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グロウステイル~王様が懐柔してくるのでその手に乗ってあげる前に大魔法使いになります~  作者: 天崎羽化
第6章 吸血鬼と貴公子

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国を棄てた姉妹が吸血鬼を連れて帰ってきました





 夕方から控えていた謁見には、遠方から来る各国の主要人物が主だ。

わたしたちに一目会おうと謁見申請が殺到していたため、時間を延長して受け付けたのだと言う。

ロイドが一国づつ精査した書類を、玉座に座るシュライスに渡した。


「本日の謁見は、貿易協調のある中小国を優先します。しかし、一国、例外がおります」


 突然、ロイドが口籠り、気まずそうに目を泳がせる。


「どうした?」

「いや・・・・その・・・・王妃の身内の人間?というか・・・・」

「わたしの身内?」

「・・・・・マリーとエリーというご令嬢からの謁見請願書がございまして・・・・・。貴族院や元老院の捺印がされ、封蝋にはバラの花。ぼくの所感ですが、亡命されたお姉さま方かと」


 その名前を聞いて、わたしは、持っていたティーカップを落とす。


「リリア様!」


フォースタスの声が聞こえて我に返ると、地面近くでカップが受け止められた。


「ご・・・・・ごめんなさい」


魔法で静止しているカップを拾う力もないほど、放心していたことに気が付く。

叫びだしそうな口を手で覆い、呆然となった。


「リリア」


 やさしい声に反応する前に、シュライスに抱き寄せられた。

 ――――落ち着け。だいじょうぶ。心の中で何度も唱える。

恐怖や嫌悪とも違う。

けれど、家族に会える喜びはない。

背筋を這うぞわりとした悪寒。

血液が逆流するような嫌な感覚とが、交互に体中を支配していた。

動揺する心落ち着けたくて、思わずシュライスの軍服の袖口をつかむ。

わたしの仕草を見たシュライスは、峻厳の眼差しでロイドを見やる。


「貴族院と元老院の捺印を授かるには徽章が必要なはずだが?」

「所轄に確認したところ、この二人は貴族の身分であったという回答でした。その証である徽章も持ち合わせていたと。――――魔法鑑定(ヴェリツィア)


ロイドが手をかざすと、目の前にふわりと、どこかの国の紋章旗が顕われる。

ひらひらとたなびく旗には、十字架の旗章が描かれていた。


「・・・・・シルヴァニア国」


旗章を見定めながら、シュライスが訝しんだ。

十字架の旗章。

わたしに見覚えはない。

でも、教科書に載っていたかもしれない。

フォースタスの顔を見ながら、記憶朧げに思い出す。


「吸血一族か。これはまた、酔狂な男を選んだものだ」


形の綺麗な唇で煙管(キセル)を吸い、細く煙を燻らせ、タレルが蠱惑的の微笑む。


「・・・・・おい。拝謁室は禁煙だ」


ロイドが口を尖らせつつ彼の煙を仰いだ。


「この中には薬草しか詰まっていない。煙に害はないよ」

「そういう意味じゃない。空気を読めって言ってるの」


相変わらず、タレルはロイドを一顧だにもしない。

彼はわたしを見据えると、煙管を消した。


「これは、外交戦争だよ。仕掛けられたね、お姫様」

「・・・・まだ、敵と決まったわけではありません」


「彼らは魔法紛争(マギアクリーク)で、フォースタスや他の大魔法使い(グランソルシエ)たちによって封印された。だが、術者の与する国が崩壊し、矜持が乱れ、魔力が弱ったおかげで、封印が解かれたと聞いたが・・・・」


 タレルがフォースタスを一瞥する。

魔法紛争(マギアクリーク)とは、人間と魔法使い(ソルシエ)による戦争。

ここ数百年の間で一番長く、苛烈な戦争の事だ。

人間に与する魔法使い(ソルシエ)

魔法使い(ソルシエ)に与する人間。

人間を護る人間。

魔法使い(ソルシエ)を守る魔法使い(ソルシエ)

それぞれの立場、それぞれの居場所で、戦争が起こり始め、それは全世界に広がったという。


「あの戦争を止めたのは、大聖女エリシアだった。自ら人柱となり秘匿魔法、終焉(テルミナシオン)で世界をゼロに戻し、浄化を施したから、今の我々は生きていられる。彼女は、テレーズを生んだばかりだったからね。守るものが在る者は、潔い」


