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グロウステイル~王様が懐柔してくるのでその手に乗ってあげる前に大魔法使いになります~  作者: 天崎羽化
第5章 神様との約束

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神様と神器を集めて世界を平和にする約束をしました




「彼はこれからも戦争を続ける。世界を掌握できるだけの力を蓄える。その前に、シュライスを止めたい」


砕け散っていく惑星を見ながら、そう遠くない将来そうなるであろうという予感が走る。

彼のやり方なら、きっと一年も経たずに世界の半分には手中に治めるだろう。

帝国と呼ばれていたローズリー国を数週間で陥落させたことが、なによりもの証拠だ。


「シュライスときみは、アンクの誓いによって結ばれている。彼を止められる番は、きみしかいない」


「アンクの誓いって、生命の象徴と言われる?」


「そう。現世と前世の隔たりをも超える運命の糸で結ばれた強い縁。今の世界で最も強い因果をもつ男女が結ばれたとき、アンクとなる。七つ神器(シーク)ことは知っているね?」


「はい。存じています」


七種の神器(シーク)とは、この世界の古に存在していた神たちの所有していた宝器、所謂「レガリア」のことで、その宝具は各国に散らばり祀られていといわれている。 ローズリーにはそのうちの一つ、玉剣がある。

成人の儀である「アコレード」の際、一度だけお目にかかったことがあった。

神聖なオーラを放ちながらも、剣の中からは得体が知れない膨大な魔力を感じた。

 この剣の最初の持ち主は、シンフレスカという神格化(アポテオシス)した英雄だそうだ。

貧しいものを掬い、富めるものを咎め粛清する。

精錬君主のような彼の行いは、各国でも語り草になるほど有名だ。

このような謂れのある遺物は全世界に散らばっていて、全部で七つある。

そう、フォースタスから教えられていた。


「一つ目はアンク。運命の番となった男女。つまり、きみとシュライス。二つ目は、アンダーヴィレッジのボスに託されているジャトの目。三つめは、ローズリー神室に安置されている玉剣(アリストテレス)。四つ目は、リーガル国の水鏡(アルケディア)、残り三つは諸外国に眠っている。ぼくからのきみへの願いは、それをすべて集めること。そして、七人の魔守り人から秘匿魔法を享受され、その力をもって神器(シーク)の呪いを解き放つこと。そして、シュライスを止めことだ」


 壮大すぎて、頭の中を羊が通っていった。

呆然となるわたしを見ながら、ディミヌエンドが淡く笑む。

頭の中の引き出しをひっくり返し、思いついたことから問う事に決めた。


「あの・・・・言い伝えでは、王位継承権の高い順からアンクの資格が生まれると聞きましたが・・・・」


「ルルーシュ家は第一王女が自ら国を棄てた。それにより、運命が変わってしまったんだ。国を想い、民を想う心を捨てず、勇敢に戦ったきみの行いが、黄泉の神々や精霊たちによって殊勲とされた。アンクの主権はきみに移り、リリアがアンクの片割れとなり、シュライス王の霊性の高さと不変の愛によって、アンクが生まれたんだ。だが・・・・」


言い淀むディミヌエンドの顔は冴えない。

しばらく沈黙が流れたあと、重い口が開かれた。


「アンクに形成されるまでの過程を証左したところ、何者かに運命を操作された痕跡が見つかった。それは、()()()が悪いんだけどね。この先、きみには苦労をかけるとおもう。ごめんね、リリア」


 眉根をゆがませ、わたしになにかを訴えかけようとしている。

何か、起きる。そんな予感を滲ませて。

ディミヌエンドは、わたしを自身に引き寄せる。

眼前にある、硝子のように透き通った目には、愁いが帯びていた。


「それぞれの神器(シーク)には魔守り人がいる。彼らは大魔法使い(グランソルシエ)として君臨し終えたあと、その高潔な魂の最後の禊として神器(シーク)を守るという責務を与えられ、その役目を担っている。だが、護られているはずの七つの神器(シーク)が、呪いにかかっていることがわかった」


