城下町散策と宣戦布告
ロイドを見送ったあと、用意された「城下に降りるための変装」に着替えるために別室に通された。
わたしに用意されたのは、黒のシンプルなワンピースに顔を覆う緑のスカーフ。生地もガサガサしていていかにも既製品な感じが否めない服を着て身なりを整える。
――――コンコン
「ぼくだよ」
聞きなれた声を受けて扉を開くと、リネンのワイシャツにグレーのパンツ、丸めのメガネをかけたシュライスが立っていて、確かにこの格好で街を歩いている人に女性は誘惑されなそうな変装だと思った。
「お忍びデートみたいだね?」
「陛下。あくまで視察です。浮かれすぎないように」
釘を刺すわたしに目を瞬いてお道化るほどシュライスは浮かれ切っていた。今回は親善訪問として入国しているので、護衛も最小限かつ魔法使いもつけていない。それが最上位友好国であるという証にもなるし、ミュゲへの忠義心を顕す意味もあるからだ。
ロイドがこの場にいない状態でシュライスが腑抜けてしまってはいざという時に王を守れるのはわたしだけ。気を引き締めながら先ほど通された部屋に向かうと、わたし達と同じような服を着たイルシュタイト王子が待ち構えていた。
「ご用意よろしいですか?」
イラついた口調で問いかけてきた彼に返事をしようと口を開きかけたとき、シュライスがわたしの目の前に出る。
「お待たせていたしました王子。参りましょう」
シュライスのその行動に、彼もイルシュタイト王子から向けられるわたしへの訝し気な視線を感じ取ったのか、こちらを一瞥し微笑みかける。
「城下は年末に行われるキャンドルナイトの準備でごった返しています。ぼくからあまり離れないように見学されてください」
イルシュタイト王子が門を開けると、黒子のように目立たない格好をした兵士が四人現れた。
勝手に出歩かれないように護衛をつけていくということなのだろう。
「キャンドルナイトとは。また風流ですね」
「国民たちがキャンドルを城に集めて魔法で飛ばすというだけのことなんですが、二百年続く伝統行事なので続けているんです。キャンドルが浮遊している間だけは常世と現世がつながっていて、死者や神と対話ができる時間だという迷信もあります」
死者と対話ができる。交信したり感じたりすることは魔法使いの中でも魔力の強い人ならばできてしまうけど、対話となるとディミヌエンドがカインを呼び出すような人智を超えた力がなければできないはずなのに。
ミュゲ国の城下は夕暮れ時とあって、露店が立ち並び、店という店からは人間の活気が漏れるように聞こえる。 イルシュタイト王子が言っていたキャンドルナイトのための飾りや材料がの数々が並び、 目にも鮮やかな街並みとなっていた。 夕暮れ時なのか、ときどきおいしそうな食事の匂いが流れてくる。
「ミュゲは活気に満ちていますね」
「国民性は静かなのですが、今の時期はイベントごとも多いので高揚しているのでしょう」
イルシュタイト王子と肩を並べて話しながら歩くシュライスの後ろで、兵士たちに囲まれながら、リリアは控えめに歩いていた。 パン屋の隣にはジャムの露店が並び、酒場の前では酔った男の人たちが楽しげに談笑し、お菓子屋の前では子供が嬉しそうにキャンディをなめている。
何気ない幸せを当たり前に過ごす風景を見ながら昔を思い出して胸が張り裂けそうになった。
リーガル本国にはまだ行ったことがないけれど、こんな感じなのだろうか。
わたしは彼らに迎え入れてもらえるのだろうか?そんなことを考えているわたしの腕が大きな手に引かれる。
「ミュゲの庶民の味を知りたくはない?」
「庶民の味?ご飯ですか?」
「そう。酒場に行こう」
