さぁ、授業を始めようか
――――バンッッッ
「姉上!遅くなりました!」
「入室は静謐に!!!!」
息を切らしながら室内に入ってきたロイドを、ルートヴィヒさんが一整する。
肩をすくめつつロイドがわたしの隣に座った。
「それでは、リーガル史の授業を始めます」
「「「よろしくおねがいします」」」
「リーガル国の建国は約千年前と言われており、土着する精霊は月。最初にこの国を守護したのは、魔法騎士カルディナという剣聖と名高し騎士でした。ある日、集落を作って生活をしていた移民たちを焚きつけ、自分についてくれば国が創れると、数十人の人間や魔法使いたちを従え、この土地に占有宣言を敷きました。資源は少ないですが、カルディナの騎士道精神教育により、不撓不屈な騎士が育ち、彼らを戦争に派遣することで富を得ていました。爆発的に増えた国民、そして潤沢になった資金を基に、カルディナはリーガル国の初代国王として君臨。恵まれた容姿と頭脳。そして類まれなる才覚を駆使し、領土を拡大していきました」
ぺらりとした紙を全員に渡し終えると、ルートヴィヒはびしっと、目の前の黒板に鞭を当てる。
「シュライス陛下が君主になってからのリーガル国は、破竹の勢いで領土を拡大しています。最近では、吸血一族の国シルヴァニアを属国にし、人外の国からもその手腕を渇仰されている。王が次に狙うであろうと専らの噂となっているのは、ミュゲ国。自然の精霊の寵愛を受け、大災害や天変地異おも免れ生き延びた稀有な加護を受けている国を属国にするだろうと言われています」
「噂?国民の間でそんな話が出ているのか?」
軍師の顔をしたロイドが、一層低い声で問いただす。
ルートヴィヒは「左様です」と短く答えると、話をつづけた。
「ここにおられるロイド様は、リーガル国軍師という称号をお持ちですが、四十九代目までは、王が軍師を兼業されていました。しかし、シュライス陛下が分業制を導入され、様々な役職を創ることで、国に仕えるものすべてに名誉を与えることができると言う恩情をかけられてからというもの、国制は安定した。シュライス様の掲げる国家規律は、貴族や王室の垣根をできるだけ低くすること。貧富の差を埋めることを富める者が努力すること。教育を受ける者に対しては区別や差別はしないことを信条に、父上の代までの条約を制定しなおし、国民のための政を掲げ、その貴公子たる容姿も相まって、全世界からの憧憬の念を集めています」
黒板に手をかざし、滲み出るように現れる文字と紋章。
それぞれ、ブルー、紫、緑、黒に光っている。
「リーガルには、建国当初から続く貴族がいます。水色の紋章はオクタビアン家。千年前から騎士を輩出し続ける騎士育成学園「銀の騎士」を営む名家。紫色の紋章はマローダー家。移民の一族で初代リーガル国王に命を助けられてから国に土着しました。全世界の裏社会のボスと呼ばれる初代の血を引く名家です。緑色の紋章は、ルーファス家。王室マギア「銀の学校」を経営している名家。この学校を卒業した者だけが、リーガル国内で魔法使いとして扱われます。最後は・・・・」
言い淀んだルートヴィヒに全員が注目する。
その目は、ちらりとわたしを窺うようにも見えた。
「姉上は、些細なことなんか気にしない。ですよね?姉上」
なんのことかわからなかったが、話を続けてもらいたくて静かに頷く。
「黒の紋章のルシア家。数百年前に起きた魔法戦争の発起人で、フォースタス・オスキュルテと共謀し、世界を破滅の縁にまで追いやったという魔王。ですが、彼は、リーガル建国当初にカルディナの右腕となって国を支えたと言う功績から、貴族の称号と土地への土着を赦され、現世まで貴族魔法使いとしてこの国に与していただいています」
「彼が、幼いころの男の子か・・・・」
「幼いころの男の子?」
「えぇ。フォースタスが良く話してくれた男の子の話があるんです。一緒に遊んだり、悪戯した仲だったって」
「大人になっても変わってないってことか。悪戯にしては度が過ぎてるけど」
ロイドがきこきこと椅子を動かしつつ、飽きてきましたといわんばかりに空をみている。
対照的に、ウェルギリウスは丁寧な字で授業をメモに書き込んでいた。
「この四家の威光や権威があるおかげで、リーガル国の地権は担保され、治安維持などもなされています。しかし、光があれば闇があるように、どんな施策を施しても零れ落ちてしまう者がいるのは世の常。名誉も金もない人間や魔法使いたちだけで形成された独立国家アンダーヴィレッジは、リーガル領内にある国の一部であり、大事な国民であるというシュライス陛下の見解から、彼らへの自立補助、ならびに国への資金援助などもリーガルから行っています。アンダーヴィレッジは建国から間もなく爆発的に国民数を伸ばし、いまや帝国とも呼ばれています。以上が、リーガル国の簡単な史実でございます」
恭しく頭を下げたルートヴィヒにみんなで拍手を送る。
「ぼくも知らない歴史が知れてたのしかったです!」
ウェルギリウスは目をキラキラさせていた。
その隣にいるロイドはあくびをしている。
「リリア様。すこしはリーガル国について理解していただけましたか?」
「はい。とてもわかりやすかったです」
「よかった。あっ、先ほどシオン・ヴェレダ様から請願書の提出がありまして、明日、ローズリー貴族とリーガル貴族を集めた「貴族会議」の開催したいとの申し開きです。王室からは、シュライス陛下並びにリリア妃殿下が招待されております。ご出席はいかがいたしますか?」
シオンと聞いて、あの日以来、会っていないことを思い出す。
そして、確か言っていたのは、貴族会議をするから来い、と言っていたのを思い出して、すぐに首肯した。
「畏まりました。それでは、本日の授業を終了いたします」
「ありがとうございました」
「はーいはいはい。次はオレオレー」
わたしの腕を引っ張りつつルートヴィヒの部屋を出て行く。
遠くでは、ウェルギリウスとルートヴィヒが心配そうに見ていた。
ずんずんと進むその強引さに、ひとまず立ち止まって抵抗する。
「ロイド、痛い」
そう言うわたしをちらりと見るに留めつつ、その足が止まることはない。
「(苛立ってる?)」
そのまま知らない部屋に放り込まれ、カギをかけられた。
振り返ると、ロイドが首元を緩め、軍服をはだけつつこちらに近寄ってくるのが見える。
「ロ・・・ロイド?」
名前を読んでも、彼の座った目はピクリとも動いてくれない。
そのまま馬乗りになり、わたしは床に縫い留められる。
目の奥が暗くて、沈んでいる。
「軍師」になったときの顔の警戒を解かないまま、彼はわたしの顔を射貫くように見つめていた。
「さぁ、姉上。授業を始めよう」




