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グロウステイル~王様が懐柔してくるのでその手に乗ってあげる前に大魔法使いになります~  作者: 天崎羽化
第9章 第2の神器 スピリトクロンヌを求めて

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ミュゲ国の使者




 秘匿魔法を手に入れた代償がこんなにも大きなものとは予想外だった。

吹っ飛んだ衝撃で打った場所が痣となっていて、この姿でリーガルに帰ったらシュライスにお小言を言われるのはわかっていたが、このまま留まれば怪しまれる。


「‥‥それで?なぜ俺が迎えに来なきゃならんのだ」

「クラウス。憮然とした態度はやめなさい」


 門前で待ち構えていたのはむすっとした顔のクラウスと対蹠的に爽やかなファウスト先生だった。


「すいません。散歩の途中に会った人という体で帰国しようかと」

「お前の既成事実の為に国の宰相と剣聖を使うとは‥‥」

「王家らしい端麗な振舞いですよリリア」


 眉間に皺を寄せるクラウスを論破するファウスト先生のやり取りがおもしろくて笑みがこぼれるわたしを、フォースタスが馬車の中へと促しながら彼らに視線を向ける。


「ハリエット様、エデン様、エグバーチ様にもご報告を。秘匿魔法を授かったとお伝えください」

「秘匿魔法を授かった?なんでリリアが?」

「諸々事情がございます」

「リリア、目を見せて?」


 真剣な面持ちでファウスト先生に顔をむぎゅっと持たれる。右左と確認され瞳孔を隈なく診られた。


「もう浸透してるみたいだね。(クオーレ)にも問題はなさそうだ。気分はどう?」

「今はもう大丈夫です」

「フォースタス。お前どこに行くつもりだ?リリアを連れ出したのはお前だという事になっている。いなくなれば陛下からの猜疑を招くぞ」


 馬車を傍観するように佇む彼を引き留める様にクラウスが声をかける。


「ミュゲの使者が来ているはずだ。その話が終わるころには帰国いたします」

「‥‥妙なことはするなよ」

「御意。リリア様。先にリーガル国へお帰り下さい」

「わかりました。気を付けて」


 お辞儀をし闇の中へ溶けるように消えていくフォースタスの背中を見ているとクラウスが大きくため息を漏らした。


「フォースタスに自由が赦されるのは彼が本気で強い魔力の持ち主だからだ。宰相としても、彼から自由を奪う事は国の利益にならないと考えている。だが、最近自由すぎないか?」

「うん。でも、今日彼がいなかったらわたし死んでたと思う。命の恩人だよ。だから許してあげてクラウス」

「おまえのお守り役として傍にいることを寛容しているがシュライス陛下はよく思っていない。どっちかというと、疎んでる」

「うん、知ってる。でも、フォースタスはわたしの傍に居なきゃダメ。絶対にダメなんだよ」


 フォースタスがわたしの傍にいる意味は、あの日から何も変わっていないのだろう。寸分の狂いもない忠誠心でわたしに仕えてくれているのが伝わってくる。命を賭してわたしの希望を汲み、手となり足となって代わりに動こうとしてくれている。わたしに出来ることは彼ができない身分を使った上層部での動き。出来ることはもうわかっている。


「ミュゲの国の使者はもう来ているの?」

「あぁ。ロイド殿下が対応している。俺がおまえを連れ戻し次第、書簡が読み上げられる。まぁ、予想はついているだろ?」

「謁見の時に進言した視察の件?」

「そうだ。近々、ミュゲ国では貴族の子息ご令嬢の披露会デビュタントが開催される。シュライス陛下はミュゲ国の青年団への多額の寄付を行ってきた功績から招待を受けるはずだ。それを名目に、お前の視察という進言も公的に認めてやるって算段だろうな」

「おまけか‥‥」

「そりゃそうだろ?王妃の職掌とは王を支えることだ。他国からしたら王を立てるのが当たり前だろ」

「リリアは昔から気が強い子でしたからねぇ」


宥めるようにわたしの頭を撫でる。ファウスト先生は天然なのか策士なのかその境目がわからないほどいつも穏やかに物事を口にするので、一言一言がとても重い気がしている。その証拠に、クラウスはそれ以上は自分の庭に踏み込まれまいと沈黙を決め込んでしまうのだ。

1を話すと100返ってくるような先生には、何年たってもわたしたちはたじたじで、今日もその予感は的中する。


「さぁ、クラウス。ミュゲの本当の目的を教えなさい。知っているのでしょう?」


 忌憚なく放たれたファウスト先生の言葉に反応しまいと馬車から見える窓の景色に顔を背けた。

クラウスの昔からの癖で、都合が悪くなると黙ったままそっぽを向く。こうなると梃子でも動かないのだが、ファウスト先生には彼をこちらに向かせるとっておきの魔法をもっていた。


