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グロウステイル~王様が懐柔してくるのでその手に乗ってあげる前に大魔法使いになります~  作者: 天崎羽化
第6章 吸血鬼と貴公子

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軍師の思惑(ロイドサイド)



リーガル城下の夜は、週末に相応しく活気に満ちた賑わいの渦中だ。


大衆居酒屋が立ち並ぶ飲み屋街の中、艶を帯びた漆黒の袖看板には「グリーンマン」と金字で書かれている。

街中にひっそりとたたずむちいさな店は、一見で入店することは憚られるほどのオーラを醸し出していた。


壁一面に並ぶ古酒のボトルの数々には封蝋が施され、この店の丁寧な仕事ぶりと、酒への敬愛の念が伺える。

店内唯一の客の前には、目印の様に置かれた鮮やかな赤いバラが飾られている。

ピカピカに磨かれたカウンターの表面には、最後の一滴を煽るようにグラスを傾ける男の姿が映った。


「おい。マンモスダブルでお代わり」


一杯ではないだろう酔い具合で、態度をおおきくしたロイドが、氷がすっかりなくなったグラスを差し出す。

カウンターの中のエルフが、グラスを磨きながらため息をつく。


「飲みすぎですって、ロイド様」


「飲み過ぎたいからバーにきてるんだろうが」


「待ち合わせじゃなかったんですか~?すっぽかされたとか?」


「だとしたらちょうどいい。第一王子への無礼をネタにあいつを揺すって・・・・」


ロイドが言いかけたとき、店の扉が開く。

店外の喧騒とひやりとした外気と共に、黒のストールにグレーの上下の出で立ちのブラムが入店してきた。


「いらっしゃいませ」


エルフの男は声色を整え、ブラムをカウンターの中央へ促す。

先客であるロイドが、目線のみ動かし出迎える。


「こんばんは。或いは、おはようございますか?」


「おれたちは人間と変わらない。朝は起きるし、夜は眠る。ちなみに、今はまぁまぁねむい」


皮肉たっぷりな歓迎に、不服顔で椅子に座る。

ロイドは、不敬に値するほどでもないだろうといった具合で、横柄な雰囲気を解かずにいる。


「お飲み物は?」


「彼と同じものを」


「畏まりました」


エルフが二人分の酒を作り出すと、ブラムはロイドに再び向き直る。

酒のなくなった手前、仕方ないといった表情で彼に応える。


「オーフェンから言付かったきみからの伝言には、()()という文字が記されていたと記憶しているが、読み間違えだったか?」


「合ってるよ。ようこそ、リーガル国へ」


エルフから差し出されたグラスを取り、淵が鳴る強めな乾杯の音が響き渡る。


ブラムが杯を置く。

ロイドは、二度、内心のヤケを治めるようにグラスを煽り、置いた。


カウンター内のレコードに針が落とされ、クラシックジャズの音色が室内を包む中、口火を切ったのはロイドだった。


「軍法会議は、シルヴァニア国の属国協定の締結を今日、正式に許可した。明日からヴラム、オーフェンともにリーガル領内での外出を許可する」


「街中にも出歩けるという事か?」


「あぁ。しかし、ぼくは吸血鬼に対しての免疫がなくてね。残念ながら、しばらくは君たちを護衛することになる」


「護衛は大義名分。要は、監視だろ」


「兄上から聞いているとはおもうが、きみたちの生態や習性の解明が終わるまでは、主要国として警戒は解けない。長い間、人間を嫌っていたならば理解できるだろ?」


「・・・・わかった。話はそれだけか?」


「ここからは親睦だよ。王子同士、仲良くやろうぜ」


軍服の襟をほどいて身なりを崩すロイド。

一方ブラムは、まだ聞きたいことがあるといった面持ちのままだ。


「属国として伺いたい。シュライス陛下には、進軍する予定はあるのか?」


その言葉に、ロイドは飲み込むように酒を流しいれる。


「リリア姉上に手を焼いている間は無い。あってもぼくが阻止する。ローズリーの国民性は、矜持や生き様を尊重されることを好む。ゆえに、手札を間違い、ないがしろにすれば、内部分裂を起こすのは必至。ぼくとしては、全世界が兄上の脅威に怯えている今こそ、周囲の小国を配下に入れるチャンスだと思っているけどね。だから、魔法学校にも戻らずに留まってやってるんだ」


