王子のお茶会
他国でもロイドの自由奔放な行動は変わらなくて、グラスに酒瓶の数々と誂えられたように並んだおつまみの数々に息を飲む。
「ごきげんよう。兄上、姉上」
「これ、全部用意してもらったの?」
「はい!晩酌するって言ったらこんなに来ちゃって」
色とりどりのおつまみを摘まみながら緩いタフタシャツにパンツ姿と言うラフな格好でグラスを煽る姿を見ると、彼が王子様であることを自覚した。晩酌をしつつただ座る姿だけでも絵になるのは流石は貴公子の弟と言ったところだろうか。
この国の国花であるスズランの香りがまるで空気を薫る様に漂っていて、その芳しさに思わず目を閉じながら鼻いっぱいに吸い込む。
「明日は宗主国として出席するんだ。深酒はするなよ」
「‥‥え?」
同じくガウンを羽織ったほぼ寝間着の姿のシュライスが彼の横に座る。ロイドは今しがた実兄から報らされた重要な言葉に呆然とした顔で口を開けたまま停止していた。
「また相談なしに国儀決定したんですか‥‥」
「うん。ごめんね。しちゃったかも」
「何をされたんですか‥‥」
「ミュゲ国が属国になった」
「‥‥‥まじで?」
「まじで」
にやにやと笑いながらグラスにお酒を注ぎ入れ、手から零れ落ちそうなロイドのグラスと杯を交わした。わたしもシュライスからグラスを受け取り彼に乾杯の合図を送る。するとロイドがわたしの腕をつかみ不機嫌の極みのような怖い顔を寄せてくる。
「なんで止めなかったんですか」
「えっと‥‥なんか‥‥流れが綺麗だったから会話を止められなくて‥‥」
「ルルノア王と会ったってことですよね?あの軍人上がりの何の魔力もないどっちかというとイルシュタイトがいるから成り立ってるような国の王に会ったんですよね?!」
「‥‥ロイドはミュゲの王が嫌いなの?」
「‥‥別に」
何か含みがあるような気がした。だけどロイドが口を尖らせて腕を離したのを見てそれ以上は聞かないほうが良いと思い追求するのは辞め、代わりにおつまみを口の中に頬り込み自分の口にチャックする。
「騎士たちから洗礼を受けたらしいじゃないか」
「‥‥ロメオめ」
「安心しろ。ぼくはそれ以上のことは聞いてない。どうせ碌でもないことが起きたことくらい察してるよ」
「まぁ、とりあえず碌でもないことは確かです」
「それで?何があった」
本題に入ろうとシュライスが真剣な目つきでロイドを見据えた。
「端的に報告します。彼らと酒を飲んで分かったことですが、この国の騎士は見せかけの玩具兵でした。訓練も受けて居なければ矜持もないただの張りぼてだ。その上宰相らしき人間もおらず幕僚長も存在している気配がない。この国に騎士の称号がないのも頷けるほどの技量の無さは、練習用に剣の手入れに顕れていました。さび付いていて使い物にならなかった。それなのに、元帥だと名乗る男は存在している」
「攻め込んでくる国が皆無だからね。無理もない」
「ならなぜ必要なんですか?騎士の誇りに泥を塗る屈辱を浴びたような気分だ」
苦虫を潰したように眉間に皺をよせ悲壮漂う顔でグラスを煽る。ロイドの戦いを見たのはシュライスとの手合わせくらいしかないけれど、彼の立ち姿や剣の扱い方には剣に対する威儀への礼賛の念がこもっていたのを今でも鮮明に思い出せる。戦いや人を驕らず真摯に向かう彼だからこそここまで憤っているのだろう。
「どこかの国にお願いされているんじゃないかな」
グラスを薫らせながら金色の瞳に閃光が宿る。ロイドは困惑したような顔で応えた。
「軍を置くように焚きつけられてるってことですか」