「クラウスが10歳の頃でしたね。一緒にわたしの剣のレッスンに来ていたある令嬢に恋をしたクラウスは、彼女が習得しようとしていた「疾風の構え」を自分が先に会得してかっこいい所を見せようとしたんですが、なんせ彼は智慧(サジェスト)の属性。風の動とは逆だというのに風を操るために必死で勉強しました。そして試験の日がやってきて疾風の構えを披露したんですが、クラウスときたら疾風じゃなくて(テンペスタ)の構えを会得しちゃったみたいで!風が吹き荒れて令嬢のパ・・・・」

「あぁぁぁぁぁ~!!!!ミュゲの目的は属国だよ属国!!!」


にやにやと笑いながら話し続けていたファウスト先生にむかって顔を茹蛸のように真っ赤にしたクラウスは叫び散らす様に言い放った。ふーふーと息巻きながらも自我を取り戻したのか、こほんと咳ばらいを決め込む。


「ミュゲは今、後継者が力をなくしてる。それを危惧した王が早々に属国の提案を陛下にだしたいという噂が流れている。それが事実と仮定すると、今回のデビュタントはその隠れ蓑であり口実。国の一大イベントを目くらましにして重大な会談をしたいって思惑がある」

「ミュゲの後継者ってあの綺麗な男の子?イルシュタイトだっけ」

「そうだ。ミュゲ国の魔力の結晶であり国を象徴するパレスの力が弱まっていると聞いた。その弱まった魔力を補強するために王子自らがパレスにじぶんの魔力を補填に充てているらしい」

「王子自らが?ほかにいないの?」

「居るはずだが、現状においてはそいつらが機能していないってことになる。ミュゲは自然の精霊を使役できる特殊な国。なにか理由があるんだろう」

「あの国には大魔法使い(グランソルシエ)を中心とした王子と王女2人の魔法使い(ソルシエ)がいる。彼らをもってしても王子の力でなくては補填できない程の魔力消費だということでしょうか?」

「さぁ。ミュゲは秘密が多い国だからな」


 沈黙が流れ馬蹄の響きだけがリズムよく耳に入ってくる。カタカタと回る歯車の音を聞きながら謁見の日に見た王子の顔を思い出していた。

確かに王子からは強い魔力を感じたけれど、親である王からは一切魔力を感じなかったのはなぜだろうか。ローズリー国のように代々生まれなかったのか。けれど、王女も魔力を持っているという事はどういうことなのだろうか。母親が魔法が使える?それとも精霊の類?


 考えている間に矢のように時間は過ぎ去っていて、気が付くとリーガル国に入国しヴェラクレス城の前に到着していた。


「お帰りなさい」


 馬車から出ようとしたわたしに掛けられた鈴が鳴るような声の主はリシュアだった。

今日も今日とて、手にはお菓子の袋が握られていて中には綿菓子のようなふわふわとしたものがぎゅうぎゅうに詰まっている。甘い匂いと共に白いワンピースが生える華奢な足がてこてことこちらへ向かって歩いてきた。

 わたしの顔を見るなり不安げに瞳が揺れる。自分の持っていたお菓子をクラウスに押し付けると、わたしの顔を両手で包み込みじっと凝視する。


()()は愉しかった?」

「はい。いろいろなことが起きて‥‥色々知れました」

「頑張ったのね。()()と」

「はい‥‥頑張りました」


 わたし達だけにしか伝わらない暗号のようなやりとりに、二人して笑いが零れた。


「陛下がお待ちかねよ」


そう言うと口をすぼめてわたしに息を吹きかけた。綿あめのような香りに乗って魔力の圧を感じる。


「守護をかけておいた。眼くらましにはなるでしょ?」

「ありがとうございます」

「話が終わったら緑の宮殿(ヴェルテール)にいらっしゃい」


 言い残すとリシュアはふわりと浮き上がると月の後光の中に溶けるように消えていく。


「怪しいことを目論むなよ。陛下に勘付かれたら俺の監督責任になるんだからな」

「はいはい」


 クラウスの訝し気な視線を受けながらわたしはリーガル国に帰国した。










◇◇◇



◇◇◇









 


「失礼いたします」


 わたしの声に庭を埋め尽くしていた人波がモーゼの十戒のように道が開け始める。

その面々はロイドを筆頭とした軍の人間の様で、漂う空気はどことなく重苦しい。彼らが佇む道の先には、悠々とバルコニーの椅子に背もたれるシュライスの姿があった。


「王妃を()()いたしました」

「ご苦労様、クラウス宰相」

「ただいま戻りました」

「フォースタスはどこに?」

「寝室の支度を任せております」


 嘘とは、淀みなく言えば真実になる。第三王女の教育係から王族としての処世術だ。鉄面皮を貫いたまま言い切ったウソに眉一つ歪めることなく、穏やかな声で抱き留めるようにわたしを呼び寄せた。


「おいで、リリア」


 甘い声で名前を呼ぶと視線でわたしに来いと招く。クラウスと入れ替わる様に彼の前に出ると、ぐいと手を引かれてシュライスの胸元に引きこまれた。


「お帰り」


 ぎゅっと腕で締め付けられながらテーブルの上をよく見ると、在るのは数々のお酒の瓶とグラス。その中には度数の高いアルコールもあって、それらの匂いが彼の周囲に漂っている。


