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グロウステイル~王様が懐柔してくるのでその手に乗ってあげる前に大魔法使いになります~  作者: 天崎羽化
第6章 吸血鬼と貴公子

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吸血鬼と血の契約



 草木は眠り、生物すべてが寝静まる刻、丑三つ時。

暗闇に包まれた中で、「あらずの塔」の灯された光が、一縷の光明のように輝いて見える。

 漆闇色に金糸を施した外套を肩に、大きく開かれた胸もとに在る金のカメオが、薄暗い室内の中でもわかるほど、その存在を顕示するように照り輝いている。

 蝶番を解き、シュライスが窓を開け放つ。

レースのカーテンが漆黒の闇を孕んで、大きく揺れる。

夜更けの風にキャンドル靡き、晩餐の肉皿から立ち上る湯気が波立つ。


「いらっしゃいませ。王子様」


 月光下に隠れた闇の向こうに、静かに声をかける。

霞む闇の向こうに、微かに見える黒髪が艶光り、赤い瞳がこちらを凝視していた。

バルコニーに腰掛け、青白い満月を見上げるブラムが、悠々と顔を傾ける。


「今夜の月は、暗いですね」


「体が、疼きますか?」


 ブラムの眼光に、明らかな威圧が浮かぶ。

しかし、シュライスは微動だにしなかった。

二人の間を、障壁にように重く、強い風が吹き込み、月光は雲の帳に覆われた。

途端に、室内から漂った香りに、ブラムは鼻先を震わせる。


「肉の匂いか」


「きみとの逢瀬用に、良い肉を手に入れたんだ」


 ボトルを手に取ると、すぐにグラスに注ぎ入れた。

血のような赤色が、グラスを染め上げていく。

ブラムは、目の前に並べられた肉皿を見つめていた。

皿の中では、最近絞めたと察せる程、鮮やかな緋色の血が滴る。

添えられているマッシュポテトの縁まで飲み込み、熱気を孕んだ湯煙が立ち上っている。

この光景を前に、微かにブラムが笑んだ。


「美しい。・・・・ジビエか」


「えぇ。王の皿(ぼくの皿)は、鹿肉のグリエです」


意味を含んだ言い方に、ブラムは眉を顰める(しか)


「・・・・おれの肉皿料理の名前は?」


杯にたっぷりと満たされた飲み物を差し出しながら、シュライスが妖異な笑みを湛えた。


愚人のグリル(ジュテームアムリ―ル)。温かいうちにどうぞ」


 ゆらゆらと。

赤い瞳を蝋燭が照らす度に、ブラムの表情が刻一刻変化していた。

淡々と見やる瞳には、怨嗟にも似た澱みが宿りつつある。

シュライスは、ブラムのグラスに杯を交わすと、グラスに口をつける。

目の前に座る、美しい貴公子の顔を見ながら、自分のグラスに注がれた、深紅色の液体の匂いを嗅ぐ。


「・・・・・血か」


「純潔の血というのは、吸血鬼の世界では、貴重な栄養源だと聞きました。普段はお目にかかれない代物でしょう?お代わりもありますよ。どうぞ遠慮なく。あ、わたしはワインで結構です。()()()()趣味ないので」


「・・・・焚きつけて、なにがしたい?」


 喉の奥から、唸る。

ブラムの目は充血し、先ほどまでなかった犬歯が伸びていく。


「怒るなよ。ちょっと戯れ(じゃ)ただけじゃないか」


 無邪気な笑顔を湛える貴公子を、鋭く見据える。

しかし、ブラムを一顧だにせず、品よく肉を切り分け、食事を始めた。

ワインと共に飲み下すと、椅子に背をもたれたシュライスが、口火を切る。


「国を出てから、人を喰いましたか?」


「おれは、人間を捕食しない」


「ならば、どうやって飢えを凌いでいるのです?」


「血と同じ成分できた薬がある。それがあれば、吸血する必要はない」


「それを開発したのは、人間?」


「・・・・あぁ」


「それを売り捌いていたのは、昔日のローズリー国王ではないのか?」


 動揺で見開かれたブラムの瞳に、確信を得たシュライスが、不敵に笑んだ。


「吸血鬼の始祖であるロミオ。そして彼の奥方が亡くなった後、ロミオと番の様に育った貴方の父上は、眷属を集めながら人間を襲い、種族を増やした。飢えを満たすため。そして、ブラムという息子を育てるために」


ブラムの瞠目する表情を見やりながらも、シュライスは、間髪入れずに話をつづけた。


「ロミオが森で出会った女の名前は、カシータ。彼女は人間だった。ロミオは、人間を愛してしまった。彼は彼女と約束する。じぶんを愛しているならば、吸血を止めて、一緒に人間に戻りましょう。そのためならば、共に生きると。彼は、悩んだ。一族は広がり始め、一代割拠を築き上げる目前まで眷族を増やしていたからだ。しかし、そこに、救世主が現れた」


