過保護なみんなと吸血のお勉強
謁見室でのシュライスの発言は、城内の隅々にまで伝わった。
それ以来、昼夜問わず、わたしの部屋には訪問が絶えない。
「リリア姉さま!見て!」
豪華絢爛な花束を携え、ご機嫌そうなロイドが走り寄ってきた。
「花の香りが鬱陶しい・・・・」
怪訝に花を眺めながら、フォースタスが不満を漏らす。
ロイドの持っていた花束は、香りの強い花ばかりで、前世で言えば、フリージア、スイートピー、百合に似た香りが、部屋の隅々にまで香薫を放っている。
「姉上を思い浮かべて、ぼくが選びました!」
「ありがとう、ロイド」
「リリア?クッキー焼いてきたんだ。一緒に食べよう」
訪ねてきてすぐに、エミリオがメイドたちに運ばせたのは、焼き立ての魚の形のクッキー。
香ばしく、甘い香りが鼻を抜ける。
「おいしそうです」
「でしょ?リリアの為に作ったんだ」
その言葉に、ロイドが顔を覗き込んだ。
「えー!エミリオ様ってお菓子作りが趣味なんですか?!その顔で!?」
「エミリオ様は無欠秀才なのです。あなたも、彼の垢を煎じて飲まれたらいかがですか?すこしはその奸佞さが希釈するのでは?」
「すいませ~ん。ここに悪辣おじさんいま~す」
続々と、みんながクッキーに群がってくる。
幾ら広い室内とはいえ、男所帯が三人。
わたし一人の時は広く感じた部屋が、一気に狭く感じる。
この状況になったのは何となく察せた。
シュライスの見立てでは、彼らの目的はわたしだという。
その理由は、マリーとエリーを連れていることが大きい。
わたしの情に訴えて陥落し、取り入り、王族として復権を果たす。
シルヴァニア国の人たちは、そこに取り入ってくるつもりだという。
シュライスの命令もあって、心配したみんなが、常に代わる代わる来室してくる。
ありがたいのだが、毎日となると、申し訳なくなる。
「あの・・・・・みなさん、そんなにお気を遣わずに」
その言葉に、お茶の準備をしていた三人が振り向く。
「気にしないで!ぼくたちは姉上に会いたいだけだからさ!」
ロイドはそう言うと、数枚のクッキーを手に取り、口に放りこんだ。
わたしは、小皿に移してもらったクッキーを、エミリオから受け取る。
「気に障った?」
「いえ!そういうんじゃなくて・・・・悪いなぁって」
「やっと時間ができたんだ。ゆっくりしよう?リリア」
エミリオが、細い指でくすぐるように頬を撫でる。
「そうですね・・・・」
甘い声と、鼻を掠めるクッキーの香りに、微睡むように丸め込まれた。
「リリア様!城下で面白いものを見つけましたわ!」
長い髪を振り乱しながら、トリアとアリシアが、両手いっぱいになにかを抱え、走って室内に入ってくる。
どさりと床に置いたそれは、本だった。
それぞれの表紙には「妖精・エルフ・悪魔」などと書かれていた。
「あぁ。それは、幻影絵本ですよ。この世界の偉人の英雄譚や、史実、歴戦の戦いが、ホログラム上に再生されるんです」
紅茶にミルクを入れ、カップをかき回しながら、ロイドがわたしの隣に座りつつ、説明してくれた。
「これなんて、世界各国の妖精が飛び出すのですわ!こちらは、龍の子供だけを集めた本!」
興奮しながら話すトリアの手から本が落ち、何冊か散乱する。
その中に、「吸血鬼」と書かれた表紙を見つけ、わたしは思わず手に取った。
開こうとすると、双子が血相を変え、わたしからその本を奪う。
「どうしたんですか?」
「これは、見ちゃダメなの」
「そう。ダメ、なの」
トリアとアリシアの潤む目を見ながらも、わたしは決意を口にする。
「吸血鬼について知りたいんです」
わたしの真剣さに、双子は観念したように、おずおずと本を手渡してくれた。
表紙には、蝙蝠の絵柄に吸血鬼と書かれている。
蝶番で固く締められた表紙に、指を置き、呪文を唱えた。
「開封」
蝶番が壊れ、はらはらと零落する。
本の一ページ目がめくられ、飛び出す様に現れたのは、ブラムにそっくりな吸血鬼。
銀色の髪。深赤の瞳を湛えた端麗な横顔には、妖艶さが滲む。
