへ満面の笑顔を向けた。


「ごきげんよう。お疲れのところご足労戴き恐縮です」


ハイム王はそう言うと自分の席の前に座るように促したが、長机の遥か彼方に座っているイルシュタイトの揶揄るような視線にどこに座るかが肝要な気がしてしまう。シュライスに判断を仰ぎ見つめたが、愉快げに笑み返されただけだ。


「さぁ。こちらへ」


 ハイム王の目に射すくめられた次の瞬間、穏やかな夜に似つかわしくない鋭い冷気を背中に感じて後ろを振り返る。すると、そこにいたのは純白の正装着姿のリヒターだった。その佇まいはさながら儀式を終えた後のような風体で、 首から豪華な装飾を施した首輪を携える姿はどこか厳かに見え、細められた瞳は澱みなくわたしたちを映し出していた。


 シュライスは背丈の小さい彼に合わせてかがみこみ子供に見せる様な穏やかな微笑みを向けたが、リヒターは漫然とした態度を崩さないままだ。


「外賓に対し不敬なる振舞いをなすことは許さぬぞ。ハイム一族」


 リヒターの低く唸るような声で二人の肩が明らさまにびくりと跳ねたのを見て、彼らにとってリヒターと言う存在が如何に大きなものであるか理解できた。イルシュタイトは静かに立ち上がると、本来の座る位置である王の傍の椅子へ光の速さで移動した。一言意を唱え終えたリヒターは、再び気怠そうにシュライスを見据える。


「来てくださってうれしいです」

「酒が飲めると聞いたから来た」

「ぼくともお話してくださいよ」

「イルシュタイトから聞いている。気が向いたら話してやる」

「どうしたら気を向けていただけるでしょうか‥‥そうだ。リーガルのお酒をたくさん持って来たのですが、一緒に一興いかがです?」

「なんだと?酒!おぉ!そうか!それはよい!リーガルの酒は昔から美味いからのぉ」

「お褒めにあずかり光栄です」


 一気にご機嫌になったリヒターは、彼の座高に合わせ置かれたであろうふわふわクッションの上に座った。 シュライスがメイドに目配せするとリーガルから持参してきた数十本の酒瓶が室内に運ばれてくる。 そのボトルの数々を目に入れながらリヒターの瞳からキラキラと光があふれ出す。ボトルを抜栓し、メイドが琥珀色の液体を注ぎ入れるとグラスからぱちぱちと淡い音が聞こえ始めた。


「蜂蜜とネトルのシャンパンです。今年は豊作だったのでお気に召していただけるかと」


シュライスの説明もそこそこに聞き入れながらリヒターはグラスを奪い取り一気に煽った。こくりと飲み下す音が聞こえたあと、満足そうな笑みを浮かべ味を嚙みしめるように目を瞑る。 その繰り返しを続けるリヒターの隣にいる給仕係は、絶え間なく空になる彼のグラスに忙しなくお代わりを注いでいくのを見て、無類の酒好きと言う噂が本当なのだと納得がいく飲みっぷりだと感心してしまう。


「ご賞味いただけそうですか?」


彼の隣で同じ種類のお酒を飲むシュライスが話しかけると、リヒターは瞳を潤ませながら上機嫌に口を開く。


「悪くない!特にこのバラとニューマルトルの酒はセンスがいい!こっちの蔦と苔のワインはチーズと最高に合う!」

「それはよかった」


 ご機嫌で鯨飲するリヒターが唐突にわたしのほうをじっと見つめてきたのを見ておもわず息を飲む。目が逸らせないほど澄んだ瞳に対してできるだけ愛想よく微笑み返す。


「第三王女の身分ではそれほど酒の席にも呼ばれなかったであろう?この程度の酒精にも耐えられぬなら杯は交わせぬかぁ~残念残念」


 上気した頬に酔ってとろりとした目になっている癖に尖った口調で言うリヒターの態度にまんまと扇動されたわたしは、傍にあったグラスに勢いよくお酒を注いだ。


「嗜む程度ですが。一興よろしいですか?」

「お・・・・おぉ。よいぞ」


 平淡な目と声色で挑むようなわたしをみながら、面白いことが始まったと言わんばかりに口角を上げて笑うシュライスに諫める目線を向けてから、満面の笑みでリヒターと杯を交わす。



「酒の杯は!血の杯!」


リヒターの音頭に合わせて一気に飲み干すと、喉に炭酸の刺激と度数の高い証である食道を通る熱さに目を見開く。


「おぉ!よい飲みっぷりだ!」


嬉しそうに小躍りするリヒターは、次々と魔法でボトルの栓を開けてグラスに注いでいく。


(どうやら‥‥前世の接待飲み会スキルを発揮するときが来たようだわ‥‥)


 炭酸は酔いの廻りが早いと言うが、逆に言えば先に酔っておけば抗体が付くと知ったのは前世の飲み会での経験則からだ。 アルコールが体中を回るのは4~5時間というのは普通のスキル。 365日飲み続け、数種類のお酒を入れるほどトイレに行けばリセットされるというルーティン化されたわたしの体内酵素操作術を用いれば、何があろうと怖くはない。 ―――前世と体が同じではなくても、飲み方さえわかっていればいける!!そう、根性論ですが!!


