殺すと言ったら、大歓迎だと言われました
「ご両親の遺言は聞くかい?」
彼の言葉にはっと息をのみ、回想していたじぶんを現実に引き戻す。
「遺言」という言葉を頭の中で反芻しながら、墓標に視線を這わせ小さく首肯する。
自分の顔を鏡で見ていないからわからないけれど、悲しそうな目、申し訳なさそうに俯く体、湿ったような彼の声に、ひどく心がかき乱される。
「ローズリー国民の矜持を奪わないでほしい。魔法使いたちは手厚く扱ってほしい。王女たちを頼む。そして、リリアを幸せにしてやってほしい」
文言から察するに遺言書などはなく、二人が殺される寸前につぶやいた言葉を彼が丸暗記したのだろうと勘が働いた。
シュライスが淀みなく感情を入れずに遺言を口にするものだから、彼の声をなぞる最中に自分の名前が出た瞬間、喉の奥が狭くなって悲痛が襲い、目からは蛇口を捻ったように涙があふれだした。
さっきまで気丈に振舞っていたのに。そのはずだったのに。
「ほんとうはじぶん」にとって、この状況がどれだけ耐えがたいことだったのか骨の髄まで思い知り、気が付くと、墓標をおもわず掻き抱いていた。
「・・・・っ父上ぇ・・・母上ぇ・・・・・!!」
大声を上げた。泣いた。心臓の真ん中が痛くなるほど力いっぱい叫んでいた。
すると、背後からふわりと清潔な香りがわたしを包みこんだことに粟肌がたつ。
「リリアは悪くない」
「――――っ!!!!」
顔を寄せられ、耳元で囁かれたその言葉に粟肌が立つ。ケトルのように一瞬で湯立つような怒りがこみ上げ、ありったけの力を込めて彼を突き飛ばす。
女の力でしりもちをついた自分が受け入れられないのか、シュライスは愕然としてわたしを見上げ、目を瞠っている。
「・・・・わたしの両親を殺した気分はどう?国も土地も奪われた天涯孤独な女を憐れむのは、さぞや悦に浸れることでしょうね!」
涙で狭まった喉を全力でこじ開け、掠れ声で叫ぶ姿を見ながら、彼は視線を緩く地面に落としていく。
わたしは、両親である王と王妃が殺されて間もない現場に居合わせていた。
戦禍の中、死にゆくふたりの顔は夢に見るほど鮮明な温度でいまも瞼に焼き付いている。
戦争が終わった今でも朝にはあの光景が襲い、脂汗で目を覚ますほどだ。
「国を獲るだけなら殺さなくてもよかったはずじゃない。なぜ?なぜなの?!シュライス!」
わたしの言葉に、シュライスは眉を寄せて苦い顔になるばかりで、答えを返えす気配はない。
ローズリー国では「心」がものをいう。
魔力とは別物で、才能、生命力、知識、精神、意志などもれなく強いものが心の強さとなる。
能才が揃い、より高い志をもって研鑽し試験に合格した者は、神官・神子・使徒の役職を賜り、己の能力を発揮し、国を支える運命を与えられる。
心とは脳であるともいうが、心と脳が一致して初めて扱うことができる念も魔力の強さを象徴する。
念が強い人は精霊や自然力を引き寄せやすい。
備わった魔力と合わさることでバフのように魔力が増大する。
役職を持ちながら鍛錬し磨き上げた魔力を持つ者が真に望んだものは、現象となってこの世に顕現させることができる。
魔法であろうが、剣であろうが、防具であろうが、自由自在。
その中でも特殊召喚魔法は、ローズリー出身の大魔法使い以外扱うことができない。
実力次第では、世界を再生することも、滅亡することもできる諸刃の刃にもなったという史実が残っている古代魔法だ。
これらはこの世界でも類を見ず、また、魔法国家の中でも唯一無二の力を誇っていた。
王に就任したばかりのシュライスが、初陣の小手調べにローズリーに攻め入った理由は誰が見ても明白だったし、ローズリーほどの帝国を堕とせば隣国への圧力になるし、リーガル国の誉れとなることはわたしでも理解できた。
国盗り合戦は定石だし、転生したこの世界でも戦争は絶えない。
「人と魔法使いは手を取り合って幸せに暮らしていましたとさ」と、ならないことをこの世界で勉強しながら頭では分かってはいた。
けれど、シュライスは。
彼だけはわたしの味方だと信じていた。
いつから考えていたの?裏切ろうとおもったのはいつ?
そう考え始めると彼への嫌悪感と憎悪がとまらない。
その勢いのままわたしはじぶんの足元に魔法陣を張る。
中心部分から疾風が吹き上がると火力を増すように魔力を強めた。
火柱のように囂々と赤い炎が昇り立つ光景に気圧されたシュライスが、たじろぎながら身を守るような体制に入るスキを見て、魔法を放つ。
「怨嗟!!! 」
びりびりと空気が音を立ち一層燃え上がった赤い炎が触手のように伸びて彼の体を包みこむ。
口呪いである怨嗟は、相手の心も体も縛れる高等魔法。
鍛錬を積んだ魔法使いでも、痛みでしばらくは動けなくなる。
火柱の合間から、シュライスが膝を地面につきながら眉間に苦渋の色を顕し、痛みに耐えているのがわかったとたん、くつくつと笑いがこみ上げてきた。
「父上と母上の痛みはこんなものではなかったはず!思い知りなさい!」
どす黒い感情を吐き出すように叫んだつぎの瞬間、シュライスの顔がみるみるうちに陽光の射すような笑顔に満ちていき、挑戦的に眇められる眼差しでわたしを捉えはじめていることに、恐怖からか、嫌悪からなのか、じぶんの背筋が凍ったのが分かった。
彼はぎりぎりと足を立て、よろめきながら立ち上がる。
魔法陣ギリギリの場所まで進み出で、微笑み居立てる余力があることにおもわず体を強張らせた。
「・・・・きみは敗国の没落貴族で、リーガルの捕虜なんだよ?」
痛みに耐えた震える唇で諭すように言う声音はひどく温かく、視野が潤む。
でも、目の前にいるのは国を滅ぼした敵将。
思い直し、奥歯をかみしめ、彼を睨む。
「・・・・あなたを殺す!!」
彼は、騎士であり王、そして魔力が使える魔法使いでもある。
このままやり合えば、どちらかが死ぬ。
しかし、死ぬ覚悟なんて、戦争が始まった瞬間からとっくにできていた。
涙をこらえ必死に見定めるわたしを、シュライスは、陽だまりの中に咲く花を眺めるように目を細めながら、薄い唇を開いた。
「大歓迎だよ!ぼくのお姫様」
シュライスの言葉を聞いたとたん、わたしの頭の中に光が走り、目の前がはじける。
彼の言葉が解除呪文だったかのように、わたしの魔法が一瞬で解け、周囲から魔力が消えた。
足元の魔法陣がかき消え、残り香のように吹く風が優し気にそよぐ。
シュライスはわたしの足元に跪き、手を取った。
「宣誓しよう。リリア・ルルーシュをわが伴侶として迎え、リーガル国の王妃とする」




