2国と王室貴族のノーブル・サロン(3)
シオンの言葉を各々が咀嚼しているかのような沈黙が流れる中、破るように口火を切ったのはシュライスだった。
「それは、戦争という事?」
「ちがう。二国間の魔法使い同士で闘うだけだ。トーナメント制にすれば、どちらか勝つまでやめられない!鬱憤のたまった国民もすかっとするし、仲を深めるなら一番手っとりばやい!」
鼻高々にいうシオンの顔を、シュライスは諧謔の意を込めた微笑みで口元に手を置きながら笑みをこらえていた。
わたしも、少し吹き出すのを我慢する。
まるで少年のような提案だと思ったが、室内にまんざらでもないと言った空気感が漂い始めているのは意外だ。
そんな中、ロゼッティが手を挙げる。
「名案です。ローズリー国の魔法は美麗で優雅なので映えますし、両国のマギア生徒たちの勉強にもなると考えます」
「へぇ。ロゼッティが賛同するなんて。珍しいね」
「リーガル国内は、アンダーヴィレッジへの国民の流入過多でストレスを抱えており、娯楽に飢えています。彼らを求心する起爆剤としては相応になると判断しました」
シュライスは、アンダーヴィレッジの名前が出た瞬間、僅かに眉を挙げたのを、わたしは見逃さなかった。
間を取った後、シオンがシュライスを見定める。
彼も専心してシオンを見ていた。
「おれたちが勝ったら、城を明け渡してもらいたい」
シオンの声が残響した後、室内が冷えたような空気になっていくのを肌で感じながら、訪れた異様なほどの静寂の中で、シュライスが、機を見るに敏で口火を切る。
「この期に及んで籠城でもする気かい?シオン」
「陛下もご承知の事とは存じますが、あの城は、ローズリー国の精霊たちの守護がないものには開けられない部屋や場所が多いのです。なぜだかわかりますか?この国も、この地も、精霊たちも、まだリーガル国に屈服していないからなのです」
「なるほど。体は許してくれていても、心は侵されないという、決然たる国の意志ということか。やっぱりこの国は面白いね」
激高すると思いきや、その様子は意外で、新しいおもちゃを見つけた子供のように愉悦を湛えた表情のシュライスを、シオンは射貫くように見ていた。
すると、アーサーが「お待ちください」と割り込むように声を荒げる。
「終戦し、二国統合の締結式から間もない中、国民感情を煽る行事を興すことには軍の人間として反対です」
「ローズリーが敗戦国である事実は、この勝負に勝とうが負けようが覆ることはない。リーガルとローズリーが力比べをする。ただそれだけだ。きみたちからしてみれば、リーガルの覇権を誇示できるいい機会なんじゃないのか?」
シオンが大腕を振りながら言う。
その言葉を聞き入れながら、エミリオが静かな炎を揺らめかせた瞳でわたしを見定め、蠱惑的な微笑みを見せた。
「まぁ、ぼくたちのお姫様が戻ってきた今、容赦はできないんだけどね」
瞬間、シュライスの瞳孔がぎゅっと絞られたのが見えた。
「それはそうと、シオン様」
機転を利かせようと言葉を発したロイドが、話題を違う矛先を向けようとしたのが見て取れて、わたしは胸をなでおろす。
「それは、正当な決闘ということでしょうか?」
「まさか。ただのお遊び大会だよ」
「左様ですか。ならば、風紀が乱されない、矜持を崩さないルールがあるのならば、ぼくは賛成します」
「ぼくも賛成。リーガル貴族たちの手の内は未だに秘密が多いからね。この機会に、お互いを深く知ろうじゃないか」
せっかく空気を変えたところなのに、自ら入るエミリオの顔を、ロイドが訝し気に見る。
エミリオの目が、シュライスと瞳がぶつかった。
瞼を一瞬ひくつかせ、眼光を光らせる。
「ぼ、ぼくも賛成です。でも、城ってていうのは、ちょっとイキすぎてるっていうか・・・・ 一日王様体験、とか、お城貸し切り券、とかでいいとおもいます!」
ウイリアムが裏返った素っ頓狂な声でそう言ったので、その瞬間だけ、場が和んだ。
「わたしも賛成します。最近体がなまっているので。動かしたくて」
屈強な筋肉の付いた腕をボキボキ鳴らしながら、ルドラが項垂れるように呟く。
「リリアはどうおもう?」
シュライスがわたしに発言の矛先を向けると、一気に全員の目が注がれた。
リーガルとローズリーの貴族たちの目線は、各々、もれなく鋭い。
この張り詰めた空気に負けないようと、己を鼓舞し、ガタリと椅子を引いて立ち上がる。
横では、エミリオが眉間にしわを寄せつつ不安そうな顔をしているのが見えた。
少し震える手を自分の手で覆い、心の中で決めた言葉を言うため、唇を開く。
「妃の立場としての見解でよろしいでしょうか?」
シュライスの目がぴくりと見開かれたあと、だんだんと平淡で冷徹な空気を纏った視線になり、やがてわたしに突き刺さる。
「ローズリー国第三王女としての御高見を賜れるかな?」
リーガル貴族たちの目の色が変わり、空気がざわざわ動きながら、室内の感情が蠢いているのが伝わってくる。
ここでわたしが発言を間違えれば、文字通り、「一触即発」だ。
わたしは、意を決してシュライスを見据えた。
その時だった。
――――ガチャっ
突然開かれた扉に、全員の注目が集まる。
その先から現れたのは、三人の人影だ。
「重役出勤で申し訳ない。久々の市井で迷いまして」
「シドニーがお菓子なんて買ってるからでしょ」