ロイドが魔法で出した紋章旗を、煙管(キセル)を振って消し去る。


「吸血鬼は、人ならざる者。起源はわかっていませんが、少なくとも、今いる吸血鬼たちは、元は人間であった者が多いはずです。その証拠に、彼らには微力な魔力しか備わっていない。その恩恵か。終焉(テルミナシオン)は、彼らを自然魂として扱い、浄化しなかった。戦争で疲弊し、人間も魔法使い(ソルシエ)も余力のないことを知っていた彼らは、これを好機と捉え、容赦なく人を襲い始めた。そのことを危惧した神が、レイ様に神託を授けたのです。シルヴァニア国を封印しろと」


フォースタスが、憂悶に満ちた声で話した。


「当時は、大聖女も大賢者(グランサージュ)も死んで間もなかったからね。大体の手練れは、封印の儀に駆り出された。そして見事、封印ができたわけだが、ローズリー国が崩壊したおかげで、フォースタスの術が剥がれ、封印が解かれた。解かれたのは戦後。第一・第二王女が亡命した時期と重なるね」

「眷族になった兆候は?」

「様子を窺いましたが、見た目ではわかりません。ですが、今日、共に謁見請願書に連名しているのは、シルヴァニア国の第一王子・第二王子です」


その言葉に、室内の緊張が一気に増した。

この国に、吸血鬼がいる。

得体のしれない怖さ、妖しさ。

興味が入り混じった興奮がわたしのなかを駆け巡る。

けれど、険しい表情を緩めないフォースタスやシュライスを見ていると、その事実は凶報に等しいのだろうとすぐ察せた。


「ほぉ。今やリーガルの名を聞けば、平伏す効力さえある覇権国家に、黎明の獣が入り込んだか。大した度胸だ」


再び煙を燻らせるタレルを横目に見ながら、わたしは決意した。


「お通ししてください」


わたしの言葉に室内中の視線が集まる。

ロイドは、瞠目しつつ、くちをパクパクさせていた。


「・・・・い・・・・いいんですか?」

「わたしは妃です。吸血鬼であろうと、謁見を拒む権利はありません」

「彼らの目通りを赦せば、シルヴァニア国諸共、正式に迎賓することになります。・・・・姉上?慎重にご判断ください」


 ロイドは焦りながら、懇願するように諭してくる。

でも、もうわかりきっていた。

あの二人の事だ。

今回会えなければ、手を変え品を変え、どの道対峙することになる。

わたしはまず、聞きなれない吸血鬼一族というものから手を付けることにした。


「では、ここにいる皆に問います。吸血一族とリーガルの交流に、メリットはあると思いますか?」


わたしの真剣に見開かれた目に応えて、シュライスが瞬時に一考を口にする。


「吸血一族は森深くに住み、斯様な昼間に現れることは少ない。戦力には欠ける。ぼく個人としては、永久の時を生きているいう彼らの能力には興味があるし、同盟を組めば十分な援護は任せられるとおもっている。しかし、伝承は紛い物ではない。人間が捕食対象なことは変わっていないだろう。お姉さまたちが彼らと関係を持ったのだとすれば、既に眷族になっている可能性が高い。それでもいいの?リリア」


シュライスにそう言われて、決意しかけた、心が揺れる。

国を棄て、両親を捨てた人たち。

戦後間もない中、国に戻ってこれると言う無神経さ。

そして、貴族となるために吸血鬼一族の一員になるという強かな生き方。

好きになれる要素が一つもないけれど、血のつながりだけはある。

天秤にかけてしまえば、会わない方がいいに決まっている。

でも、言ってやりたいこともある。

悶々としていると、扉が開かれた。


「リリア妃殿下。我々をお供に、いかがですか?」


 コツコツと、速足で近づいてくる足音の主は、ファントムとファウスト先生だ。


「おじさまと、先生?」


あまり見ない組み合わせに首を傾げた。


「ファウスト先生は酒が強くてな!酒場で朝まで飲み明かしていたら、仲良くなった!」


豪快に笑いつつ、華奢なファウスト先生の肩を力強くたたいた。

煤を掃うようにその手を掴むと、にっこりと笑む。


「あなたは、一度もわたしの稽古に来ませんでしたからね。仲良くなるも何も、初対面みたいなものですよね?ファントム()()()()()。あなたが勝手に飲み過ぎた分の支払いは、お屋敷に請求いたしますね」