誰が質問したわけでもないのに、ロイドが自分の意見を吐露し始めた。

ブラムはこの親睦会の長期戦を予想し、丸く角を取った氷を指で溶かす。


「それで?何をご所望だ」


その言葉に、ロイドの表情で嬉々としていた。

めんどくさそうな酔っ払いだと内心思いながら、 ブラムは小さくため息をつく。


「密偵をしてほしい」


「誰の?」


「ローズリー貴族達」


「・・・血の気が多いな。まだ競り合う気なのか?」


「向こうが牙を研いでいるなら、こちらも装備を点検しておくってだけの話だ」


「具体的にどうする?」


「あいつらが策を練っている動きがあれば報告。集会も見逃すな。それから、姉上からも目を離さないでほしい。彼女の求心力は日に日に増している。兄上のカリスマ性は不動だが、小さな綻びから国は破綻する。すべての可能性を潰しておきたい」


力の入った講釈を聞きつつ、ブラムは虚空に視線を移した。


「人という生き物は、何年経っても、愚かで欲深い」


椅子に深く沈み込み、深いため息をついた。

グラスの酒を一気に煽り、了承のサインだと言わんばかりにロイドのグラスに杯を打った。


「おれからも提案がある」


「なんなりと」


「おまえの軍に入れてほしい」


「・・・・入ってなにするんだよ」


「人間の戦い方を学びたい」


「吸血一族は人間よりも身体能力が高いんじゃないのか?」


「いいや。年々弱体化している。これは、本能に抗えず、欲望のままに動くと言う血の愚行の結果だ」


「血の愚行?」


「人間や魔法使いは、学習し、鍛え、戦闘して強くなる。われわれは、吸血しても強くはならない。反対に、ローズリーが作る薬の普及によって、吸血能力が退化し、生存本能が弱くなる。このままいけば、シルヴァニア国は小国のまま、永遠に森の中の孤城と化す」


「つまり、手広く戦争をして領土を大きくするために、軍を作りたいってこと?」


「そうだ。国王はいまも若さを保ったまま、ローズリーの薬があれば自身も国も安泰だと国政に胡坐をかいている。しかし、シルヴァニア国の封印が解かれた今、人間や魔法使いがいつ進軍してきてもおかしくはない。そうなったとき、いまの一族では、赤子の手を捻られるように簡単に亡ぶだろう。おれは、そんな母国を見たくない」


ブラムの表情が徐々に遺憾の色に染まっていく。

彼のその様子を見たロイドは、一族を想い、危惧し、動きたいと考える勇ましさに目を細めながら、彼の話を聞いていた。


「おまえ以外にその思想を支持している奴はいるのか?」


「おれだけだ。父上もオーフェンも、いまの平和が保たれればいいとおもっている。属国に入った今、一族は安泰になったと拍車をかけてお慶びの様だ」


「なら、ぼくが味方になってあげるよ」


狡猾な蛇の様な表情のロイドに、ブラムは一瞬、たじろぎを見せる。


「ぼくの軍兵になるには、試験がある。洗脳し、植え付け、学ばせて、反復させ、定着させる。飴と鞭で支配して、ぼくがいないと動けなくなるくらいの完璧な調教に耐えられないと入れないんだ」


「サーカスのように、人を調教するのか?」


ブラムの比喩に、ロイドが微笑み返す。

その笑顔になぜか気圧され、ごくりと生唾をのみこんだ。


「人間はバカだからね。生きることに理由が必要なんだ。そこにぼくが、何者でもないやつらに生きる意味を与えてやる。そしてそれは、「絆」という名の首輪になり、軍や国の為に命を懸けるにふさわしいシンボルとなる。軍としては、向こう数十年は無敗で大成できる組織にでいられる。あ、統計も出てるよ。そこまでがセット」


「従順だったかどうか。それはどう確認する?」


「死に際に笑うんだ」


グラスを透過するように、恍惚にも似た顔で呟くロイドを、ブラムは横やりも入れられず、ただ聞き入っている。


「昇天したみたいに頬を赤らめて、瞳孔が細くなる。それが証拠さ」


グラスの中の氷を指でなぞって溶かしながら、座った目線でロイドは冷笑していた。

シュライスの影として暗躍しながら、騎士団を率いてきた長だからこそ。

そう思わなければ、この危機本能からくる震えが止まることはないと、その場にいた全員が思った。

少し思案したあと、赤い瞳に一点の曇りを残さずロイドに向き直る。


「ご教授願いたい」


「いいよ。契約成立だね」


にやりと悪魔のように口角を上げ、もう空になったグラスを二人で鳴らす。

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