貴公子王vs吸血鬼王子
黙ったままのマリーとエリーを一瞥し、ブラムが立ち上がった。
「わたくしが、手合わせをしても、かまいませんか?」
まっすぐな瞳で、ファウスト先生に問う。
その眼差しは透き通っていて、思わず見入ってしまほどだ。
意外な申し出に動揺し、答えを迷っているファウスト先生の様子を見て、わたしが返事をした。
「構いませんよ」
「御寛恩いただき、心より感謝いたします」
そう述べた後、彼は心臓の位置に手を置き、敬礼した。
「わたしは、ローズリー国の往古の君主から受けた恩を、お返しするべく参りました」
室内が蠢き、空気が揺れる。
ブラムの口から、ローズリーの国の名前が出ること自体想定外だったからだ。
彼はわたしを射貫くように見据える。
赤い瞳が、炎のように揺れていた。
燃えるような赤い瞳はだんだんと赤黒くなっていくようで、見ているだけで背筋がひやりとする。
「ローズリー国は、死んだ」
王然とした声が、大広間に広がる。
高貴を纏ったシュライスの声に、その場にいた全員が押し黙った。
張り詰めた空気の中。
――――息が浅い。鼓動が激しい。
彼が言い放ったことが、いつまでもわたしの頭の中を支配していた。
「国とは人だ。リリア王妃が生き、ローズリー国の生き残りがこの国にいる以上、果たすべき忠義が消えることはございません」
「きみは、篤信が高いんだね。まるで人間のようだな」
皮肉を口にし、シュライスが、彼のいる場所まで歩み寄った。
臣下たちが一斉に踏み出し、制止しようとするが、シュライスが手を挙げると、全員が後ろへ控える。
目と鼻の先まで近づいたブラムを見定め、耳元に顔を寄せる。
「リリアを愚弄しに来たのならば、容赦はしない」
「・・・・そのようなつもりはございません」
「そうかな?数百年に渡って、国交断絶してきた君たちを、信用する担保はどこにある?彼女たちを娶ったように見せかけ、謁見にまで漕ぎつけた努力は認めてあげよう。だけど、わが国は、彼女たちを大罪人と見做している。残念だったね」
「眷属に加えていない。親族ならば、尚の事お返しいたします」
「必要ない。眷族にするなり、打ち捨てるなり勝手にしろ」
ブラムは目を見開いて驚いていた。
隣にいたオーフェン王子や、マリーやエリーも、固唾をのみながらその光景を見ている。
シュライスは、ブラムの襟元を掴んで、しずかに手刀を突きだした。
「それが本心ならば、丑三つ時に、城の塔においで」
シュライスは、緊張の型を崩して笑みを浮かべた顔を、マリーとエリーに向ける。
その笑顔に、二人は肩を震わせた。
「リリアの「元」親族のよしみだ。しばらく滞在されるといい」
宣言するように朗々と声を上げた。
ファントムとフォースタスを目で諫め、王座に戻る。
姉たちの不満そうな顔。
その両隣に美しく佇む吸血鬼の王子たち。
この並びに違和感を覚えたわたしは、四人を見渡す。
王や王子が、女性を同伴して他国へ謁見を申し入れるのは、許嫁、もしくわ婚約を決めた女性であると相場は決まっている。
でも、この四人を見ていると、違和感しかなかった。
「(釣り合っていない・・・・)」
顔だとか、相性だとか、ではなく。
なんとなく、四人の間に、相容れない何かを感じていた。
そんな思いに浸っていると、ブラムと視線がぶつかる。
赤く燃えるような目の瞳孔は、物語にでてくるドラゴンのようだ。
だけど、たまに見せる透き通った緋色に変わるとき、彼の中に純真さを見た気がして、胸の鼓動が高鳴る。
暫く目が合い続けた後。
彼がふっと力を緩め、目を細めて笑む。
少し不器用な、だけど、心からの笑顔に思えて、わたしも笑みがこぼれた。
ブラムが一歩後ろに下がると、三人も同じく下がった。
「ご高配賜り、深謝申し上げます」
ブラムに続き、四人は踵を返して部屋を出ていった。
姿が見えなくなると、緊張が一気に解かれ、緩む。
「どういうおつもりですか?兄上」
怒った口調のロイドがシュライスに詰め寄る。
「リリアが謁見を決めたんだ。ぼくにできることをしただけさ」
「長く滞在させて、国民が吸血されたらどうするんですか?彼らの生態もわからないのに入国させたのだって、外来生物を国に入れるようなものなんですよ?」