ぎりぎりと聞こえる骨のきしむ音に、ファントムおじさんは大げさに腕を振り切った。


「・・・・・面目ない」


仲良くなれたようで、何よりです・・・・・。

ファウスト先生は、わたしのそばに寄った。


「あなたと同様、わたしは彼女たちの剣の先生です。顔を見れば、何を考えているかわかります。同席してもよろしいでしょうか?」


その優しい眼差しに、わたしは迷わず「はい」と首肯する。


「おれも同席する。あいつらへの牽制くらいにはなるだろ?おまえは毅然としていればいい」

 

力強いファントムおじさんの言葉に、背中を押されてわたしは新たに決意した。


「お願いします」


わたしの言葉を皮切りに、室内が慌ただしく動き始める。

女王の玉座に座る。

シュライスも玉座に座り、扉の近くの臣下に目配せした。


杖底を打ち鳴らす、謁見開始の合図の音が響き渡る。


「シルヴァニア国。ブラム・デーリッヒ様。並びに、オーフェン・デーリッヒ様。次いで、マリー・デーリッヒ、エリー・デーリッヒ様」


 静謐な雰囲気を纏って現れたのは、体格剛健な男性だ。

光沢のある黒のシャツに、毛艶のいい多毛の毛皮を肩にかけている。

黒髪に真っ赤な瞳の片目には、皮の眼帯をつけている。

 その後ろを、第一王女だったマリーがしおらしく現れた。

見覚えのあるその姿に、室内がざわめく。

次いで入ったのは、白銀の髪に黒のメッシュの入った髪を揺らした聡明そうな男性。

薄青い瞳光らせ、グレーの軍服に身を包んでいる。

彼の後ろを、第二王女だったエリーが追うように入ってきた。


美しく妖艶。明らかに人外の雰囲気は、室内の空気を一変した。

わたしと同じく、吸血鬼自体を初めて見る人も多いのだろう。

皆の注目が集まる。 彼らの蒼白な膚色は、昼間の陽光に照らされ、より一層白さを増している。

その光景は、一枚の絵画のように見えた。


 黒髪の男性が、シュライスの目の前に跪いた。


「お初にお目通りいたします。わたくしの名前は、ブラム・デーリッヒ。シルヴァニア国の第一王子でございます。この度は、我々の謁見を承諾していただき、恐悦至極に存じます」


次いで、異様なほどの笑みをたたえた、マリーが口火を切る。


「お久しぶりでございます。シュライス陛下。そして、わが妹、リリア」


 不気味なほどの猫なで声。

嬉々すら滲ませながら、わたしの名前を呼ぶマリーの顔は、戦前と変わらない。

心中で、だれかを嗤うことができる人の顔だ。

そのことに、ひどく心をかき乱されはじめていた。

乱されてはいけない。そう、自分に言い聞かせる。

次いで、白銀の髪の男性と共に、エリーも跪く。


「オーフェン・デーリッヒ。シルヴァニア国の第二王子でございます」

「エリーにございます」

「シルヴァニア国からリーガル迄、はるばるようこそ」


シュライスが労いの言葉を述べると、ブラムが顔を上げた。


「一代割拠の領主となられたシュライス様と、その伴侶であるリリア王妃のご誕生をお祝いできることは、この上なき名誉にございます」


わたしの名前が出たことに、内心ドキリとした。

けれど、気取られないよう、面持ち厳しくする。


「お初にお目にかかります。シルヴァニア国第一王子、第二王子、そして、マリー様、エリー様。丁重な祝詞まで賜り、恐縮に存じます」


わたしの声など耳にも入っていないのか、マリーは前置きもなく進み出る。

その行為に、不穏が漂う。


「リリア!わたくしたちを許してほしいの!」

「どうなさいましたか?マリー・デーリッヒ様」

「わたくしたちはローズリーを亡命した。それには、理由があるの!!」


お涙頂戴といわんばかりに、涙声のマリーの声がこだまする。

これは、彼女の必殺技だ。

このテクで、どれだけの王子を落としてきたかは、王室の者以外知らないだろう。


「わたしたち、脅されていたのよ!」


エリーが叫ぶ。

これも、彼女の常套句だ。

姉の後に続き、すぐさまじぶんも便乗する。

二段階の効果を狙っている。


「あの戦争の中、わたしたちは、リーガル国の騎士に捕まったの。彼らは、わたしたちに魔力がないことがわかると、慰み者にしてやると襲ってきたわ。必死でフォースタスやファウスト先生、そしてリリアを探した。けれど、あなたたちは、戦場の最前線に出てしまったと聞いて、逃げる以外手立てがなかったの。召使は死に、護衛もいない。この状況では、無駄死にするだけ。そう思って、国外へ逃亡した。王室の人間として、誇れるべき行為ではないとわかっていたけれど、仕方がなかったのよ」