「初めて会う人には菓子折りって相場が決まってるんだよ」
「はぁ。領収書、リリアに渡しなさいよ」
ごそごそと話し声と共に室内に入ってきたのは、王室貴族のシドニー、ルチア、リシュアだった。
「え・・・・みなさん、どうして?」
わたしの声に、紙袋を持ったシドニーが駆け寄ってくる。
「え?だって今日は、貴族会議の日なんだろ?」
「はい。でも、なんで知って・・・・」
「そこにいるロイドさんが来て教えてくれたわ。わたしたちをのけ者にするなんて、見損なったわ。リリア」
手に持った袋から絶え間なく口にお菓子を頬り込みつつ、リシュアが怪訝な顔で揶揄る。
ロイドを見ると、頬杖を突きながら悪戯っぽく笑い返してきた。
「(さっき言っていた仕事ってこのことなんだ)」
「のけ者というか、全てが終わってからお話をしようかと」
リシュアに弁解するわたしの傍に寄り、頭をなでながらルチアが労わる様に微笑んでいる。
「ぼくたちに気を使わなくていいんだよ。この国の妃がリリアなら、ぼくたちは命を賭しても構わないのだから」
そう言い残し、視線をシュライスに移すと、恭しく頭を下げた。
「ローズリー王室貴族の身分でありながら、遅参致しましたことを心よりお詫び申し上げます。席半ばではありますが、ルチア・エデン、シドニー・エグバーチ、リシュア・ハリエットの参入をお許しいただけますでしょうか?」
「構いませんよ。どうぞ、お座りください」
シュライスの声掛けと共に、ルチアとリシュアが席に着いた。
「あ、これ。ローズリー国でいま流行ってる弾む飴です!魔力も回復するので、お土産にどうぞ」
「お気遣い痛み入ります」
後ろに控えていた執事らしき人に紙袋を渡し、シドニーも着席する。
「さて、シオン。きみは礼儀と建前のお勉強から始めなくてはならないかもしれないね」
諫めるルチアの射貫く様な視線に、シオンがびくりと肩をすくめる。
「議題にも挙がっているだろうと鑑みて発言いたします。我々が先の戦争に加担しなかったのは、王と王妃の政治的怠慢、そして、魔法使いへの敬慕の念を欠いたこと対する応酬処置であり、この国を守護するという矜持を放棄するものではありません。我が主君リリア・ハイムが、敗戦後もローズリー国民の光で在り続けていることは、久々に降りた市井で、肌を通して理解致しました。その上で、国政が動いた今、王室貴族として出来うることは、脈々と続くルルーシュ王権の威光を鈍すことなく輝かせる続けることだという考えに至りました」
ルチアの言葉を全員が耳を澄まして聞き入れる中、空になったお菓子の袋を机に置き、リシュアが口を開く。
「わたしの敷く理は、ローズリー国に土着した精霊、土地神に祝福されているもの。わたしがこの国から消えれば、全ての均衡が崩れ、自然形態や魔力均衡さえもリセットされる。例え強者であろうとも、彼らに迎合されなければ、国においてのすべての権利が行使できないようになっています。しかし、リリアがこの国を棄てず、妃となって残るのならば、わたしは彼女の供奉となりましょう」
「この決定は、ローズリー国王室もとい、全貴族の総意とし、公式な提言と受け取っていただいて構いません」
忌憚なく話しているシドニーのリボンが赤なことにほっとする。
彼らの言葉を聞きいれながら、シュライスは主要な人間に目配せしていた。
ロイド、アーサーだ。
「それは、リリアがいないリーガル国に与する考えはないとも受け取れてしまうけれど、その文言に訂正をなさらなくてもよろしいのですか?」
シュライスの金色の瞳が沈み込み、平淡になる様を見ても、彼らの顔色は一切変わることがない。
リシュアに至っては、どこからか出してきた袋を開け、お菓子を口に放る余裕迄見せている。
「シュライス・ハイム。「親友」を連れてきなさい。話はそれからでも遅くありません」
リシュアの言葉を聞いたシュライスの目が見開く。
図星を突いたと言わんばかりに、シドニーとルチアが口端を上げたのを見て、彼の裏にいる参謀の調査をすると言っていたことを思い出した。
「(何かつかめたんだ)」
わたしは、三人の言葉を胸に留めつつ、口火を切る。
「王女としても、リーガル王国の王妃としても、シオン・ヴェレダの提案を支持いたします」
わたしの言葉に、シュライスの金色の瞳が猫の目のように細くなる。
「そう。それはなぜ?」
「彼らはわたしの仲間だからです。仲間が戦いたいと言うならば、わたしは彼らの意志を尊重したい。ただ、それだけでございます」
ローズリーの貴族たちは、あたたかい目線を注いでくれたが、シュライスはその光景を見ながら、椅子にもたれ目を瞑ってしまう。
残されたのは、ロ―ズリー国が側に着いたと言う確たる証拠を出してしまったわたしに対して注がれる、リーガル貴族たちの訝しむ視線のみだ。
「おれは、賛成します」
突然張られた低い声の主は、ヴィクトルだった。
リーガル貴族たちは、ヴィクトルが言うならばと牙を収める。
「陛下。この政、おれに仕切らせいただけませんか」
シュライスは観念したようにため息を吐いた後、目を開けて天井を見上げる。
「わかったよ」
不機嫌も含んだ、でも穏やかさのある声色で短めに答えた後立ち上がる。
「少し早いけど、会食にしよう」
わたしを見ることなく、シュライスが自国の貴族たちを従えて足早に部屋を出たことに、胸がちくりと痛くなる。