「‥‥リリア王妃?ご無理は無用ですよ」

「いいえ。大丈夫です」


ハイム王がわたしの身を案じて進言してくれたが、にっこり微笑返しワインを飲み干す。


「シュライス陛下!止めてくださいよ!」


イルシュタイトが叫びながら懇願している。その横でくつくつとのどの奥で笑いをこらえながら、シュライスは高みの見物を決め込んでいる。それは「もっとやれ」と合図でもあることは長く彼と生活していてわかるようになっていた。


「リヒター様?次はわたくしに酌ませてください」

「おぉ!かまわんぞ!」


 冷やされた数々のボトルの中から、前世でいう日本酒の様な度数の酒を選ぶ。木の皮とユリの花を醸造しオーク樽につけて海側に100年置いた年代物ボトルは、サンゴの残骸や海辺の砂がかかっていて、このお酒の歴史を編年しているような趣がある。――――ということは、絶対に度数が高いということ!

 リヒターは感興を覚えた様にボトルを見つめている。 傾けるととろりと蜂蜜の様な粘度の液体がゆるゆるとグラスに注がれていく。


「すっきりした甘さで魚や野菜によく合います」


  リヒターは歓喜した様子でわたしからグラスを奪って飲み干す。 わたしも歩長に合わせる様に飲み下したあと、空になったリヒターのグラスに次々とお酒を注ぎ入れた。


「ん~にゃ。いい酒は~よい酒じゃぁ~」


 ふわふわと体を揺らしながら上機嫌な口調で鼻歌を歌いだす彼の姿は、傍から見ればまだ幼さの残る青年にしか見えない。 魔法使いは人間の倍生きるという。魔力や精神強度によってその年数は異なるが、リヒターほどの長生きする魔法使いは珍しい。リーガルにとって彼は容易ならざる存在。易に言葉を発することで詮索も深くなる。でもお酒を飲ませれば少しは何かを聞き出せる状態になるかもしれない。 そうわたしが逡巡していると、リヒターの澄んだ瞳がわたしを凝視していることに気が付き、慌てて酌を持つ。

 すると、彼の細い手がそれを制止するように重なった。


「おまえは、おれが好きか?」

「・・・・・はい?」

「おれを好いているかと聞いている」


 ひどく真摯な目つきでわたしに詰問してきた。 ちらりと周囲を見渡し状況説明を乞うが、辟易とするハイム王とイルシュタイト、そしてシュライスは炯炯たる眼光でわたしとリヒターを見据えていて、一国の王としてリヒターの処遇までを裁量しているようにも伺える。戦々恐々な状況だと覚ったわたしは、両国に亀裂が入らないような言葉で応えることに決めた。


「あなたはミュゲの生き字引であり大賢者(グランサージュ)の域に達していらっしゃる方です。わたくしの様な新参者が軽々しく色好みし、格上の貴方のお気持ちを推し量ることは非礼と判じられます。しかし、この胸にあるあなたへの敬慕の心が赦されるならば、王妃として公言させていただいてもよろしいでしょうか」


リヒターはお酒で上気した顔をわたしに寄せた。そのままわたしの頭を慈しむように撫でつけると、 あれだけ手から離さなかったグラスを手離し、シュライスを見やる。


「来い。リーガルの王」


 低く冷淡な声音が響き渡ったあと、阿吽の呼吸のように二人が席を立ちあがる。シュライスは、一瞬型を崩したように甘くわたしに微笑むと唇で「ありがとう」と言って見せ、そのままリヒターの後を追うように部屋の外に出て行った。


 彼らの後姿を見送ると、わたしの眼前がゆらりと傾きよろめくわたしの体をイルシュタイトが後ろから支えてくれて、初めて自分がお酒に酔っていることを自覚する。


「‥‥なんであんなことしたんですか?」

「シュライスが‥‥彼と話すためにわたしができることは‥‥これしかないから」


怒りを押し殺した彼の気配を背後に感じながら、火照りを収める様に目を閉じる。シュライスはリヒターと話したがっていた。この国に滞在できるのは今日で最後で、チャンスは今しかないだろうと踏んだわたしなりの王妃の使()()()だ。でも、我ながら無茶だとは思う。


「‥‥ホントに危なっかしい人だ」


小さく笑いながらそう呟いたイルシュタイトはわたしの背中に手を添えた。


解毒(デリート)


彼の手が触れた部分から仄かに温かさが広がり、ぽかぽかとした温感にまどろんでいると体のほてりが消えていき、ぼんやりとした視界が澄み渡っていくのが分かった。 同時に、彼の魔法の「クセ」のようなものも体に染み渡ってくる。 真心があって慈愛に満ちた(ヒア)の入った優しい魔法だ。


「‥‥ありがとう。イルシュタイト」

「っ・・・・なんて顔してるんですか!はしたない!」

「え?はしたない?」

「恍惚とした顔を男に‥‥ましてや、属国の人間に見せるなんて!」

「そんな顔してる!?」

「っ・・・・本当に鈍いな!」


 まるで兄弟喧嘩のような言い争いを止めに入ったのは、こめかみを抑えながら頭痛を我慢しているハイム王だ。


「リヒターとシュライス陛下には侃々諤々な論議はほどほどにと‥‥機を見て進言してこい。イルシュタイト‥‥わたしは一旦休む‥‥」


よろよろと体をふらつかせながらハイム王が出て行くのを二人で見送りながら、顔を見合わせて笑った。


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