「そうでしたか。わたくしの見当違いだったのですね。おまえらが、何週間も前から荷を積みだしていたと聞いていたので、てっきり計画的なものなのかと」


その声の主に、二人は形相を変え、ぎろりと見やる。

クツクツと笑いながら、クラウスが二人を眺めていた。


「く・・・・クラウス・・・・」

「わが愚妹よ。良く生き永らえたな。さすが、稀代の性悪だ」

「あなたに言われたくないわよ!!早々に寝返ったくせに!」

「逃げるよりましだ」


クラウスは鼻で嘲笑すると、未だ治まらない笑いをこらえていた。


「わたしたちは逃げたのではない!逃げ延びたのです!あなたに会う為に!信じて!リリアっ!」


 マリーとエリーの咽び泣く声を聞きながら、演技なのか、真実なのか。

判断しようと考えていると、隣からシュライスの眼差しを感じた。

凝視し、わたしの応えは待てと伝えているように見える。

視線を交わし、わたしが首肯すると、彼が口火を切った。


「怖いおもいをなさったのですね。王として、謝罪いたします。ときに、マリー様。その騎士の軍服は、何色でしたか?」


「・・・・・い、色?えっと‥‥青、だったかしら」


「その色は、王であるわたしの指揮下にあるソレイユ軍の者だ。わたしの軍の信条は、女子供には手をかけないことなのです。掟を破った場合は、全員死んでもらってきた。もし、その話が真実ならば、この国の主君として看過できる事態ではない。お二人を脅した騎士探し出し、目の前で、わたし自ら処刑します。ですから、どうか、泣かないで」


シュライスの顔から笑みが消え、凛然な表情に変わったことに、マリーは震えている。


「え・・・・えっと・・・・・そう!黒の軍服だったかもしれないわ!」


「黒の軍服は、わがピュレテーレ軍の軍服です。わたしも兄上と同様、規律を重んじる性でして。もし、わたしの直属の部下だったら・・・・あぁっ・・・・自責に念に駆られそうだっ!!ショックで眩暈がしてきた・・・・・。これでは、手元が狂って、その場にいる全員、処刑してしまいそうだ・・・・・」


 ロイドが大げさによろめいて見せる。

王と王子の一世一代の演技を真に受けたマリーは、あたふたと動揺していた。

二人の動揺はわかりやすい。

合図を加えながら、視線で会話を始めるのだ。

彼女たちをあえて視界に入れず、彼らのつぎの手を待っていると、横から足音が響いた。


「謁見控え室は、総窓で陽光が辛かっただろう?魔法を使っているのか?」


待ってましたと言わんばかりに、ファントムおじさんが声高らかに野次る。

その姿を、ブラムが細めた目で見つめた。


「シルヴァニア王室貴族の我々は、底辺の吸血鬼とは能力が違うため、皆様のお考えになる野蛮軍功や弱点は当てはまりません。ゆえに、人と変わらぬ生活を送っております」


「ほぉ。それはまた興味深いこと」


ファントムおじさんが顎を触りながら、ブラムと視線を交錯させる。

すると、機を見たファウスト先生が、歩み出た。

マリーとエリーの目が、その姿にくぎ付けになっている。

悲憫にも似たファウスト先生の表情を見て、二人の視線は地面に落ちていく。


「王と王妃の御前ですよ。顔を上げなさい」


戒められ、マリーとエリーは前を向いた。

その顔は見るからに焦っている。


「王と王妃の御霊は、丘の上の墓地で眠っておられます。その隣には、シュライス陛下が立てられた、ローズリー国民たちの亡骸を安置した石碑がございます。二人に情の一念が残っているならば、手を合わせてから帰りなさい」


 そう言われても、マリーとエリーはファウスト先生の顔を見ない。

しかし、わたしからは、彼女たちの焦燥がはっきりと分かった。

彼女たちの性根は腐ってると今日まで思っていたが、まだ人間的な感情は残っているのだなと、すこし安心した。

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