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グロウステイル~王様が懐柔してくるのでその手に乗ってあげる前に大魔法使いになります~  作者: 天崎羽化
第8章 第1の神器 ジャトの目を求めて

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王妃を待つアンダーヴィレッジの朝(アルドサイド)





黎明の光がまだ薄暗い空を染めるころ、アンダーヴィレッジは静寂と霧のベールに包まれていた。

リーガル領内にありながら疎外独立国であると公認を受けた国、アンダーヴィレッジは、通称アングラ帝国とも呼ばれている。


 前リーガル国王の代から約数十年に渡って敢行されていた専制政治下の中で生まれた貧民や、没落した魔法使いたちによりつくられた環濠集落から急速に拡大し、他民族迎合主義をモットーに人口増加しながら発展を遂げてきた。


現リーガル王シュライスの父親はこの状況を看過できないと判断し、主権国家内の自治領として扱うことを決めた。

リーガル国からの一切の監査のない治外法権とはならないが、その稀有な存在感と貿易に長けた国力は、隣国のなかでも一線を画している。


 通商も盛んで、アンダーヴィレッジを中心として物流船が行き交うこの状況は、リーガル国交の要となりつつあった。

しかし、その雑踏に紛れ、この国にネズミのように入り込み不法に居座るものも少なくない。

この国の暗黙のルールは「弱肉強食」、身分も生まれも問わず移民を受け入れ、各国の血が入り混じり、下剋上と裏切りの坩堝の中で内乱を起こしながら、主君に認められれば、だれでもミリオンダラードリームーが見られる夢の国には、今日も新たな新参者が我先にとアンダーヴィレッジに入国してくる。


その国を創り上げた「主君」の朝は早い。


「おはようございます。アルドさま」


皺ひとつない執事服に身を包んだ妙齢の男たちが、颯爽と入室する。

これから現れる主に敬礼するよう、扉に向かって素早く頭を下げた。


白亜のカントリーハウス。

そのダイニングに入ってきたのは、ブルーグレーのジャージースーツに身を包んだ典雅な男。

色素の薄いグレージュの髪の毛。同色で誂えた瞳には、濃霧に包まれ乳白色に染められた景色が映りこんでいる。

彼は邸宅の窓に手をかけ、濃い霧が漂う少し冷たい風を部屋中にいれ込むよう大きく開け広げた後、豪奢な革張りのアームチェアに腰を落とす。


白い肌と繊細な腕は、一見すると女性と見まごう程細いが、首から下はスーツの上からわかる程に鍛え上げられたしなやかな筋肉が覆っている。

そんな彼の面前に、執事が食卓に料理を整然と並べ始めていた。


「本日のご予定は、リーガル妃殿下のご訪問のみとなります」

「あぁ、今日だったな。妃殿下の通る道に配置する部下のリストアップを」

「畏まりました。それから、先ほど、エンツォさんがご帰宅されました」


 執事の優美な所作から注がれる深煎りのコーヒーの香りを小さく吸い込んだ後、アルドは、このすばらしく完璧な静寂の朝の時間に相応しいかどうか吟味するような沈黙を落とした後、薄い唇を開く。


「急ぎか?」

「おそらく」


短く答えた執事の言葉と、意味ありげに細められた目線に観念して、アルドは「通せ」とだけ短く返す。

 控えていた使用人が扉を押し開けると、眩いブロンドの髪の下に端正に縁どられた顔に、誂えた様なオリーブグリーンの瞳を持つ男が、食卓にむかって親しみやすい微笑みを向けていた。