「その時は、祓魔師でも使って、消えていただくさ」
シュライスは、ひらひらと手を煽りながら軽く流す。
楽観的な兄の姿を見ると、脱力しうなだれていた。
すべての謁見が終わると、時刻は宵の刻を回っていた。
初めて会う人たち。
知らない国の話。
目まぐるしい一日を終え、ふとため息が漏れる。
「リリア?大丈夫ですか?」
憂慮を帯びた顔で、ファウスト先生が覗き込む。
隣には、ワインをなみなみ入れたグラスをもったファントムおじさんがいた。
グラスを揶揄するように見ると、諦念の表情で返す。
「飲まないとやってられんわ!」
「だからって、いま吞まなくても・・・・」
平淡なわたしの視線を気にも留めず、ファントムおじさんは杯を仰ぐ。
それを同じく、軽蔑にも似た視線で見ているファウスト先生が、話をつづけた。
「マリーとエリーは、国の道理に明るい。シルヴァニア国の人間を引き連れているならば尚のこと、注視する必要がある。わたしとファントムで、隠密に動向を追おうと考えていますが、どうでしょうか?」
「お二人はマリーとエリーに近い存在です。もし、気取られたりしたら・・・・」
「お手を煩わせる必要はございません」
杖頭に冠された、朧げな光を湛える宝貴。
外套を纏ったアルドが、見慣れない男性を従えて現われた。
「わたしたちが、隠密で尾行いたします」
そう告げると、背後にいた男性を、前へと促す。
橄欖色の瞳、淡黄色の髪。
深緑色のスーツ、胸元に飾られた深赤のハンカチーフは、彼の端正な風格を引き立たせている。
親しみやすい微笑みを湛えて、わたしたちを見つめている。
彼は、シュライスとわたしの前に進み出ると、頭を下げた。
「エンツォ・アルトゥールと申します。アンダーヴィレッジで、アルドと共に、国の自治を治めております」
「彼はわたしの右腕です。彼女たちに面も割れていないし、この中では動きやすいと思います」
「アンダーヴィレッジのボスか。噂通りの色男だな」
揶揄るように言ったファントムおじさんを、アルドが訝しげ見やる。
「色欲には、特筆興味はございません」
「・・・・アルド?この方は、きみを褒めてくれたんだとおもうよ?」
エンツォが肩をすくめながら教えたけれど、腑に落ちていない様子だ。
「他民族迎合主義国家の君主。またの名を、衛士犬」
煙管を傾け、香薫を漂わせながら、煙のようにタレルが現れた。
何の躊躇もなく進み出でることに、全員の緊張が走る。
紛いなりにも、彼は一国を代表する者。そして、客賓でもある。
そんな心配をよそに、アルドはその姿を一瞥しつつ、鼻で嗤う。
「占い屋か。戦後にこの国に現れるという事は、先読みは外れたか?腕が落ちたな」
「今回の戦争は、天命に依らないものだったからね。・・・・力を増したね、アルド。運命に抗い、修羅道を歩き、累代の縁を切り捨て、一代で独立国家を築いた稀代の王。どうだい?ぼくを雇って、国を極楽浄土に創りかえてみないか?」
「生憎と、おれには右腕がいる」
一瞥を投げた先には、柔らかく微笑むエンツォの姿。
目を細め、タレルが看視するように見やる。
「あなたの佇まいは、治外法権下にある物騒なうちの国でも、特異に映ると思いますよ。なんでもアリの国では、どこまでアリなのか。共通理解を超す人間は、どれだけ強くても淘汰される。・・・・賭けてもいい。あなたは、三日ももたずに殺される」
甘く。
女性を扱うように、やさしい雰囲気を孕んだ声。
しかし、言葉には鋭敏な刃物を突き付けているような鋭利さがある。
その温度差に、背中に嫌な汗が流れた。
タレルの怨嗟を含んだ眼差し。
次の一手の出方を眺め見ていると、シュライスが手を叩いた。
「彼らはわたしの友人だ。信用に足る男たちだよ」
王の一声にをきっかけに、彼らの口戦が休戦したことに、肩をなでおろした。
「既に、彼らの配下を監視に着けている。滞在中は、城内の貴賓室を使っていただく予定だ。その間も、昼夜問わず監視は続ける。皆様は、いつも通り生活していただいて構いません。ですが、ぼくから皆様に、お願いがある」
威容を湛えた表情で、シュライスが全員を見渡す。
室内に、緊張が漂った。
「王の宣旨として受け取ってもらって構わない。もし、四人からリリアに接触した時は、容赦なく殺せ」




