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グロウステイル~王様が懐柔してくるのでその手に乗ってあげる前に大魔法使いになります~  作者: 天崎羽化
第8章 第1の神器 ジャトの目を求めて

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墓を暴いた秘匿魔法




 車に乗って着いた先に在ったのは、荘厳な雰囲気のある白亜の屋敷だった。庭には色とりどりの花が咲き誇り、大きく開かれた玄関から見える屋敷の内部は相当の広さだと窺える。


「久々にアルトゥールの庭に入ったなぁ~。キンチョーしちゃう」


 軽薄に笑いつつも周囲を隈なく観察するハインリッヒとは対照的にヘドニスは平淡な目でわたしを見やった。


「まさか王妃と一緒にカインの墓参りをすることになるとは。まさに青天の霹靂です」

「わたしもまさか・・・・と思っております」

「カイン・アルトゥールという男はシンジケート組織シャノワールを創り上げた稀代の悪。亡き今も彼の威光を得ようとアルドやこの国を狙う者もいるほどのカリスマ的な存在にまでのしあがった。だが、その栄光はカインが殺してきた死屍累々の上にある。決して褒められた生き様ではなかったが、カインはこの国を愛していた。その尽力だけは認めてやってほしい」

「それは勿論。皆さんが良い人でよかった」


 一息つくように零したわたしの言葉に、ヘドニスは傍視しつつ微かに笑った。


「王妃の御立場でそのような言葉は些か不適切かと」

「いいえ。あなた方は良い人です。リーガル国で権利や立場を奪われた弱い人たちを受け入れ、彼らの生きる道を作ってきた。ゼロからイチを作る政は並大抵のことではない。道に迷う人々の灯となり続けるボスという立場は、リーガル王妃であるわたしと何ら相違はありません。あなた方の貢献はもっと評価されるべきです」


 ヘドニスの瞳に光が刺すのが見えたのがわかって、応えるように笑顔を向ける。

車の中から人々の顔を眺めていてわかったのは、全員もれなく笑顔なことだ。心の底からこの国で生きることを愉しんでいるのが分かる程、屈託のない笑顔が街中に広がっている。

 その中には悪行に染まっている者もいれば、血を血で洗う仕事を家業とする者もいて、そこから零れ落ちて更なる悲劇を辿っている人もいるはずなのに、そんな国でも、そんな町でも、民の代表者として君臨する彼らシンジケートのボスはどちらの現実にも目を瞑らず、悲劇も笑顔も区別することなく守っている人たちなのだと伝わってきた。

 リーガル領となったローズリー国民たちがこれから対峙するべき問題は、笑顔で毎日を生きて行けるかどうか。彼らがいつか笑顔で生活を送れる日が来るまでに、彼らのように成すべきことは沢山あるはず。わたしは、そんな決意に燃えていた。


「リリア王妃。屋敷の中へご案内します」


 アルドの声かけで全員が室内に入る。中はひんやりとしていて、吹き抜けていく風が心地よい。

バラの香りなのか、甘い花の蜜の香りが鼻を掠めた。


「ねぇ!ヘドニス!これ懐かしくない?!」


嬉々としたハインリッヒが指さす場所は階段の手すりに刻まれた深い傷だった。なにか鋭利な切っ先で削った跡のようにも見える。


「これカインの寝込みを襲って逃げるときに、あいつに長剣で襲われ返されたときにできた傷~!ハインリッヒは短刀しか持ってなかったし、ぼくは銃しかない上に、カインって武道の心得あったからめちゃくちゃ強くて、マジで死ぬかと思ったよね~!あの時できた傷まだ塞がってないし!」


興奮しながら喋りつつハインリッヒは自分の服を捲って見せた。

筋肉質な腹筋の上には抉ったような傷が刻まれていて、その様相におもわず小さく声が漏れる。


「もう痛くないから平気ですよ~」


 ハインリッヒは諭す様に訂正したが、心臓にまで達しているその傷がこの屋敷で起きた惨劇を彷彿とさせた。当時の凄惨さを容易に想像できてしまい、わたしはごくりとつばを飲み込む。