レースが施された黒のスーツに、赤い外瘻を羽織って、深い闇に包まれた森の中、 一人佇んでいる。
不思議な雰囲気の中には、畏敬さえも感じさせた。
「彼は、この世界で初めて確認された吸血鬼一族の初代の長、ロミオ。天涯孤独な貴公子だよ」
ロイドが紅茶をすすりながら、投影している姿を鋭く見つめた。
「天涯孤独って?」
「彼はもともと人間で、突然変異で吸血鬼となったそうです。しかし、怪物となった息子が、世に知れることを恐れた両親は、息子の抹殺を図った。その強烈なショックから、彼は両親を喰い殺してしまったらしい。だから、天涯孤独」
その言葉に愕然としつつ、本に目を落とす。
そよぐ風が、本の中で美しく佇む彼の銀の髪を、梳かすように流している。
「彼が眷族を増やすペースは驚異的だった。数十年で五万もの人間が直系の眷族となり、彼の一族となったそうだ。だが、所詮は人間。体が変異に耐え切れず、肉体が朽ちてしまった。それでも、一五〇歳を超えた時を生きたと言われている」
「突然変異で吸血鬼になったら、周囲はさぞ驚いただろうね」
エミリオが、同情を零す。
たしかに。普通の人間として生き、ある日突然吸血鬼になったら。
そう考えると、これまでの登場人物の中では、彼が一番不幸なのかもしれない。
「住んでいた町を追放され、親族には疎まれ、そればかりか、人間から報奨金かけられ、賞金首にされていたと記されている。そんな彼が追い込まれた先は、深い森の中。そこで、人間の女性と恋に落ちる。彼女を眷族にしないと誓いを立てながらも、吸血衝動には抗えず、彼は、愛した女を眷属にした」
語り部となったロイドに耳を傾けつつ、次のページをめくる。
そこには、漆黒に染まり、禍々しさを放つ城が現れた。
城灯には青い炎が点り、怪しく揺れている。
その炎を見ながら、ひとつの疑問が浮かんだ。
「でも、そんな暴挙をしていれば、人間も黙ってはなかったのでは?」
「その通り。人間たちは、各国の大魔法使いたちを集め、結界を張らせた。吸血鬼たちを深い森に誘い出し、深き霧を立ち込め、人間の世界へ介入できないように、幻想魔法をかけた」
「結界術の類は、術者のが一人でも魔力が弱まると解除される。わたしの魔力が弱まったことで、シルヴァニア国に張られた結界がなくなったのです。しかし、直近では、彼らの愚行は影をみせていなかった」
メガネにクロスをかけつつ、フォースタスが鋭い眼つきで言った。
まだ、大賢者になる前の若いころから、彼はこの世界でも類を見ない魔力を持っていたのだと、こういう時に思い知る。
「不審なのは、彼らがタイミングよく、今のリーガル国にたどり着いたことだ。眷属候補は、小国や弱小国からと相場は決まっている。だが、封印が解かれた彼らは、真っ先にこの国を選んだ。それも、元王族のおまけつきで。その目的は、眷属を増やすためなのか、領土を拡大するためなのか。もしくわ、本当に恩を返すためだけなのか」
最後のページをめくると、大きな天窓がある舞踏広間が現われた。
そこには、先ほどの吸血鬼と、お姫様のように可愛らしい女性が、手を取り合って幸せそうに踊り始める。
まるで、おとぎ噺の一ページ。
ニコニコと笑顔を見せる女性。
包み込むように眺める吸血鬼。
このページを見た誰もに、この二人は愛し合っているのだと伝わるだろう。
「お姉さまたちは、なぜシルヴァニア国へ行ったのでしょうか」
ぽつりとつぶやいたわたしの言葉に、誰からの呼応もない。
二人は、吸血鬼だと知っていたのだろうか。
そして彼らも、ローズリー国の人間だとわかっていたのだろうか。
その目的は?今更、帰ってきた意味は?
ふと、背中に温かもりを感じ、振り返る。
背後からわたしを擁したエミリオが、心配そうに見ていた。
「心を使いすぎるな。もう、神殿行きは嫌だよ?」
やっぱり。
エミリオにはお見通しだった。
そういわれたら、肩の力が抜け、笑みがこぼれる。
「大丈夫ですよ」
その応えに、エミリオは不服顔を崩してくれなかった。