「酒場・・・・ですか?」
「そう酒場」
シュライスの目の奥が光り、わたしの目も同じく光りだした時、イルシュタイト王子が間に割って入った。
「だめです!変装していても陛下は目立つし、酒場は狭い場所が多い。逃げ場のない袋小路に自ら入っていくようなものだ。許可できない!」
「おや、おかしいな。イルシュタイト王子お得意の戦術は、クモの巣を張った中にありの子を散らす様に兵を配置し窮地に追い込んだところを一網打尽にして敵陣を打ち取るのが常套作戦のはずなのに」
挑戦的な口調びシュライスは蠱惑的な微笑みを浮かべてイルシュタイト王子を見やった。
なぜか彼の顔はみるみるうちに真っ赤になっていて、冷や汗を拭いつつ咳払いをした。
「‥‥陛下。何かあった後では遅いのです」
「ぼくは弱くないよ?」
「知っています。だからこそよからぬ魔も呼びやすい」
「イルシュタイト様。わたし酒場に行きたいです」
その言葉に「はぁ?」と素っ頓狂な反応をしたが、わたしとシュライスの懇願する雰囲気に嘆息すると、「すこしだけですよ」と了承してくれた。
案内されて着いた先は外観をブルーと白を基調としたおしゃれなお店だ。 中に入ると奥にカウンター席、手前には大衆的な人数も受け入れられそうなテーブル席がある。
「奥に席があります。そちらへ」
イルシュタイト王子が先頭をきって歩き出しカウンター席の横にかかる赤いビロードのカーテンを持ち上げて通した。その中には階段があっていわゆる隠し通路が続いていた。
通路の先に現れた室内はドーム状になっており中央に円卓があってその周囲を窓ガラスが囲んでいた。 夕暮れ時の外の光が闇と重なり幻想的な風景に部屋中が染まっている。
「いらっしゃいませ」
薄手のTシャツに半ズボン、頭にはタオルを巻いた男性が挨拶してきた。
「元騎士団員のブルイ。彼は城内でコック長も兼任していました。退役後、街で個人の居酒屋を経営しているんです、彼の作る料理は評判で、遠征でも鍋が空になる程なんですよ」
「ブルイと申します。陛下と妃殿下のお口に合えばよいのですが」
「楽しみにしています」
シュライスから必殺・貴公子の微笑みを放たれたブルイは頬を染めて「では」とそそくさと外に出てしまった。彼の魔性は男にも効くようだ。
イルシュタイト王子はその様子を見て侮れないといった表情のままわたしに目を向ける。 きつめに細められた目線を感じて応えたが、怯むことなく眺められる。
その空気を知ってか知らずか、シュライスはわたしの手を取り胸に引き寄せた。
「夕日が沈むよ、リリア」
手を引かれて窓辺に近づくと、真っ赤な太陽が地平線に落ちる瞬間だった。
「地平線を見ていてください。妖精が溢れてきますよ」
イルシュタイト王子に言われて 目を凝らしながら見ていると、地平線との境目からキラキラとした粉のようなものが噴出し、円を描いたり星を描いたりしていた。その様はまるでこの景色を祝福しているようにも見える。
「きれい・・・・」
「ミュゲは自然力に守られている世界なので、夕日や朝日は彼らの一大イベントなんです。 自然がうまく拮抗し、お互いが破綻しないように共存しているからこそ、当たり前に太陽は昇るし夕日は沈む。当たり前ではない奇跡でこの世は成り立っているということを突き付けられる瞬間こそ、ミュゲ国の美しさの真骨頂だとぼくは思っています」
目を輝かせながらそう呟くイルシュタイト王子の横顔は幻想的だった。わたしは、 自然と共に生き死ぬ彼からはこの世界はどう見えているのだろうかととても興味が湧いた。
「王子はこの国を愛しているんですね」
「‥‥まぁ。はい」
「素敵な世継ぎが居てミュゲ国は安泰ですね。陛下」
