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グロウステイル~王様が懐柔してくるのでその手に乗ってあげる前に大魔法使いになります~  作者: 天崎羽化
第8章 第1の神器 ジャトの目を求めて

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魔守り人の呪い




 カインの姿が消え車の中に長い沈黙が流れた後、アルドは何も言わずに車を飛び出した。

運転席にいたエンツォまでも彼を追って出て行く始末で、残されたわたしたちは彼らの背中を見つつ帰りを待つこと数十分。

先ほどまでの青ざめた顔色から血色を取り戻したアルドが、葉巻の香りと共に車に戻ってきた。


「すまない。リリア王妃‥‥気が動転した」

「構いませんよ」

「その‥‥彼の名前は?」

「ディミヌエンドです」

「‥‥ディミヌエンド様。カイン・アルトゥールと引き合わせてくれてこと感謝いたします」

「ずいぶん調子がよさそうだね。憑き物でも落ちた様な顔だ」

「カインは襲撃されて殺された。突然の死におれが君主に抜擢されたここ数十年は不安と焦燥感でいっぱいだった。彼の国への想いを汲みとれているのか不安だったんだ。だが、今日アイツに会ってわかった。おれはなにも間違っていなかったのだと。今までこの国の為に尽くした時間はムダではなかったのだと」

「時期早々じゃないかな。きみはまだ大成していない。アンダーヴィレッジはこれからだよ、国王様」


ディミヌエンドの愛ある揶揄にアルドは肩をすくませて笑った。


「シュライスは、リリア王妃があなたと契約していることを知っているのですか?」

「知っているんじゃないかな。彼の近くにも(ぼく)がいるからね」

「‥‥どういうことでしょう」

「トラウム・ルーデンスを知っているだろ?」

「リーガル国の宰相です。ですが、国民には知らされておらず上層部でしかその名を知る者はいないはず‥‥」

「彼はぼくの片割れなんだ」

「‥‥片割れ?」

「世界の均衡が崩れ、魔守り人の呪いと共に神器(シーク)が穢れに満ち始めた頃、世界を創り上げたぼくにも影響が出始めていた。ローズリー国を守護しリリアを花嫁に迎える日取りが近づいたある日、体の奥底が砕かれるような痛みが走った。それはぼくの力をもってしても抑えられるものではなく、もはや世界自体がぼくを咎めているようだった。こんな世界を創りやがって。こんな人間をのさばらせているおまえが悪いのだと罵られるように、怨嗟の念がぼくの魂を砕いた。その欠片は7つに割れて世界に散らばったんだ。シュライスの近くに居るのはその片割れ。ぼくの魂の一つだ」

「トラウム様が、神だというのか?」


 アルドが驚くその横でわたしもディミヌエンドの話を固唾をのんで聞いた。

神様の魂が砕かれていてその一つがシュライスの傍にいるということが何を意味するのか。


「シュライスは神の力をもって戦争を進めてきたということですか?」

「神の意志と言った方が正確だ。トラウムとなり替わっているのはぼくの中の傲慢や強欲な欲情が擬人化したもの。戦争なんて彼の趣味にぴったりはまっているからね。シュライスという玩具を手に入れた今は、楽しくて仕方ない時期だろう。それに、ぼくがリリアを花嫁にすることを彼は知っている。意地悪くらいはしてくるだろうね」

「トラウム様をどうされるつもりなのですか?」

「ぼくの中に引き戻す。そのためには神器(シーク)を集めて世界の呪いを解き均衡を戻さなくてはならない。ぼく自身に彼ら以上の力と矜持がなければ舐められて終わりだからね」

