2国貴族のノーブル・サロン(1)
黒のスーツに赤のエポーレットをかけ、城の大広間の椅子に座って足を組み、窓辺に目線を燻らせているのは、シオンだ。
「おはよう、シオン」
わたしの声に振り向きはすれど、そのまま窓辺に視線を戻す。
相変わらずのツンデレ具合にはもう慣れっこだ。
彼の隣に座ると、その場所が陽だまりと平穏の中にあることがわかって、思わず目を閉じた。
「まだ、公務は忙しいのか?」
空を見つつ、ぼやくように呟く言葉は、なんだか拗ねているように聞こえて、おもわず笑みがこぼれた。
「うん。まだ忙しいかな」
「研究員たちがおまえに会いたがってる。召喚妖精の稼働テストには立ち会ってほしいからぜひ来てくれと言付かってきた」
「近いうちに行けるように、フォースタスにも相談してみるね」
「あぁ」
流れた沈黙さえも苦ではない。
転生してきたころからずっとそばにいる安心感と信頼感がそうさせるのだろうか。
「おはよう」
室内にあふれかえる陽光の中、シュライスが溶け出す様に現れた。
そのことに驚くこともなく、シオンは窓辺へ向ける視線を動かすことはない。
「ごきげんうるわしゅー。皇帝陛下」
軽薄な声色で挨拶をするシオンの隣に腰かけると、シュライスは同じ方向を眺め始めた。
「きみのほうから、ぼくたちを誘ってくれるなんて光栄だよ」
「正式にはリリアを誘ったんだけどなー。お前と結婚したことは忘れていた」
「相変わらずの辛辣さだね」
「・・・・仕切りはシュライスに任せる」
「わかったよ」
シオンは目線だけでシュライスを見ると、嘲笑するような笑みを吐いた。
「リリアが戻るまでは黙ってやっていたが、断言してやる。おれたちはいつかお前を殺すぞ」
「シオン!?」
シュライスは向けられた言葉に微動だにせず、ただ黙っている。
その顔を見定め、目を細める。
「ローズリーは死んだ。だから、全てに従ってやる。だが、真におまえが生きていないのならば、おれたちは容赦せずおまえを喰い殺す」
「リリアの精鋭部隊は優秀だからなぁ。侮れないね」
「王と王妃に未練はない。ローズリーの古い制度は時代遅れだったし、国民も限界だったからな。それに、あらずの塔の修行とか、戦争のための魔道具生成なんて伝統は、リリアで最後にしてほしかったし」
シュライスは、わたしの名前が出たとたん眼光鋭くシオンに詰め寄った。
「なぜそれを知っている?」
「俺もいっしょに創らされていたから」
「「・・・・・・は?」 」
秘かに開いていた窓が風に揺れ、部屋に風が吹きこむと、シオンとシュライスの髪を梳かす様にながしていく。
わたしでさえも知らなかった秘密だった。
「シオンも、わたしと同じように創らされていたの?」
「あぁ。お前にはいってなかったけどな」
はらはらと髪が落ち着いたころ、大きく目を見開いたままのシュライスにシオンは体を向きなおす。
「あらずの塔での修行後、おれは王室に呼ばれた。そこで告げられたのは、王族には男が生まれなかったことに対する焦燥。そして、リリアの幼馴染であるおれを養子にし、王室魔法使いに育てたいというものだった。王室貴族になれば格も上がるし、国外に対して段違いの影響力が生まれる。両親は、喜び勇んで王室におれを差し出した。中に入って分かったよ。この国の王と王妃は、戦争のための魔道具や魔法、得体のしれないものを大量生産するための機械としてしか、魔法使いを見ていないんだって」
「気が付かなかった・・・・」
「だろ?」
シオンのにやりと悪戯っぽく笑う顔を見ながら、あの辛い日々を思い出し、胸がきしむ。
「結局、養子になる前に王と王妃は殺された。称号と役職だけを手に入れていたのは不幸中の幸いってことさ」
胸元のポケットからシオンが出したのは、小さなカメオだった。
蓋を開けると、中にはご両親の写真が入っているのが見える。
「幼いころから研究室に通いつめ、リリアは独学でも魔法の勉強していた。フォースタスに連れられ、研究室で魔法や武器や防具を見よう見まねで生成する姿は、平民上がりの研究者たちからも一目置かれる存在になっていった。王族の人間は、研究所に発注はするものの、一度たりともあの場所に訪れたことはない。そんな中でリリアの存在は、王族とおれたちをつなぐ唯一の希望みたいなものになっていた。楽しそうに魔法を扱い、できると嬉しそうにする純真さは周囲を照らしていたのを見ていて、おれもなにかできないかっておもっていたんだ」
