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グロウステイル~王様が懐柔してくるのでその手に乗ってあげる前に大魔法使いになります~  作者: 天崎羽化
第6章 吸血鬼と貴公子

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過保護なみんなと吸血のお勉強


 謁見室でのシュライスの発言は、城内の隅々にまで伝わった。

それ以来、昼夜問わず、わたしの部屋には訪問が絶えない。


「リリア姉さま!見て!」


豪華絢爛な花束を携え、ご機嫌そうなロイドが走り寄ってきた。


「花の香りが鬱陶しい・・・・」


 怪訝に花を眺めながら、フォースタスが不満を漏らす。

ロイドの持っていた花束は、香りの強い花ばかりで、前世で言えば、フリージア、スイートピー、百合に似た香りが、部屋の隅々にまで香薫を放っている。


「姉上を思い浮かべて、ぼくが選びました!」


「ありがとう、ロイド」


「リリア?クッキー焼いてきたんだ。一緒に食べよう」


 訪ねてきてすぐに、エミリオがメイドたちに運ばせたのは、焼き立ての魚の形のクッキー。

香ばしく、甘い香りが鼻を抜ける。


「おいしそうです」


「でしょ?リリアの為に作ったんだ」


その言葉に、ロイドが顔を覗き込んだ。


「えー!エミリオ様ってお菓子作りが趣味なんですか?!その顔で!?」


「エミリオ様は無欠秀才なのです。あなたも、彼の垢を煎じて飲まれたらいかがですか?すこしはその奸佞(かんねい)さが希釈するのでは?」


「すいませ~ん。ここに悪辣おじさんいま~す」


 続々と、みんながクッキーに群がってくる。

幾ら広い室内とはいえ、男所帯が三人。

わたし一人の時は広く感じた部屋が、一気に狭く感じる。

この状況になったのは何となく察せた。

シュライスの見立てでは、彼らの目的はわたしだという。

その理由は、マリーとエリーを連れていることが大きい。

わたしの情に訴えて陥落し、取り入り、王族として復権を果たす。

シルヴァニア国の人たちは、そこに取り入ってくるつもりだという。

シュライスの命令もあって、心配したみんなが、常に代わる代わる来室してくる。

ありがたいのだが、毎日となると、申し訳なくなる。


「あの・・・・・みなさん、そんなにお気を遣わずに」


その言葉に、お茶の準備をしていた三人が振り向く。


「気にしないで!ぼくたちは姉上に会いたいだけだからさ!」


ロイドはそう言うと、数枚のクッキーを手に取り、口に放りこんだ。

わたしは、小皿に移してもらったクッキーを、エミリオから受け取る。


「気に障った?」


「いえ!そういうんじゃなくて・・・・悪いなぁって」


「やっと時間ができたんだ。ゆっくりしよう?リリア」


エミリオが、細い指でくすぐるように頬を撫でる。


「そうですね・・・・」


甘い声と、鼻を掠めるクッキーの香りに、微睡むように丸め込まれた。


「リリア様!城下で面白いものを見つけましたわ!」


 長い髪を振り乱しながら、トリアとアリシアが、両手いっぱいになにかを抱え、走って室内に入ってくる。

どさりと床に置いたそれは、本だった。

それぞれの表紙には「妖精・エルフ・悪魔」などと書かれていた。


「あぁ。それは、幻影絵本(イリュシオンブック)ですよ。この世界の偉人の英雄譚や、史実、歴戦の戦いが、ホログラム上に再生されるんです」


紅茶にミルクを入れ、カップをかき回しながら、ロイドがわたしの隣に座りつつ、説明してくれた。


「これなんて、世界各国の妖精が飛び出すのですわ!こちらは、龍の子供だけを集めた本!」


 興奮しながら話すトリアの手から本が落ち、何冊か散乱する。

その中に、「吸血鬼」と書かれた表紙を見つけ、わたしは思わず手に取った。

開こうとすると、双子が血相を変え、わたしからその本を奪う。


「どうしたんですか?」


「これは、見ちゃダメなの」


「そう。ダメ、なの」


トリアとアリシアの潤む目を見ながらも、わたしは決意を口にする。


「吸血鬼について知りたいんです」


 わたしの真剣さに、双子は観念したように、おずおずと本を手渡してくれた。

表紙には、蝙蝠の絵柄に吸血鬼(ヴァンピール)と書かれている。

蝶番で固く締められた表紙に、指を置き、呪文を唱えた。


開封(ピアーズ)