「トラウム様はシュライスの幼いころからの親友だと聞いて居る。彼らを引き裂いたときなにか壊れたりはしないのか?」

「だからシュライスは()()()()んじゃないかな」


 意味ありげに蠱惑的な微笑みを浮かべるディミヌエンドの言葉に、アルドは逡巡するように目を泳がせ考えていた。そしてふと思いつき、目を見開く。


「親友を自ら引き裂く算段でリリア様を迎えたと?」

「トラウムは愛や情やなどの感情を極端に嫌う。彼の目指すべきものにそれらは必要がないからね。他者など殺してしまえばいいし、邪魔なら消せば済む話だ。だが、シュライスは違う。長年リリアを愛し続け、トラウムと悪魔の契約を交わしてしまうほど愛に飢えていた。親友に縋りながらリリアと言う愛を欲しているシュライスの行動は、トラウムの算段を狂わせている。リリアを手に入れた今、シュライスに親友は必要ないからね。だけど、彼は優しい子だから。きっとトラウムの事を想ってすべてを話し、従順に従っているんだろう」

「ならばトラウム様は、シュライスから愛を引きはがすためにリリア様の命を狙う可能性がある‥‥と」

「流石アンダーヴィレッジの君主。先見の明に恵まれている」


 彼らの会話を聞きながらその中心にいるのがわたしであることを理解するのに時間がかかった。

困惑しているわたしの髪をディミヌエンドが梳かすように指で撫でつけ、困ったような顔でわたしの心の中を案じるような表情を向けている。


「リリアはわたしの花嫁になることを選ばされた。前世では過労死で亡くなり不運にも短い生涯を終えた身でありながら、この世界で新たな生を真っ当に生きようとしている。同じ人間と言う器に生まれ変わったことに絶望もせず、ただ必死に足掻いて生きるリリアがわたしは愛しくて仕方がないんだ。だから、彼女にわたしの運命をすべて託すことに決めた。リリアにならこの命を砕かれても構わないよ」


