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グロウステイル~王様が懐柔してくるのでその手に乗ってあげる前に大魔法使いになります~  作者: 天崎羽化
第5章 神様との約束

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侍従長と国ストーカーの不顕の証



 気が付くと、日は落ち、辺りは茜色に染まっていた。

ふと、バラの生垣に目をやると、大きなカバンを二つ携えた男性を見つける。

ブルーのローブを着込んだ、髪の長い人。

彼はわたしの視線に気が付いた後、隣にいたシュライスを見つけると、途端に笑顔をむける。


「陛下!!」


シュライスはその声の主を見ると、おぉ、と感嘆を漏らした。


「ルートヴィヒ!!こっちだ!」


呼び寄せられ、現われたのは、深海のような青い髪に、翡翠色の瞳の男性。

異様に小さいレンズのメガネかけている。


「戦勝、おめでとうございます」


祝勝の言を、一語一句、噛みしめながら述べる声色。

シュライスに向ける敬愛は深いと伝わってくる。


「国情に変わりないか?」


「陛下へお目通りをと、各国から使者が殺到しております。国民も、陛下のお帰りを待ち望むあまり、毎夜酒場では酒盛りが行われ、まるで祭りのような毎日でございます」


「そうか。ローズリー国との締結は終わった。近々に祖国に戻ると布告しろ」


「畏まりました」


彼の視線は、シュライスから動かない。

もはや、わたしの存在は空気だった。


「紹介しよう。わが妃、リリアだ」


そう言われて初めて、彼はわたしを見定める。

訝しむわけでもなく、微笑み返すわけでもない。

淡々とした表情を注がれながらも、礼儀作法通り、お辞儀(カーテシー)する。


「リリア・ハイムでございます」


「ルートヴィヒ・デュボアと申します。幼少期から、シュライス様とロイド様に仕える、侍従長をしております」


そう言うと、わたしの手の甲に口づける。

見上げながらも、何か言いたげな顔をしていた。


「・・・・不躾を、お許し頂けますか?」


「は、はい」


「・・・・ほんとうにリリア様ですか?やんちゃで、擦り傷をつくりまくり、リーガルの城壁で遊んでいた、あの、リリア・ルルーシュさま?」


やんちゃで傷をつけまくっていたかは定かではない。

だけど、城壁に上ったことはあった。

城下町でお酒を飲んで、帰るすべを失い、城壁から部屋に帰ろうとした記憶は、朧げに在る。


「・・・・・そうだとおもいます」


「お美しく成長されましたね。一目では、あなただとわからなかった」


ルートヴィヒは身を崩し、親しみやすい表情で笑む。

とても柔らかくて、温かい笑顔だ。


「わたしのことは覚えていないでしょう?すこしばかり、あなたから距離をとっていましたから」


「?どういうことですか?」


「わたしは、シュライス陛下とロイド殿下の外交管理も仰せつかっております。ローズリー国との親交においては、リリア様とシュライス陛下の親睦が一番深いものだった。そのことは承知しておりました。しかし、わたしの役目は、ハイム家を護ること。情に流されることは赦されない。ゆえに、あなたに認識されたり、親しくなることは、外交上好まれません。だけど、あなたときたら。気にかけて差し上げないと、なにをしでかすかわからないほどやんちゃでしたから、一方的に、よく覚えております」


愛し気に、そして慈しむようにわたしを見た。

この微笑みで、さまざまな困難を彼は片づけてきたのだろうなと想像する。

どれだけ人が仲良くしていようと、国と国が違うだけで、国との関係の良しあしが傾くだけで、容易に関係は崩れてしまう。

国交とは難しいものだと、わたしは改めて思い知っていた。


「きみを連れてリーガル国に帰国する前に、国の事を彼から学んでほしいんだ」


「リーガル国は、騎士(シュヴァリエ)の国。そして、陛下が魔法使い(ソルシエ)ということもあり、魔法騎士団(マギアシュヴァリエ)もございます。ローズリー国とは倫理や規範も異なる。リリア様が遍く民衆からの賛同を得るためには、あなたご自身が国を知り、文化を知ることが第一歩です。わたくしが、そのお手伝いをさせていただきます」


「ルートヴィヒは優しいし、常識人だから問題ないよ」


背後からわたしの肩を持ったロイドが、片目をつぶってみせた。


「今日から、みっちりお稽古いたします!」


「お・・・・お手柔らかにお願いいします・・・・」


鼻息荒いルートヴィヒを見ながら戦々恐々としていると、おそろおそる騎士が近づいてくる。


「どうした?」


声音を変えたロイドが、彼を見やる。


「・・・・恐れながら。貴賓室に、妙な男が入り込んでおりまして」


「男?謁見者ではないのか?」


「はい。しかし、身なりを見ましたところ、上等な服で、徒ならぬオーラを漂わせておりまして。貴族、もしくわ王族の方なのではおもい、諸君子に確認していただきたく・・・・」


