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グロウステイル~王様が懐柔してくるのでその手に乗ってあげる前に大魔法使いになります~  作者: 天崎羽化
第1章 転生して愛されて恨まれて

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墓標への畏敬



 煤と鉛の焦げる焼け野原の只中が目と鼻の先だというのに、わたしが墓標に献花したユリの花の芳香が微風にのって愛らしく鼻腔を突くなか、真っ白にショートした頭の中を整理する。


 「魔法解除(デセンカイント)」は高等魔法のひとつ。

怨嗟(グロール)は呪いと防御と攻撃すべてを兼ね備える強力なもので、こちらと同等の能力の持ち主が魔法解除(デセンカイント)を放たなければ、掻き消えることはない。

 しかし、シュライスは呪文を唱えることなくわたしの魔法陣を解除した。

何が起きたのかわからず、わたしは瞠目しながら彼を見つめ、なにか隠し持っていたのではないかと丹念に訝しんだが、なにか特別な魔力の気配はない。

 なによりも胸を突くのは、彼が奇妙なほど静謐に笑っていることだ。

魔法使いが「宣誓」を放つと、その言葉は血族すべてに号令のように伝わる。

宣誓は相手の運命を変える呪いに近い効果もある。

しかし、宣誓相手が拒否すれば、不成立となり術は弾かれるはずなのだ。

それなのに、彼が宣誓を宣言した瞬間、わたしの敷いた鉄壁のような魔法陣は解除され、魔法も掻き消えた。

 魔法使いとして受け入れがたい状況に動揺しながらも、わたしは毅然とした態度で立ち向かうように言い放つ。


「・・・・許嫁はいないの?あなた、女性によくモテていたじゃない?寄宿舎では毎日大量のラブレターをもらっていたし」


「いたけど、もういないよ。昨夜、彼女のいる国を獲ってしまったから。愛人もいないし娼婦通いもない。第二夫人も夜伽も取るつもりはないよ」


 シュライスは口元のほくろを妖艶に引き上げ笑って見せた。

彼ほど典雅な風貌の王は世界中探してもそうそういない。

その貴公子ぶりは、各国の王子や王女が集まる寄宿舎で嫌というほどわかっていた。

そんな彼の口から娼婦通い、などという単語が出たことに、彼がどれだけ詮索され続けて生きてきたのか、再会する今日までに彼が受けた境遇の片鱗を見た気がした。


「わたしがリーガルに入れば、あなたを殺すわよ」


「リリアに殺されるなら大歓迎だよ。ならばぼくは、きみを幸せにしよう。そして、きみの命はぼくが貰う。必ずだ」


 穏やかに佇む美しい顔、出会ったころよりも少し低くなった声が二度目の愛と死を告げた瞬間、彼の中に潜在する静謐な狂気は濃さを増して醸し出される。

シュライスの言う「きみの命」とは、尊厳死のことなのだろうと推察した。

敗戦国の王族が戦勝国の王に従うというのは、それだけ苦痛だと聞いたことがある。


「きみの姉上たちは自ら国外に脱出されたようだから、条約の調印はリリアにしてもらうことになるね」


「お姉さまたちは無事なの?!」


「第一王女のマリー様は東の国へ向かわれ、第二王女のエリー様は西の国に向かわれたと聞いたが、その先は知らない。リリアと国を貰い受ける権利がぼくにうまれるならば、彼女たちの望みも叶えるべきだと思ったから、その先は追わないように命令したんだ」


 その言葉に背筋がひやりとする。

第三王女のわたしが戦禍に出ている最中に国外逃亡するということは、ローズリーが負けることを彼女たちは最初からわかっていたということ。

そのことを見抜けなかったことが、なんだか悔しくて、恥ずかしい。

 シュライスは、自らの後ろに置いた酒のボトルを持ち、注ぎ口の封蝋を腰に携えた剣で勢いよく切り落とした。

彼は、泡立つ酒の中身を墓標の先端から丹念にかけ、液体が流れ落ちる光景を畏敬の念を込めた眼差しのまま、最後の一滴が墓石に流れ落ちるまで眺めていた。


 認めたくなかった。

だけど、彼の振舞いや姿勢からは、胸が締め付けられるほどの哀愁と苦悶が滲んでいるのが手に取る様に伝わってくるこの目の前の現実の方が、わたしの心を癒やしてくれているという矛盾さに、胸がいっぱいになって涙がこぼれる。


「ローズリー王はシャンパンがお好きだったね。よくぼくの父と、朝日が見える時間まで父の自室でお酒を飲みながら談笑しにいらっしゃっていた。妃は、ぼくときみの二十の誕生日に、シグネットリングをくださった。錬金したものでは(ミスリット)がこもらないからと、ご自身で探鉱して、金を発掘して、魔法で丹念に練り上げて創ったとおっしゃっていた。覚えているかい?」


シュライスは左手の小指を掲げて嬉しそうな顔でわたしを窺った。


「・・・・戦争につけてくるなんて。はしたない」


 笑顔に唾を吐き捨てるように言ったつもりなのに、シュライスは「そうだね」と嬉しそうに微笑む。


「ローズリー国にならば、ぼくは殺されても本望だった。恨む必要がない程、ローズリー国王への敬意と、妃への情念、きみへの愛情があったから。だから、戦勝国となったいま、この国を獲れたことに後悔はないんだ」


シュライスは、墓標に刻まれた墓碑銘を憂い目でなぞり眺めたあと、ひどく透き通った目でこちらを見定める。


「きみたちを愚弄するような扱いは絶対にしない。辱めることもしないし、民の安全もぼくが保証する。必要以上の侵略もしない。それは約束するよ」


「それはって・・・・他は何か企んでいるってこと?」


 シュライスはわたしの疑問に応えずに微笑を湛え、遠景に眼をはせていた。


次回以降から短めになります。

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