お伽話をめくるように話すシュライスに、降参の表情を滲ませ、肩をすくめたブラムが続く。


「ローズリー国王は言った。きみの願いを叶えてあげよう。その代わり、ローズリー国を襲うな。約束できるならば、血薬(セーラ)を、未来永劫、一族に供給することを誓おう」


 胸元から小瓶を取り出し、ブラムの前に差し出す。

七色に光るガラスの小瓶の中には、朱赤色の液体が入っている。


血薬(セーラ)の原料は、人間や魔法使い(ソルシエ)の血。大量に検体が必要なわけではなく、数滴の血のみで大量生産も可能。栄養分、抗体は、吸血したものと変わらず、渇きを満たすには充分な濃度だ。この小瓶一つで、吸血衝動は半月は治まり、魔法で圧縮しているから、保存も効く」


「そうだ。この薬が、ほしかった」


懇願に満ちた眼差しで小瓶を見つめるブラムに、シュライスは蠱惑的に笑んだ。


「早急なようだね?」


「封印が解かれた今のシルヴァニア国は、飢饉に陥っている。皆、人間でも、動物でも、吸血したいはずなんだ。だが、吸血一族は、血判の誓いが交わされていて、王族がいいと言わない限り、吸血はできない。そのことを苦に、陽光に免疫のない者たちが、次々に自死している」


「封印されている間は、血薬(セーラ)が足りていたのか?」


「いや、ぎりぎりだった。おれは、少しだけ魔法が使える。突然変異だから根拠はないが、血薬(セーラ)の成分を調べ、模造品を創って耐え忍んだんだ」


シュライスは、細く息を吐く。

次いで、ブラムは、深く息を吐いた。


「始祖ロミオは、この薬を使って人間らしい営みを始めた。愛する女の言う通り、吸血せず、眷属も増やさず、人間に戻るための研究をしていた」


「そこに現れたのが、ソワン・ルクロワ。彼は、血薬(セーラ)の開発者はじぶんだと言って近づき、彼の研究を手伝ってやるといって取り入ったという。同姓同名なのか。数百年前の男が、現世の史実に載っていることに、少々驚いたよ」


シュライスは、カトラリーのナイフの切っ先を凝視しながら、逡巡していた。


「先祖には、じぶんは千年生きていると言っていたそうだ。そして、この世を創りかえる研究を続けていると」


「彼は、何者だと思う?」


「おれは会ったことがない。しかし、この薬の開発者だとするならば、命の恩人だと思う」


「仇にならなければ、ね」


グラスに残った僅かな酒を煽り、沈重した表情のシュライスがブラムを眺め見た。


「きみの父上は、ソワンに強い嫌悪感があったそうだね。そのため、一族は仲たがいし、二派に分かれた。そのすぐあと、ロミオとカシータが死んだと聞かされた。そこで真実を知る。ソワンは、吸血鬼を研究の材料にした研究をしていたんだと」


「人間との悲恋は相いれない。父上はそれ以来、人間を極端に拒否するようになった。今回の彼女たちの受け入れも、もめたよ」


――――でも、受け入れた。

そう言いたげなシュライスの、射貫く様な視線に、ブラムは黙り込む。


「吸血鬼一族は、魔法が使えるものが少ないと聞く。それは、魔法使い(ソルシエ)に対しての畏敬の念があったからだという。しかし、一部の愚かな吸血鬼たちが、魔法使い(ソルシエ)までも吸血したことが発端となり、人間と魔法使い(ソルシエ)、両方の怒りを買ってしまった。この愚行に終止符を打つべく、当時の大魔法使い(グランソルシエ)たちと共に、シルヴァニア国全体に古代魔法、死壁結界(デスウォール)を張り、きみたちは浮世と完全に隔離されたんだ」