「兄上。おれが見てまいります」


「あぁ、頼む」


「あのぉ・・・・」


間からおずおずと手を伸ばすルートヴィヒに、全員の注目が集まった。


「その男、長髪で、口調が偉そうで、顔だけやたらと綺麗でしたか?」


騎士が逡巡しつつ、記憶をさかのぼっていく。


「長髪です!顔も綺麗でありました!」


「・・・・・心当たりがございます。陛下」


眉間に皺をよせ、みるみるうちに具合が悪そうな顔になっていく。


「知り合いか?」


「いいえ。・・・・()()()()()()です」


そういうと、ルートヴィヒが騎士を連れて、先陣を切って城に入っていく。

彼の後を追って貴賓室に入ると、既に先客がくつろいでいた。


「・・・・あぁ。見つかってしまったか」


 目の前に置かれた琥珀糖を、ついばむように口に入れる。

中性的で、声を聞かなければ、女性だと勘違いしてしまいそうだ。

藤色の髪が風に揺蕩う。

白群色の瞳は、どんな人も魅了しそうな底知れぬ色を湛えていた。


「・・・・ついてきてしまったんですか?タレル・フローデ様」


 背後でルートヴィヒがうなだれている。

気怠そうに立ち上がり、わたしたちを見下げるように眺める姿は、一枚の浮世絵のように幻想じみている。

不思議な人だ。


「何者だ」


唸るように低い声で問いただすロイドを、彼は漫然とした目つきで見やる。


「ロイド・ハイム。第一王子か。この国の軍師が、国賊の傀儡と化していなくてよかった」


彼の言葉に、ロイドの中で熱がこもったのがわかった。

勢いよく進み出ると、鋭い目つきで威圧する。


「不法侵入だ。絞首刑に値する」


彼は、ロイドを淡々と瞥見し、ルートヴィヒに矛先を移す。


「今日で一月と十日と十七時間と三十分と六秒、ぼくはシュライス陛下を待った。彼がリーガルに戻るまでに、ぼくの寿命が尽きてしまうよ」


肩をすくめながら、ルートヴィヒがロイドを庇うように彼に寄る。


「検疫は通られましたか?あなたは諸外国を渡り歩いているから、どんな追跡魔法がついているか」


「このわたしが、そんなへまをするわけないだろう?」


 急に鋭くなった視線に、ルートヴィヒが押し黙る。

ゆらりと、煙が立つように歩きながら、彼がわたしのほうへ歩を進める。

室内に緊張が走ったが、彼から不の波長はない。

勇み足を踏む空気の中。

張り付いたようにきれいな微笑みが、わたしの目の前にたどり着く。

シュライスと同じくらいの身長なのに、巨大な壁が佇んでいるような威圧感を感じた。

次の手が見えない。

予想ができない。

得体のしれないオーラに、心がざわつく。


「ローズリー国の第三王女か。噂通り、ルルーシュ一族の中では、マシな魂の持ち主のようだ」


そう呟くと、わたし顎をつかみ右、左と顔を見定めた。


「そうか。きみは、神に愛されているのか。シュライスと番になったのは、そう言う因果か」


先ほどよりも深く観察しようと、鼻が付きそうな程、顔を寄せた。

彼から離れようとするけど、力強い手は離してくれそうにない。


「国への未練が離せずにいるのか?堅忍なことだ」


そういうと、さらに顔を近づける。

眼前の綺麗な顔からは、温かさの欠片も感じない。

息さえも凍っていそうで、おもわず呼吸を抑えた。


「おまえの利運は認めてやろう。神の化身(アヴァター)の本体を引き寄せるとは。禍福が強いのか。それとも、己から運命を投身しているのか?」


 彼の目の奥から、光が消える。

恐怖を覚えたつぎの瞬間、わたしを掴んでいた腕が剥がれる。

ぱちんという音の方向を見ると、 フォースタスとファウスト先生が、牽制するように彼を睨んでいた。


「主にご用件がある場合は、わたしを通していただけますか?」


「ほぉ。これは面白い。大賢者(グランサージュ)のご登場か」


「・・・・久々だな、占い屋」


「ご挨拶だな。きみが若いころ、戦況を占ってやったろ?」


「あぁ、おまえが与する国の戦況をな」


「そう憤懣するな。不幸と幸福は、紙一重なんだ」


「リリア様から離れろ。最低、十メートルは距離をとれ」


「はいはい。わかったよ」


欠伸をしつつ、自分の席へ戻っていく。

琥珀糖をつまみ、紅茶をすすると、おとなしく窓の外を眺め始めた。


「相変わらず、人間を卑下する悪趣味は治っていないようだね、タレル」


ファウスト先生が、失望の色を帯びた顔で、琥珀糖を頬張る彼を見やる。


「彼らには保険が要る。魔法や科学では測れない未来。不確定な結果。視えないものからの影響を嫌うんだ。ぼくはその不安を取り除き、指針を与える手伝いをしているだけさ。慈善事業だよ」