「おはよう。アルド」


フォレストグリーンのスーツにマスターイエローのボルサリーノの装いを崩すことなく、彼は目を瞑りながら鼻をひくひく動かした。


「うーん。いい香りだ」

「お飲みになられますか?」

「いただこうかな」


 アルドの朝の時間に、華やかで静謐な声が添えられるように響く。

穏やかで柔和なその声の主は、微かに揶揄するような瞳でアルドを見つめていた。

洞察するような眼差しを無下にできる性分ではないアルドは、口をつけていたカップの中身を飲むことをあきらめ、口火を切る。


「内政はどうだった?」

「混乱。それも、大混乱だ」


 エンツォは疲労の陰翳を帯びた吐息を漏らしつつ、アルドを見やった。


「変装なんかしなくても、ぼくがバルで飲めちゃうくらい。リーガル国内の警備は手薄になってる。リーガルの主要貴族たちも、陛下のいる領地に移動していてもぬけの殻。今、隣国から攻められたらひとたまりもないね」

「それを見張るのが我々の役目だ。国内に不穏な動きがあればシュライス陛下に進言し、一整を敷いていただくまでが勤め」

「トラウム様まで不在のところを見ると、前ローズリー国一帯に君主制度と自国の理を敷くまで本国には帰りそうもない。まぁ、そのほうがぼくたちにとっては動きやすくて好都合だけど」


 目の前に運ばれた香りのよいコーヒーに口をつけ、エンツォは満足げに頷く。

読み終わった新聞を折りたたんだアルドは、深くため息をつき静かに目をつむる。

唇を秘かにかんだ後、口を尖らせつつ口火を切った。


「リーガル国を追放された下賤の民が、アンダーヴィレッジに移ったところで貧民を脱せるわけがない。何者でもない彼らが成りあがるため、血の掟という理を敷き、この国の貴族でもある三つの派閥をシンジケート組織に分け、流派を作り上げた。やがてそれはこの国の礎となり、今に至る」

「まぁ、仲たがいって方が合っているけどね」

「百年前のこの国はただの荒くれ物の墓場だった。ここ数年はシュライス陛下の力添えもあって、国として立国するべき矜持が生まれたが、後ろ盾ができた以上、リーガル国にはある程度の忠誠心は示し続けなくてはならない」

「アルトゥール家、ルーデンス家・ベルベッタ家。アンダーヴィレッジの御三家の中でも、品格を重んじ、部下を見放さず、品行方正に組織を指揮する信条が評価され「貴族」としての称号を本国から与えられた上、そのアルトゥール家の現当主は、押しも押されもせぬ秀才で眉目秀麗。そりゃぁ、周囲の嫉妬を買う時よねぇ」


揶揄するように笑いながら、エンツォは胸元のポケットから薄手の号外新聞を取り出し、アルドに差し出す。

号外の見出しには、「リーガルの犬 アルド・アルトゥール 母国に密造銃を秘かに輸出か」と書かれている。

アルドは、見出しから順に一面に目線を走らせると、眉根に呆れを滲ませながら、乱雑に新聞を折りたたんだ。


「戦争は終わったというのに、いまさら銃を輸出して何になる‥‥」

「理由は何でもいいんだよ。火のないところから煙を出せる既成事実さえ作れさえすれば、戦場稼業で金は動く。すねに傷を持つのは、ぼくたちだけじゃないっていうのにねぇ」


エンツォはくしゃくしゃになった号外に目を滑らせながら嘲笑する。


ひどく真剣な面持ちのアルドは、開け放たれた窓の外の深い霧に目を凝らす。

「兄弟」の様子を薄目がちに一瞥しながら、エンツォはコーヒーに添えられたショコラを口にする。


「前リーガル国王の独裁政治において、実力が認められたもの以外は幼子ですら親の能力と同等であると見做され切り捨てられた。荒れ果てたこの地に追いやられ、泥水をすすり、地べたをはいずり回りながら生きる知識や、のしあがる教養を身に着け、おれはアンダーヴィレッジのボスとなった。下剋上システムをつくり、実力のある者には須らく地位と財産を与え、この国のシステムを利用すれば目と鼻の先にはミリオンダラーライフがあるという明らかな道筋を示している。それなのになぜ、己の価値を掴もうとしない?」


頭の中の天秤を揺れ動かしているかのように、きもちの揺れるまま言葉を発していた。

珍しく感情を表に出しているアルドに気をよくしたエンツォは、形のいい唇を上げ、当時を懐古するように目線をくゆらせる。




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