「仲間のように親しげなのに、なぜ派閥を分ける必要があるのです?」


 わたしを庇うように出たフォースタスが二人を問い正す様に聞く。


「じゃぁ聞くけど。あなたが世界を駆逐していくのを止められなかったのはなぜだ?フォースタス・オスキュルテ様」

「‥‥若さゆえに滾った過ちです」

「それだよ!ぼくたちも過ちを犯した。正義の方向が違うからね。自分や国を蔑ろにせず他人も守るなんて魔法が使えない生身の人間ではできることが限られてる。だからこそ、適材適所で動く必要があるんだよ」

「そうですか」

「あ~?興味ないけど質問してみた感じ出ちゃってるよ?」

「とんでもない。あなたの適所はどこかと探っていただけです」

「へ~?ぼくの適材はどこなんですか?大賢者(グランサージュ)様」

「快楽主義者は道化がうまい。煙のように本性を消して生きる。裏社会の鏡のような方の適所はどの時代も残酷なものだ」


 ヘドニスは薄嗤いながら自分を揶揄るフォースタスを凝視していたが、切り替える様に笑顔を見せわたしの手を取る。


「ぼくがカインの場所までご案内いたしま~す」


フォースタスの顔から笑みが消えたのが気がかりだったが、ヘドニスにぐいぐいと手を引かれながら屋敷の地下へと続く道へ進んだ。

 ひんやりとした石畳が続く通路には、所々にランプが点っている。

温かい光に照らされるのは、ごつごつとした岩肌とヘドニスの背中そして鉄格子と南京錠の着いた扉だった。


「アルド~鍵貸して」


 声と共に背後から鍵が投げられそれをヘドニスが受け取る。牢屋に使われるようなサイズの大きな南京錠がこの場所の重大さを物語っているようで、この先にカインがいるのだと実感する。


「足元に気を付けてね」


 ヘドニスに言われて足元を見ると泥濘と岩肌の隆起が険しくなっていることに気が付き、わたしは慎重に歩を進めた。やがて見えてきたのは、アンティーク調の彫刻が施された(コファー)だった。

木材でできたような素材はこの多湿な環境では腐ってしまいそうなのに、まるでつい最近この場所に置かれたような頑丈さを保っているように見える。


「シンの泉の周囲に生えるハーブを敷き詰めてある。理由はわからないが、そのハーブには乾燥と腐敗臭を消す作用があるんだ」


 アルドは箱に手をかざしながら目を瞑った。カインに語り掛けているように唇を微かに動かし、やがて決意したような面持ちで箱を開ける。闇に陰って見えてはいないが、なにか小さなものを取り出したのだけは分かった。


「リリア様。ここはわたくしが」


フォースタスが庇うようにわたしの前に出たあと、彼はアルドの手の中にある物に注視した。


「‥‥心臓ですか」


その言葉にその場にいた全員がどよめいたのがわかった。アルドは否定も肯定もせず、ただ掌に入っている物を愛おしむように見つめている。


「心臓を残せというのは、カイン・アルトゥールの遺言ですか?」

「‥‥あぁ。あまり身を剥いだり辱めることはしたくなかったんだが。カインが、心臓だけは残しておけと強い文言で書き記してあったんだ」


 アルドは名残惜し気に手のひらに入った心臓を差し出す。柊の葉やハーブに包まれた小動物のような大きさのものが白い布に包まっている。フォースタスはそれを受け取ると指先で触れ目を閉じた。


「わが名はフォースタス・オスキュルテ。大賢者(グランサージュ)の名の元に告ぐ。己の秘匿を暴き給え【秘匿解除(デスクラシ)】」


 辺りがまばゆい光に包まれフォースタスが消え行っていくのを見守りながら、今度は耳鳴り様な音が響き渡る。やがて光が仄かな明るさに消えかかっていく中、フォースタスは毅然に立ったまま両手に収めた心臓を守る様に包んでいる。独りで孤高に佇む彼を見ていると、フォースタスが背中ごしにわたしを一瞥する。