シオンは大きく息を吐くと目をつぶり、当時を思い起こす様に口角を上げる。
「忙しさにかまけて、親が死んだことも忘れるくらい働かされた。それが、ローズリーの王室魔法使いの使命だからな。もちろん、辛かったよ。叫びたくて、泣き出したくて、死にたかった。だけど、研究室で会うたびにリリアが言うんだ。じぶんがこの苦しさを乗り越えられれば、国を救えるかもしれないって。一緒に頑張ろうって。そんなこと言われたら、おまえを置いて逃げ出すなんてできなかった」
その言葉を聞いたわたしの視界はどんどん浸水していく。
気が付いたときには、大粒の涙が頬をつたっていた。
「リリアを独りにしたくなくて?」
「そーだよ。わりーかよ」
立ち上がり、猫の目のように絞った目でシュライスを見下すよう見定めた。
「ありがとう、シオン」
「おまえのためじゃない。リリアのためにやってんだ」
シオンは跪いて一礼したあと、わたしの手の甲に口づけを落とした。
「妃殿下。この度は、貴族会議へのご出席快諾していただき大変光栄に存じます」
「シオン?わたしのことはリリアでいいよ?」
わたしの言葉を聞いたシオンは、一瞬で表情を変えて凝視した。
「・・・・・・・・おまえ着替えるの遅いんだよ。どんだけ待たせてるんだよ。時間かけたからって馬子にも衣裳なのはか変わらねーんだからチャチャッと着替えろ、このノロマ」
お得意の早口を言い残し、サッサと部屋を出るシオンを目で追いながら、室内にいるシュライスに目を向けると、物思いにふけるように窓の外を眺めている。
「シュライス?」
「うん。いこう」
◇◇◇
◇◇◇
馬車に乗り、城から郊外に出てしばらくすると、欝蒼とした森と霧の中から玄関道が現れた。
その先を進み、見えてきたのは白亜の洋館。
バロック調の装飾が施された外観からは、無数の窓からは豪華なシャンデリアがちらちら見え、建物の重厚さに華を添えている。
屋敷の扉の前には、執事の恰好をした扉番が厳かな雰囲気で佇んでいた。
馬車から颯爽とシュライスが顔を出すと、二人の様子に緊張が走る。
「お待ちしておりました」
扉番は、二つ折りになるように深くお辞儀をしたあと、観音開きの扉を開けた。
「おまえはこっち」
「え?う、うん」
シオンに手を引かれながら、シュライスの後を追うように館に入ると、不思議な香りが鼻を突く。
煙草とは違う深いハーブの香りだ。
「・・・・ルドラか」
シオンはため息をつくと、手を引いたまま室内に入って、匂いのする方向をぎろりと睨んだ。
その先には、ワイングラスを片手に寛ぐルドラがいた。
「おい、ルドラ。その葉巻やめろ。酒も飲むな。リーガルの貴族たちも来るんだぞ」
「あぁ。わかった」
素直に葉巻の火を消すし、ワインを一気に飲み干す。
「良い香りだねぇ」
鼻をスンスンしながらシュライスが部屋に入ると、室内の空気が一気に張り詰めたが、その空気を覆すようなオーラを纏った人影が、彼の眼前に現れる。
「久々だね。シュライス」
ベルベット生地のスーツを身に纏ったエミリオの声に、シュライスが目を細める。
「お無沙汰しております」
「王になっても、貴公子然としたきみの品格は変わらないね」
「エミリオ様の優雅さには敵いませんよ」
「だろうね。きみとぼくは違うから」
挑戦的な口調で言い放った後、シオンからわたしの手を移し、自分に引き寄せた。
「リリアはこちら側に座らせるよ」
そう言い残し、わたしの手を引いて別室に移動していく。
その場に残された、徒ならぬ空気を変えるように、何名かが動きを見せる。
「エミリオのご無礼お許しください」
ルドラとウイリアムが申し訳なさそうに頭を下げる。
シュライスは体裁を整えたように優雅に微笑んだ。
「リーガルの貴族はもうすぐ到着します。わたしは、先に行っているとリリアに伝えてください」
「畏まりました」