「これ、全部陛下一人でお飲みになったんですか?」

「うん‥‥いっぱい呑んじゃった」


甘えるように頬をわたしの手に摺り寄せたシュライスの顔自体は赤くはないけれど、体に籠る滾った熱を感じた。


「そう‥‥ですか。それにしては呑みすぎでは?これなんて、度数30超えてますけど」

「‥‥だって、寂しかったんだもん」

「‥‥もん?」

「あっ。フェレスが近づいてきた。ぼくの代わりにリリアが話を聞いておいて?」


 耳傍で熱い吐息交じりに囁きわたしの顔を背後に向ける。その先には、重々しい空気を纏ったフェレスが佇んでいる。相変わらずの仏頂面だったが、今日はそこはかとない穏やかさが見て取れる。


「陛下。ミュゲ国より使者が到着いたしました」

「ミュゲの使者?また金の無心ですか?」


 グラッパの入ったグラスを煽り呑むロイドの尖った指摘に、シュライスが目配せで制止する。


「書簡を読み上げていただけますか?」


 彼の視線の先には既に使者の姿が捉えられていて、その目線の動線をなぞるように見てぎょっとした。トルコブルーの鮮やかな軍服を着た人形のような男性が微動だにせず控えていたのだ。


「では、読み上げます」


胸元から出した書簡の封蝋を開けるとはらはらと長い書簡が手から零れ落ちたが、重要な文面は両手に収まる程の面にしか記されていない。


「シュライス・ハイム陛下ならびにリリア・ハイム妃殿下を、ミュゲ国主催のデビュタントに臨席の栄を賜りたく存じ書状を差し上げ奉りました。つきましては、ぜひ当国の地をご訪問いただけますよう、心より哀願申し上げます」


忌憚なく述べたあと使者の男性は、王の返事を待つように目線をこちらへ向けたその視線を受けつつも、シュライスはわたしの耳元でくつくつと笑いながら問いかけてきた。


「どうする?リリア。デビュタントだってさ」

「久々に聞く華やかな言葉ですわね。今年は戦争で何もできなかったから」


咎めるつもりはないが、口を尖らせたような口調になっているわたしの顔をシュライスが申し訳なさげに覗き込んでくる。


「‥‥ごめんね?リリア。来年はデビュタントやろうね?」

「国民の安息のためにもそうして下さると助かります、陛下」

「陛下って言わないで。シュライスって呼んで?」

「‥‥シュライス。吞みすぎよ」


 小声で諍い合うわたしたちを平淡な目で見守る使者と、酒を煽りながら冷笑するロイドの視線を浴びつつ、わたしの怒りの凝視に観念したのかシュライスは使者へ向き直り陛下然とした顔に切り替えた。


「慎んでお受けいたしますとお伝えください」

「畏まりました。明朝、迎えの馬車を寄越します」


恭しく頭を下げ使者の男性はその場を後にする。その背中を見ながら彼の言った言葉を詳細にかみ砕く。開口一番、わたしの口から素っ頓狂な声が溢れてしまった。


「あ・・・・明日?」

「図られたなぁ。ミュゲの王様に」

「・・・・図られたって?」

「明日は友好上位国との謁見があるんだ。そちらを取るか自分を取るのか。ぼくを試したんだよ」

「‥‥どうするの?」

「リリアが決めて。ぼくはそれに従う」

「‥‥どちらの国もよく知らない私が決められないでしょ?」

「リリアが決めないなら、ぼくはどっちも出席しないよ」

「そんな‥‥」

「どうするの~?ぼくのお姫様?」


 甘えるように顔をする寄せる王を見るのに嫌気がさしたのか、先ほどまで並んでいた軍服の男性たちは一人もいなくなっていて、代りに眉間に皺を寄せたままお酒を煽りやけ酒のつまみにするかのようにロイドがわたしたちを見ていた。


「軍師としてはミュゲを薦めるね。あの国の不可思議な均衡を暴くにはいい機会だ」


 舌なめずりするように含みを持たせるロイドの言葉を聞いて、謁見の時に申し入れた自分の言葉も思い出した。


「‥‥わかりました。進言したのはわたしなので。ミュゲに行きましょう」

「そうとくれば、デビュタント用のドレスを買わなきゃね!‥‥お前もくるか?」


わたしの手を取ってくるくると踊りだしそうな王を眺め見ながら、ロイドは不満そうに鼻を鳴らしてみせる。


「ぼくがいなかったら外交問題になりそうなので行きます」

「そうかい?平和に終わると思うけどね」

「‥‥その進言って、兄上が申し入れたのですか?」

「いいや。リリアが進言した」


ロイドは開いた口が塞がらないといった様子で見定めると豪快に笑いだす。


「姉上は本当に丹力がある方だね。侮れないな」


ロイドの目線が時折鋭くなる瞬間をわたしは見逃せなかった。侮れない女だと値踏みをされているような感覚に襲われたが「光栄です」とだけ返した。


「では決まりだね。行こう。ミュゲへ」




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