敵国の王にプロポーズされました
眼前に広がる墓標の数々には、ローズリー国の歴代の英雄たちが眠っている。
そのことをシュライスが慮らないわけがなかった。
彼は寄宿舎での出会いのあと、幾たびもこの国に赴きローズリー国の英雄譚を聞きたがっていたから。
この静寂から離れ、丘を越えればがれきに埋まる死屍累々が転がっている。
今すぐにでも掘り起こし、一人ひとりの亡骸をじぶんの手で弔いたかった。
戦禍で生き残った者は捕縛され、地上の管理はリーガルの庇護下に渡されていて、自由が許されたのはわたししかいなかったから。
しかし、墓参りすらも同行されるほど四六時中監視され、わたしはシュライスのそばから逃れられない。
目の前に立ち上った黒煙の線を眺めながら、自らの不甲斐なさに絶望するしかないことに、敗戦国の屈辱を味わっていた。
「これから歩む「ぼくが望む道」は、美しい花の様にのびやかで、ささくれや障害のないものではないだろう。泥をかぶり、醜悪を美徳とし、必要悪に紛れる道を選ぶこともある。だけど、リリアの幸せのためならば、ぼくは喜んで悪魔に魂を売り続ける覚悟だけはあるよ」
「・・・・プロポーズのつもり?」
「うん。そうだよ」
シュライスは流し切ったボトルをマントに包んで大事そうに抱えると、片方の手でわたしの手をとった。
「リリアは、寄宿舎で学んだころから魔力も強い。勉強もぼくよりできたし、ダンスもうまいし、薬草学の知見もあるし、料理だってうまい。ぼくがいなくても、王族の名前がなくなっても、一人で生きていけると思う。だけど・・・・」
言い淀んだシュライスの顔を思わず見上げる。
彼の瞳は地面を眺めていて、瞳は暗い影を帯びていた。
何が言いたいのか少しわかった気もした。
だけど、彼の気持ちを汲むことはいまではないと、口をつぐんだ。
敗国の人間への他国からの扱いは、想像を絶すると聞いたことがある。
いまさら、前世で言う、「職安」のような職業訓練ギルドに通い詰め、明日の食べ物を心配しながら生きる道を自ら選択するほど、屈強な体も精神も素養も持ち合わせていないことは、じぶんでよくわかっている。
その上、彼の言ったことが正しければ、国内の親族はほぼ皆無。
嫁にでた親族や、風来坊の親戚などはいるが、戦後のいまでも音沙汰はない。
事実上、頼れる血縁はいない。
けれど、未だリーガルに捕縛され生き残った数万人のローズリー国民がいる。
まがいなりにも、わたしはこの国で四人しかいない大魔法使いの卵で王族の一人。
逃げ出すという選択肢は、わたしの中にはない。
幸い、わたしに縁のある人たちの「気」は探ることはできていた。
貴族魔法使い、王室魔法使い、王室付きの大魔法使いを筆頭にした臣下の魔法使いたちなど、縁が深い人たちの生命反応は見つけ出すことができた。
わたしはカマをかけるべく知らないふりをして話をつづけた。
「貴族魔法使いと、大魔法使いは無事?」
「リーガルで保護しているよ」
「・・・・シオンは?」
語尾を強めに詰問した三文字を聞いた途端、シュライスが拗ねた様な顔でわかりやすく沈黙する。
その反応を見て、ほんとうに全員無事なのだと確証が持てたわたしは、内心で胸をなでおろした。
シオンは、わたしの幼馴染。
小さいころから一緒に育った魔法使いだ。
シュライスはなぜかシオンの事をよく思っていない。
名前を出すと、決まって沈黙を決め込むのがわかりやすい。
シュライスは顔を替え、何もなかったかのように話題を切り替えた。
「ハーネストクラスの魔法使いたちは、戦争にも参加せず国が滅びたことにも興味がないらしい。それぞれの屋敷を見て回ったが、もぬけの殻だったよ」
「彼らは土地と国の矜持に与する魔法使いだから。仕えるに値しないと見做されたのよ」
魔法使いは、強いものほど自由だ。
強大な力と偉功を認められた魔法使いは、ひとつの国にとどまっていても、その国や王に与するかどうかは、彼らに選択の権利が与えられる。
そこには、国の条約も、法も通用しないし、縛れない。
それは、彼らがいざというときに戦う覚悟が持てる強さと、命を張れるほどの実力があると言う証拠。
今のわたしの立場を見たら、彼らを責める権利はない。
ここまでわかったいま、王女としても魔法使いとしても、わたしひとりが逃げ出せるわけがない。
腹をくくり、彼の目の前に勇んで出る。
相変わらず綺麗な顔立ちに、愛猫を愛でるかのように細められた目を忌憚なく見る。
「なんて呼んだらいいの?陛下?シュライス王?ハイム王?」
「シュライスでいいよ」
嬉しそうな口調で言ってくれる。
敗戦国の、しかも第三王女の身分で、呼び捨てなんて僭越行為が許されるわけがない。
逡巡しながらどう呼ぶか考えていると、シュライスの目が弧を描き、こちらを眺めていることに気が付いた。
マントに包んでいたボトルを地面に置いて両手でわたしの手を優しく包みこむ。
細くて長い指と大きな掌からは、彼の「生」を感じる。
戦後から今まで、ずっと独りでいる時間が長かったからか、久々に感じる人のぬくもりに心の中まで温かくなる心地がする。
包み込んでいた手は、自然な流れでわたしの頬を滑らかに撫でつける。
「少しやせた?」
敵同士であることを一瞬で溶かしてしまう、憂慮を帯びた甘い声が心が解していく。
「・・・・あなたが戦争を長引かせたから。戦場で心を使いすぎたのよ」
「ごめんね。ローズリーは強国だと聞いていたから、長期戦に持ち込むほかなかった」
「・・・・敗戦国の生き残りとしてそのような言葉を手向けていただき光栄に思います、陛下」
「二人きりの時は名前で呼んで?リリア」
自分に向けられる金色の瞳があまったるい雰囲気を帯びつつあることにも気づいていた。
だけど、これ以上「蜂蜜漬け」になったら出られないのはわかっている。
彼の手を振りほどくようにして沼から抜け出し、城の方へ顔をそむけた。
「調印式まで。エスコートして」
あからさま態度がおかしかったのか、背後から笑う声が聞こえた。
暫くして、シュライスは手を差し出してきた。
「お手をどうぞ。リリア・ ハイム」
シュライスの目に笑みの気配はなく、毅然としている。
動揺するじぶんを抑え込んで前を向くことに集中する。
彼の手を取る指先がどんどん冷たくなるのが分かった。
王族の生き残りとして、歴代の王族たちが眠るこの場所でだけは、無様な姿は晒したくなかった。
両親を殺し、国を陥落した上、じぶんの犯した罪を棚に上げて求婚し、幸せにしたいと言うこの男の甘い口車に騙されるつもりはさらさらない。
彼の手を取り歴代の王族たちが眠る道を歩きながら、そう固く誓った。