彼に駆け寄るとそのまま抱き寄せるように擁されカインの心臓を手渡された。


「リクアストラと言ってください」

「‥‥リクアストラ」


 フォースタスに促されて言い放ったと同時に心臓が跳ねあがる様にびくりと鼓動を打ちはじめた。動揺したわたしを安心させるようにいつもと変わらない温かい微笑みで笑いかけてくれるフォースタスを見ながら、小さな心臓を落とさないようその行く末を祈るように見守る。

次の瞬間、頭の中を支配するような強大な圧力で魔力がわたしの脳内に入り込んできた。


「くっ・・・・・あぁぁぁぁっ」


 頭の中で蠢くように魔力が暴れ出し、血管が切れていてもおかしくないほどの鋭い痛みが脳内を支配していた。耐え切れずに叫んだわたしの断末魔の中でみんなの叫ぶ声が聞こえたが、返す余裕などなくなっていた。


「息をしてください!深く吸って。秘匿魔法を受け入れるのです」

「‥‥でもっ‥‥痛みで体が‥‥バラバラになりそうで‥‥怖い!!」

「死にたくない?一人が怖いですか?」

「‥‥怖いっ!!!死にたくない!!!フォースタス!!助けてっっ」


 みっともなく泣き叫び縋る様に彼の軍服を掴むわたしを眉を歪ませながら見定めると、力強く自分の胸にわたしを引き寄せる。痛みの中でもそのぬくもりと心臓の鼓動が伝わってきた。


「わたくしがおります。ここであなたが死ぬのならばわたくしも共に参ります」


耳傍で囁く声が震えていて彼も恐怖を感じているのだとわかった瞬間、涙がとめどなく溢れた。

わたしはフォースタスに抱き着いたまま手の中に納まっている心臓を見つめ、痛みに耐えながら祈りを念じた。


「わたしに力を貸してください。カイン」


懇願するように心臓に語り掛けると、突然頭の中に閃光が走ったようにパンっと光が破裂しその衝撃で頭を銃で撃たれたように体が弾み飛ぶ。


「リリア様!!!」


 フォースタスも抑えきれない程の衝撃だったのだろう。彼の腕から離れたわたしの体は石畳めがけて吹っ飛んでいく。だが、わたしの体よりも先に飛んでいく矛先に向かっていたのはアルドだった。

スライディングするようにわたしの体を受け止めたアルドは、目の前がグラグラと揺れるわたしの頬を叩いた。


「リリア!おい!大丈夫か!?死ぬな!!!‥‥お願いだ!!!」


アルドは今にも泣きそうな顔をしている。歪んだその顔はまるで幼い子供みたいで、余疼が残る中で口端が微かに上がっていくわたしの表情を見たアルドは、心底ほっとした顔でため息をついた。


「‥‥よかった‥‥王妃‥‥リリア‥‥」

「受け止めてくれて‥‥ありがとう‥‥アルド‥‥」

「大丈夫なのか?人を呼んで担架を‥‥」

「大丈夫ですよ」


 よろりと立ち上がるとボスの面々が心配そうにわたしに駆け寄ってくるのが見えた。


「やっぱり‥‥良い人‥‥ですね」

「はぁ?第一声がそれ?さっきまで死にかけてたっていうのに」

「死にかけましたね‥‥確かに‥‥」

「秘匿魔法はどうなったんだ?」


ハインリッヒの問う先にいたフォースタスが笑顔で首肯したのを見て、口から安堵の音が漏れる。


「この魔法は本来カイン・アルトゥールにしか使役できないもの。魂に馴染まずに霧散する可能性もある。ここから先は神のみぞ知る道になる。祈りましょう」

「フォースタス‥‥カインの心臓は?わたし、吹き飛んだ時に手から心臓を離してしまったかも‥‥」

「消えました」

「‥‥えっ」


 フォースタスの手には柊の葉とハーブの残骸だけが残っていて、思わずアルドの顔を窺う。


「カインはこの世での最期の役目を終えたんだな」


 穏やかな表情で呟くアルドにわたしはそれ以上何も言えなかった。

カインを守っていたというハーブの香りが強くなった気がする。わたしはその匂いとアルドの泣きそうな顔をカインに届けたくて、鼻いっぱいに漂う空気を吸い込んだ。


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