「人は、己の意志で選択し開拓してきた。指針を与え、泡沫の夢を見せてやったところで、彼らに力がなければ空虚に消散する。そうやって、きみが崩してきた国をいくつも見てきた」


「・・・・人間に隷属させられたわが一族の一代目が残した遺訓がある。人間は愚かで、醜悪で、色欲を好む。報奨等価の分だけ務めを果たせ。それ以降は関わるなと。何百年、同じ過ちを繰り返せば気が済むんだろうな?」


――――ぎりぎりと。

手のひらに包んでいた琥珀糖を握る。

砕いた向こうに、憎しみを視ているかのような苦渋を浮かべていた。

そんな彼を見ていたら、こんな風にしてしまったのは、じぶんたちなのかもしれない。

そんな自責の念に駆られ始める。

少なくとも、犠牲者なのかもしれないとさえ思った。

彼の顔が、哀しみに満ちていたから。


「大変失礼いたしました。彼は、リーガル国へ謁見を求めに来たんです。知らない間にぼくに着いて入国してしまったようで」


ルートヴィヒが申し訳なさそうに謝る。


「陛下に会いに来られたのなら、謁見室にご案内しては?」


「その必要はございません」


フォースタスがわたしの肩をたたく。


「彼は占星術師です。ただの占い師ではなく、戦勝国にしか占わないと言う現金な者でして。こうして国に取り入っては、国将を占ってやると言って、多額の報奨をねだる。そして、その国が負けた日には姿を消す。いわば、詐術家です」


「なんだい?その陰鬱な呼び名は。まるで、ぼくが疫病神みたいじゃないか」


「相違ないだろう。国は勝ち続けるが、居なくなった日を境に悉く破滅に陥る。これのどこが幸福だと言うのだ?」


「ぼくは外したことがない。明日の天気だろうと、恋人たちの行く末だろうと、動物の絶滅だろうと、すべて的中する。すべて当たるとわかっていながら、その先を見据えずに胡坐をかくから破滅するんだ。勝利の美酒に酔いすぎたんだよ 」


「リーガル国は、ローズリー国と締結している。おまえの力を借りる必要はない」


「・・・・・どうかな」


 彼がにやりと口角を上げると、室内に緊張が走った。

フォースタスがいてくれるおかげで、幾ばくか安心する。

もし彼と二人きりだったら・・・・とおもうと、背筋に冷たいものが走った。

そのままわたしの耳元に顔を寄せ、小声で囁く。


「己の器以上の魔力を宿すと、心を壊す。フォースタスがいるなら問題ないが、暫く彼から離れるな。一度壊れたものは、二度と元には治せないんだ」


 遠くを見るように、わたしではないだれかをおもうようにそうこぼすと、彼はわたしの背後に視線を移す。

振り返ると、シュライスが微笑み居立っていた。


「光栄だな。戦勝国にしか与しないと噂の世界一の占星術師様が会いに来てくださるなんて」


 シュライスは、彼に手を差し伸べる。

彼は、悦に浸った様子で、その手を取った。


「占星術師のタレル・フローデでございます。この度の戦、お見事でございました」


「戦を見ていたのかい?」


「えぇ。最初から、最後まで」


わたしとシュライスを一瞥し、微笑んだ。

戦禍で彼のような人が生き残れる場所はない。

戦争を見ながら、高みの見物をしていたのだろう。

そうおもったら、目の奥がちりちりするようだった。


「リーガル国で雇っていただけませんか?報奨は、成果次第で結構です」


「直談判か。お前を雇い入れた際の利益は?」


「わたしが戦勝国に留まる。それこそが、不顕の勝利。それが、あなたにとっての利益です」


シュライスは、跪く彼のつむじを見ながらも、視線を移し、フォースタスとロイドに諮問を仰いでいた。

わたしには計り知れない、沈黙の会話。

張り詰めた空間の中、シュライスが、彼の肩に剣を据える。


「ならば、宣誓しろ。お前がこの国にいる間、わたしに完全勝利をもたらす顕示者で在りつづけると。リーガル国にその身を捧げ、わたしにだけ求心すると」


威厳に満ちた勇猛あふれる声が、室内に響き、全員が息をのむ。

彼はしずかに、シュライスの剣の鞘に手を添える。

その手は柔らかく、また、厳かな雰囲気さえ漂っていた。


「仰せのままに」


貴賓室が一気に厳粛な雰囲気につつまれる。

シュライスは穏やかに笑うと、わたしを見据えた。


「リリア、おいで。紹介しよう。本日付で王室付き占星術師になった、タレルだ」


じぶんの名前が呼ばれたことに慌てながらも、シュライスへ駆け寄った。

すこし穏やかな顔になったタレルは、わたしを真っすぐに見つめている。


「タレル。ぼくの花嫁だよ」


「はじめまして。リリア・ハイム」


 心に浸透していくような、不思議な声。

肌の粟立ちとともに温かいなにかが生まれるのが分かった。

その事実を気取られないよう、わたしは繕った笑顔で返した。

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