窓辺に視線を移したまま、ブラムは沈黙を貫いている。

彼を見やり、穏やかに微笑するシュライスの目は、鋭い。


「結界を創り上げた術者の中には、ローズリー国の大魔法使い(グランソルシエ)であるフォースタスもいた。きみたちがこの国を選んだ動機は、術者への復讐ではないのか?」


「言ったはずだ。恩を返しに来たと」


雲隙に洩れた蒼白い光に照らされたブラムの青白い横顔には、青筋が立っていた。


「恩って、リリアに返すの?それとも、国民に?」


「リリア妃殿下に恩義を示すことは、国民に忠義を示すことになると考えてる」


「もう白状しろよ。リリアが、欲しいんだろ?」


シュライスの透徹した瞳に、ブラムは、観念したように表情を緩めた。

深い溜め息を漏らした後、グラスに入った血を、ごくりと飲み干す。


「・・・・美味いな」


 ブラムは唸ったあと、堰を切ったように杯におかわりを注ぐ。

――――本能には、抗えない、か。

策通りだと微笑みながら、シュライスは、彼の様子を機嫌よく眺める。


「もう一滴も薬がない。だから来た?」


「・・・・あぁ」


「現在のシルヴァニア国の人口は?」


「三万だ」


「全盛期より減ったね」


「吸血鬼が理性を保ったまま一生を終えられるのは一握りだ。人の血肉を得られなければ、枯渇し、自死するものも多い」


「ブラムは、あの薬をだれが作っていたと思う?」


 蝋が溶け、炎が一段と燃え上がった。

シュライスの顔が、燃えているように見え、ブラムには一瞬、背中に悪寒が走った気がした。


魔法使い(ソルシエ)たちが、創っているのではないのか?」


「リリア一人で作っていたんだよ」


 ブラムは、グラスを持ったまま硬直していた。

――――数万人分を、一人で?


「あの薬は、処刑された人間の血を精製し、栄養分が枯渇しないように魔法で合成しなおした調合薬だ。レシピは、ローズリー国の秘匿合成。創り上げていたのはリリアだ。この薬は特殊でね。数百人分を精製した場合、魔力の半分が必要になる。繊細で、自己犠牲を伴う作業だ。そんな彼女への、王からの命令はこうだ。リリア、国民の為に勤めてくれるね?」


「・・・・国民?おれたちに創っていたのではないのか?」


「リリアはシルヴァニア国の名前すら知らなかったよ。要は、王と王妃の洗脳だ。この薬は、国内の病人や恵まれない人たちの輸血のために必要だから、大量につくることは、ローズリーの国のためになるんだよってね」


 哀愁を帯びた面持ちで呟く。

先ほどまでの確乎たる態度とは別人の様で、ブラムはその変わり様に驚いていた。


血薬(セーラ)を創るたびに、リリアは死んだように眠る。その姿は、さながら吸血された後に様で、生気がなく、痛々しいんだ。ぼくは、その姿を見るたびに思った。いつか、全員殺してあげないといけないなって」


 戦勝国の王の暗影。

その真の残虐性を帯びた部分が、今目の前にあるようにおもえたブラムは、息を殺しながらも、気持ちを落ち着けるため、グラスに口をつける。


「なぜ、マリーとエリーを助けた?彼女たちの愚行は、国外中に流布したはずだ」


ブラムは、煽っていた杯から口を離す。

口元から、一粒、血が滴る。


「封印が解かれ、しばらくして、彼女たちはシルヴァニア国へやってきた。理由は知らない。吸血衝動を抑えられない輩に襲われている、身なりのいい女を見つけたんだ。助けてやると、匿ってほしいと徽章を見せられた。行く場所がないというから、わが国で保護していたんだ」


彼女(アレ)らと、婚約を?」


「考えていないよ」


「この国にいる間に、リリアに彼女ら(アレ)を引き合わせたら、その場で全員殺すからな」


怒気を含んだシュライスの声に、固唾をのむ。


「すまなかった」


「いいよ。赦してあげる。血薬(セーラ)も差し上げよう。リリアではなく、違う魔法使い(ソルシエ)に任せるから、質の担保はないがね」


ブラムは、すんなりと望みを汲んだシュライスに、拍子を抜かれる。

先ほどまでの浮き沈みのある彼の様子から、一変した穏やかさが、ひどく不穏を掻き立てた。


「父上に伝える」


「さぁ。そこで提案だよ。王子さま」


男でも惑わされそうな色香を纏い、妖艶に微笑んだ。

シュライスは、ブラムの真横にゆらりと佇む。


「我が国の属国となり、きみの体を研究検体として提供してほしい」


「・・・・・応じなければ?」


「一族もろとも、皆殺しにする」


 ブラムはやっと、じぶんが悪魔と取り引きをしていることに気が付いた。

深い戒めに浸り、己の判断を悔恨しながらも、目の前の歴戦の王からの威圧から逃れるように、応えた。


「王に判断を仰ぐ」


「朝までには返事は聞けそうかい?」


「問題ない」


ブラムが指をパチンと弾くと、カーテン越しに、気配が漂い始める。


「オーフェン。父上に、いまの会話を伝えろ」


「・・・・よろしいのですか?」


「一族の存続がかかっている。おれ一人で済むならば安い」


「・・・・・御意」


震える声で短く言葉が放たれると、気配が闇に溶けるように消えた。


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