「そうだね。忖度する癖を無くしてくれたら支持してあげてもいいかな」
「‥‥身に余る光栄です」
俯きつつ拗ねた様子のイルシュタイト王子は、出入り口で待機していたブルイに目配せする。
「料理をお持ちいたしました」
並べられたブルイの料理はどれも美味しい。舌鼓とはこういうときに打つものだとおもうほど、全ての料理が繊細な味付けだった。 ミュゲの国の食べられる花を使ったサラダや、森でとれるグリーンフィッシュ、川でとれる川兎など、どれも食べた事のない珍しい食材ばかりだったが、どれもお酒に合うように設計されている。
ゆえに四人で食事をしていれば、おのずとお酒の量も増える。
現在の飲酒量は、シャンパンボトル2、麦酒各3、ワインボトル4、妖精の涙という甘いリキュール2本、である。
赤い顔をして胸元を緩めながらろれつの怪しい口調でイルシュタイ王子トが話しているのをシュライスはニコニコしながら聞いている。ちなみに、彼も酔っている。
「イルシュタイトが酒に弱いなんて知らなかったよ」
「きょうわ~すこし疲れているだけです」
イルシュタイト王子がグラスの縁をなぞりながら口を尖らせる。その様子が可愛らしくて笑うわたしを彼がぎろりと凝視した。
「嘲笑するな。ぼくは王子だぞ」
座った目にふらふらした体でこちらへ歩を進める。 わたしの前でぴたりと止まるとみるみるうちに困惑の色に顔が染まっていく。
「ぼくは‥‥ローズリーがだいすきだ。あの国は酒もうまいし、女子供が元気で人も生き生きとして実に理想的だ」
「来たことがあるのですか?」
「えぇ、お忍びでしたけど‥‥王や妃は国民を愛していたし国民も王族を愛しているという完璧なだ国だ‥‥王女を除いては」
王女、と言われたわたしを真剣な表情で見つめる。
「第一王女は悪名高い女だったし、第二王女はお転婆で性悪な上手が付けられなかった。その姉妹の第三王女はどうだ?魔法は最高称号、馬にも乗れて、剣術もできて、リーガルとの戦争にも果敢に立ち向かうという男勝りな行動力がある!三姉妹なのに全然似てないじゃないか!」
これは褒めているのか、けなしているのか? わからないままぽかんとした顔で彼を見ていると、頭を抱え始める。
「完璧な上にシュライス陛下の妃にまでなるなんて!ずるいんだよ!」
満場一致で頭の中のセリフが決まった。
(何言ってんだこいつ)
「三寄宿舎内ではシュライス様がいつも付き添っているという噂まで流れた。尊敬し慕っているぼくではなく!きみが!」
当時の可惜を思い出す様に眉を曲げながら睨んでいた。 これは俗にいう・・・嫉妬か?
「イルシュタイトがリリアに対して持っていた違和感の正体はどんなものかと考えていたが、そんなことか」
シュライスはワイングラスをくゆらせながらにやりとわらう。 その姿にイルシュタイト王子の頬はお酒で赤くなった顔をさらに真っ赤に染めあげた。
「おまえが昔から盲目な王子様だったのを忘れていた」
そう言ってシュライスがこちらに目配せすると、「おいで」と手を差し出す。 その手に触れようとした瞬間、グイっと強引に腕がひかれ、わたしは彼の腕の中に納まった。
顎を持たれて顔が近づくと、仄かに熱を帯びた黄金の瞳は濡れ紅潮した頬をしていた。
だが次の瞬間、シュライスの瞳が冷たさを持ちながら細くなりイルシュタイト王子を一清するように見据え、怒号を含んだ低い声が空間を支配した。
「リリアを傷つけたら容赦しないよ、イルシュタイト」
もはや世界に轟く戦勝国の王然として備わりつつある彼の冷淡なオーラは、この場にいた全員を怯ませるのは容易い。イルシュタイト王子は僅かに震えながら「申し訳ございませんでした」と呟いた。