 ディミヌエンドの目が優しく細まっていくのを見詰めながら、わたしは彼の本心をはじめて聞けたことになぜかうれしくて、改めて彼の力にならなくてはと思った。

神様の力がない世界なんて寂しいし同じ世界に住む生き物として恥ずかしいとまで思う。

傷つけて耐えさせてしまったこと。

そして、ここまで世界が病んでしまったことに気が付けなかったことに対しての悔恨の気持ちでもある。

 ディミヌエンドが魂が砕け散るまで独りでこの世界を守ってきたのだと考えただけで、胸の奥がずきずきと疼きを覚えた。


「さぁ、リリア。ぼくが今からお手本を見せてげるよ。ちゃんと見ておくように」


じゃれる様にわたしのこめかみを指で小突いたあと、真剣な表情でアルドに目を据える。


「アンダーヴィレッジの君主よ。今一度問う。ジャトの目と共鳴しているおまえの呪いとは、カイン・アルトゥールへの悔恨の念であるか?」


問われた問いをかみ砕くように考えを巡らせ、やがてアルドは一点を見つめ返す。


「はい。そう‥‥だとおもいます」

「カインはおまえにとっての救世主であり人生の師。彼との約束を果たすという大義を宣言したことがおまえの中の遺恨までも浄化されたようだ。良い目をしている」

「ありがとうございます」

「ジャトの目を渡してもらえるか?」


 ディミヌエンドに言われ、アルドは座席の傍にあった杖を素直に彼に差し出した。

先端で光っている宝玉の青色は濃さを増し、玉の中で走るように蠢いている。

長年守り続けてきた宝玉を前にアルドは厳かな面持ちでそれを見つめていて、どれだけ彼がこの神器(シーク)を大事にしていたか伝わってくるようだった。


「ディミヌエンドの名において、この神器(シーク)の呪いを解く。【呪解除(カースカイント)】」


 車の中がまばゆい光に満ちその光の中でも宝玉は深海のような海の色を湛えている。

だが次の瞬間、宝玉の中の青色の光が溶け出すように空間に満ちて車内が真っ青な色へと変わった。

やがて宝玉の中の色が薄くなり、徐々に透明の色へと変わっていき、ついには不純物の内包すらない綺麗な水晶の玉となった。


「ジャトの目の呪いは解かれた。儀式は終了だよ」


 ディミヌエンドはふぅと額の汗を拭い終わったという合図なのか背中を伸ばして見せる。

わたしとアルドは未だに何が起きたのかわかっていなくて、二人で顔を見合わせつつぱちぱちと目を瞬いていた。

そんなわたしたちを他所に、ディミヌエンドが運転席へ視線を移す。


「ルルミアの泉へ向かってくれないか。フォースタスもそこにいる」

「ルルミアの泉‥‥?」

「アンダーヴィレッジの中で唯一、聖域と言われる「シンの墓」周辺で自然発生的に沸きだしている泉のことだ」


 発進した車に揺られながら、未だ頭の中の混乱を収め切れていないアルドが口を開く。

しかし、わたしにとってはシンという名前も聖域があることも初耳だった。


「シンの墓というのは?聖人や勇者の墓ですか?」

「シンの墓に眠る古の王シンフレスカは、生涯一人の女性だけを愛しつづけ、その命を賭して愛する人を守って死んだという英雄の名前だ。 この土地をおれたちが開拓する以前からある伝説のようなもので、彼の一途で真摯な姿勢は後世の今もなお女性たちの想像を掻き立て、泉の前で結ばれた恋人は、生涯苦労なく幸せでいられるという迷信ができた。この国が愛の生まれる国として名高くなった謂れのようなものだ」

「シンフレスカは精霊王だよ。この地で彼に人間たちに教えを説いてほしいとお願いしたんだ。だが彼は人間を愛してしまった」

「ディミヌエンドは彼を知っているんですか?」

「あぁ。良く知っているよ。彼を産み落としたのも、弔ったのもぼくだからね」


 揺れる車はゆっくりと停車しドアが開かれる。

今しがた聞いた事実に、わたしとアルドは絶句に近い沈黙をしていた。

産み落としたという言葉で、彼が本当に神様なのだと実感させられる。

 ふと窓の外を見ると、フォースタスが頭を下げたまま佇んでいた。

ディミヌエンドは、その姿を目に入れるや否や、愛しそうに目を細める。


「フォースタスは心からの忠誠心と慈愛をもってリリアを守ろうとしている。彼ほどの強者がその境地に達すると、例えその身が焼かれ魂が朽ちる日が来たとしてもその精神は永遠に生き続けこの地を守護するんだ。それはとても美しいことだとぼくは思う。人とは、美しいんだよ。リリア」


 諭すようにそう言うとわたしに手を差し伸べる。

ディミヌエンドは心から満足そうな多幸感に満ちた顔をしていて、わたしも思わず笑顔でその手を取った。

 外に出ると、大理石で綺麗に整えられた泉から絶え間なく湧き出す水飛沫の音と共にマイナスイオンなのか、辺り一帯に清々しさが漂っていた。

 爽やかな空気の中、フォースタスはわたしに笑みを向けたあと、ディミヌエンドの前に忌憚なく跪く。

ディミヌエンドは真剣な面持ちでその姿を見下げていた。


「再び御前にお目にかかれ光栄に浴しております」

大賢者(グランサージュ)の器はどうだい?」

「わたしには到底かなわぬ殊栄でございます」

「きみは相変わらず真面目だなぁ」


ディミヌエンドはフォースタスに顔を寄せ、彼の顎を掬った。


「ジャトの目の呪いは解かれた。後は頼んだよ」

「御意」


 短く会話を終わらせるとディミヌエンドはわたしを抱き寄せた。

耳傍で「リリア」と甘く告げられたとたん、それがなんだか物悲しい気持ちにさせたことに胸がざわめく。


「さっき力を使って分かったんだ。ぼくはもう長くはないかもしれない」

「えっ‥‥それって‥‥!」

「秘匿魔法があると言ったよね?この国は魔力のある国ではないから魔法ではないけれど、彼から授かるものは必ずあるはずだ。それを見つけなさい。そして出来るだけ早く神器(シーク)をの呪いを解いてほしい」


 懇願するようにそう言い残すとディミヌエンドはわたしの額に口づけを落とす。

彼の不意打ちにびっくりしてぱちぱちと目を瞬くわたしを見つめる目が優しく弧を描いている。

しかし、わたしが瞬きした瞬間、彼は目の前から消えてしまった。


「神とは、本当にいるものなんだな」


穏やかな声音でそう呟くアルドに微笑み返し、暫くの間、神がいた場所を二人で見つめていた。



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