「今の王は王族の血筋ではない。いわゆる簒奪者だ。良く思わない者もいるだろうし、よく思うからこそなにかを推し進めたがる者もでてくるだろう。彼は元々戦いに身を置いていた人間だ。魔法を使う我々とは違って民衆の安穏の約束できるものは権力と畏怖くらいのもの。なんでもするだろうさ。ぼくが彼ならば、ね」
目を瞬いて悪戯っ子のような顔をするシュライスを目の色を変えずロイドはじっと見つめたままだ。
「属国に入りたいと言ってきたのも誰かの入れ知恵もしくわ差し金だろうとぼくは推測してる。クラウスが言うには、彼らは脛に傷があるという話もあるからね。リーガル国を笠に逃げ切るつもりかもしれない」
「脛に傷?ミュゲ国に?」
「おまえはそういう現場に行ったばかりだろ?あれ以上のことが起きていると考えて相違はないとおもうけど?」
「‥‥ロメオめ‥‥」
「秘密にすることないだろ?お前も年頃なんだから。女の子の一人や二人抱いたって‥‥」
「あぁぁぁぁ~!!!!ストップ!!!」
「‥‥ロイドに彼女ができたの!?」
「出来てないし抱いてないし!!!」
「わたしに妹ができるってこと?」
「よかったねぇリリア」
「どうしよう‥‥うれしい‥‥」
「おいそこ!!!勝手に妄想するな!!!」
ロイドが顔を真っ赤にして怒っているところを見るとこの話の半分は真実なのだとわかって、女っけのなかった王子様に差し込んだピンク色の知らせに心が勝手に小躍りしてしまう。
「じゃぁもう知ってますよね。その女をガルディア国の間者にしました」
「あの聖女が護っているって国?」
「はい。国の趨勢に不穏な動きがありましたので。念のために」
「謁見の時に彼女から香った花香りが気になったんだよね。リリアは気づいていた?」
「花の香り?‥‥気が付かなかったわ」
「今このテラスに漂っているこの花の香りに似ていたのは嗅ぎ間違えかな?」
ふわりとわたしを包み込むとわたしの肩に顎を乗せ喉奥でクツクツと笑っているシュライスの心の中にはどれくらいの推察と憶測があるのかと考えたら、彼の才覚が末恐ろしくなった。
「ウェルギリウスにミュゲの自然の看視をさせています。自然形態の解明とこの国の摂理について調べさせてます。フォースタスは別件でミュゲ入り。なので、何か起きても問題はないと」
「ご苦労だったねロイド。じゃぁ、ぼくたちは部屋に帰らせてもらうよ」
そう言うとわたしの手を取りテラスを離れようと立ち上がる。だけど、背後からじっとりとした視線と共に恨めしそうなロイドの唸る声が聞こえ始めた。
「あーあ。元帥なのに何も相談されないで属国決められたの二国目だ~。俺って何のために帰って来たんだろ~これは~ワインが進んでしまうなぁ~!」
棒読みで話し始めるロイドはわたしたちを平淡な目で見やりながらワインを注ぎ入れている。
「大臣たちには属国報告まだ挙げませんからね~。勝手に決めて国同士の関係がすぐに変わるなんてそんな危険なことしませんからね~、後で軍法会議で言われるの俺なんですからねぇぇぇ」
「わかったよ。デビュタントが終わってから是非を下す」
「もう遅いんですけどねぇぇぇ!魔法を扱うものは約束をしたら鎖となって魂を縛られますから!人間と違ってね!!」
「‥‥しつこいぞロイド」
一段と低くなったシュライスの声にロイドの肩がびくりと竦んだ。
「お茶会は終わりだ。リリアに挨拶は?」
「‥‥おやすみなさいませ。兄上、姉上」
「おやすみ。ロイド」
しょぼんとした顔はまるでネコの様だし叱られた子供のように丸くなった体のままワインを飲む姿には悲壮感が漂っていて、彼の姿を見ながら今度から重要な話はロイドにも話してあげなきゃと心新たにした。