 蝶番が壊れ、はらはらと零落する。

本の一ページ目がめくられ、飛び出す様に現れたのは、ブラムにそっくりな吸血鬼。

銀色の髪。深赤の瞳を湛えた端麗な横顔には、妖艶さが滲む。

レースが施された黒のスーツに、赤い外瘻を羽織って、深い闇に包まれた森の中、 一人佇んでいる。

不思議な雰囲気の中には、畏敬さえも感じさせた。


「彼は、この世界で初めて確認された吸血鬼一族の初代の長、ロミオ。天涯孤独な貴公子だよ」


ロイドが紅茶をすすりながら、投影している姿を鋭く見つめた。


「天涯孤独って?」


「彼はもともと人間で、突然変異で吸血鬼となったそうです。しかし、怪物となった息子が、世に知れることを恐れた両親は、息子の抹殺を図った。その強烈なショックから、彼は両親を喰い殺してしまったらしい。だから、天涯孤独」


 その言葉に愕然としつつ、本に目を落とす。

そよぐ風が、本の中で美しく佇む彼の銀の髪を、梳かすように流している。


「彼が眷族を増やすペースは驚異的だった。数十年で五万もの人間が直系の眷族となり、彼の一族となったそうだ。だが、所詮は人間。体が変異に耐え切れず、肉体が朽ちてしまった。それでも、一五〇歳を超えた時を生きたと言われている」


「突然変異で吸血鬼になったら、周囲はさぞ驚いただろうね」


エミリオが、同情を零す。

 たしかに。普通の人間として生き、ある日突然吸血鬼になったら。

そう考えると、これまでの登場人物の中では、彼が一番不幸なのかもしれない。


「住んでいた町を追放され、親族には疎まれ、そればかりか、人間から報奨金かけられ、賞金首にされていたと記されている。そんな彼が追い込まれた先は、深い森の中。そこで、人間の女性と恋に落ちる。彼女を眷族にしないと誓いを立てながらも、吸血衝動には抗えず、彼は、愛した女を眷属にした」


 語り部となったロイドに耳を傾けつつ、次のページをめくる。

そこには、漆黒に染まり、禍々しさを放つ城が現れた。

城灯には青い炎が点り、怪しく揺れている。

その炎を見ながら、ひとつの疑問が浮かんだ。


「でも、そんな暴挙をしていれば、人間も黙ってはなかったのでは?」


「その通り。人間たちは、各国の大魔法使い(グランソルシエ)たちを集め、結界を張らせた。吸血鬼たちを深い森に誘い出し、深き霧を立ち込め、人間の世界へ介入できないように、幻想魔法(イマジネール)をかけた」


「結界術の類は、術者のが一人でも魔力が弱まると解除される。わたしの魔力が弱まったことで、シルヴァニア国に張られた結界がなくなったのです。しかし、直近では、彼らの愚行は影をみせていなかった」


メガネにクロスをかけつつ、フォースタスが鋭い眼つきで言った。

まだ、大賢者(グランサージュ)になる前の若いころから、彼はこの世界でも類を見ない魔力を持っていたのだと、こういう時に思い知る。


「不審なのは、彼らがタイミングよく、今のリーガル国にたどり着いたことだ。眷属候補は、小国や弱小国からと相場は決まっている。だが、封印が解かれた彼らは、真っ先にこの国を選んだ。それも、元王族のおまけつきで。その目的は、眷属を増やすためなのか、領土を拡大するためなのか。もしくわ、本当に恩を返すためだけなのか」


 最後のページをめくると、大きな天窓がある舞踏広間が現われた。

そこには、先ほどの吸血鬼と、お姫様のように可愛らしい女性が、手を取り合って幸せそうに踊り始める。

まるで、おとぎ噺の一ページ。

ニコニコと笑顔を見せる女性。

包み込むように眺める吸血鬼。

このページを見た誰もに、この二人は愛し合っているのだと伝わるだろう。


「お姉さまたちは、なぜシルヴァニア国へ行ったのでしょうか」


 ぽつりとつぶやいたわたしの言葉に、誰からの呼応もない。

二人は、吸血鬼だと知っていたのだろうか。

そして彼らも、ローズリー国の人間だとわかっていたのだろうか。

その目的は?今更、帰ってきた意味は?

 ふと、背中に温かもりを感じ、振り返る。

背後からわたしを擁したエミリオが、心配そうに見ていた。


(クオーレ)を使いすぎるな。もう、神殿行きは嫌だよ?」


やっぱり。

エミリオにはお見通しだった。

そういわれたら、肩の力が抜け、笑みがこぼれる。


「大丈夫ですよ」


その応えに、エミリオは不服顔を崩してくれなかった。

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