「呪い?それは、魔守り人も呪われるのですか?」


「そうだね。彼らも神器(シーク)の記憶に感化されているはずだ。そして、心の中に封印していた深い傷や想いが変容し、彼ら自身も呪いと化している」


「そんな・・・・」


「シュライスの背後に憑いている者がいる。そして、リーガルの神器(シーク)にも、魔守り人にも、強大な呪いがかかっている。できれば最初に抑えてほしいところだけど、今のきみの魔力では無理だろう。だからこそ、他に散らばった神器(シーク)を集め、時間を稼ぎなさい。ぼくも協力する」


「その、リーガルの魔守り人は誰なのですか?」


「・・・・・時が来たら話すよ」


それ以上は聞けない雰囲気だったので、わたしは静かに首肯する。


「なぜ、神器(シーク)が呪われてしまったのですか?」


「世界の正と負の均衡が崩れ始め、秩序が崩壊し始めているからだ。この世界に対して、じぶんたちの守護に値しないと神器(シーク)が拒否反応を起こしている。しかし、遺物である神器(シーク)は、自滅することも自死することも赦されない。だから、自身を呪った」


「・・・・神器(シーク)が、自分を呪っているってことですか?」


「呪いは穢れを生む。その穢れはやがて広がり、世界を穢す。そうすれば世界は終焉へ向かい、この地を護る意味はなくなる。合理的だとはおもうけど、神としては看過しておけない」


「そんな・・・・・」


「既に、ローズリー国が無くなった後、玉剣(アリストテレス)の呪いは勢いを増し続けている。彼が魔守り人なおかげで、ギリギリ安寧を保てているようなものだ」


「我が国にも魔守り人がいるのですか?そんな話、聞いたことは・・・・」


「ローズリーの魔守り人は、フォースタスだよ」


「えっ・・・・?」


 衝撃過ぎて、わたしは瞠目するしかなかった。

フォースタスが魔守り人?


魔法使い(ソルシエ)というのは、主を決めたら従順だ。彼は世界を脅かす大魔法使い(グランソルシエ)として君臨していたが、大賢者(グランサージュ)となって生まれ落ちた日にきみに出会い、魂から守護することを誓った。強大な力を持ちながらも一国に居つき与するフォースタスの恭順さ買って、ぼくが魔守り人に指名し、神器(シーク)を託した」


「ということは、フォースタスも呪いにかかっているのですか?


「あぁ。彼にかかっている呪い。それは、ルシア・オクタヴィアンとの間に生まれた残留思念(レジデュエル)


「その名前は・・・・」


「王と王妃に、口にするなと言われていた?」


 ディミヌエンドはそう零しながら、嘲笑する。

ルシア・オクタヴィアンといえば、この世界を崩壊にまで向かわせたという伝説の大魔法使い(グランソルシエ)で、魔王と呼ばれている。

リーガル国の名家の貴族出でありながらも、実力行使で上位爵位につき、ただ一人、国付きの大魔法使い(グランソルシエ)となってリーガル国を支えていたという。

彼が守護している限り、リーガルの陥落はほぼ不可能だともいわれるほどの魔力の持ち主であった、と本で読んだ記憶がある。


「フォースタスは、ルシアがこの世から去ったあとも、彼との遺恨を解消できないまま抱え続けている。晩年の二人はいがみ合っていたけれど、根底には幼いころから共に学び育んできた絆があるんだ。ルシアの最期は凄惨なものだった。体を切り刻まれ、魂の一遍も残さないように改ざんされ、生まれ変われる余白もなく塵と化した。仕方がないよね。彼は残虐の限りを尽くして世界中を火の海に仕掛けた張本人なわけだし。ぼくも救済する義理なんてないから、傍観しているだけにとどめたほど、救う余地はなかった」


 虚空を見詰め、荘重な声で語り部のように懐古するディミヌエンドから、当時の様子が伝わってくるようで、わたしは黙って彼の話を聞くことにした。


「フォースタスは魔守り人でもあるが、ローズリー国を支える大賢者(グランサージュ)でもある。対してルシアは、リーガル国の大魔法使い(グランソルシエ)でもあるが、悪逆非道を歩く魔王だ。フォースタスも世界征服を企んだことがあったが、ぼくから見れば若気の至りかな。選民思想はなかったし、強い者が力を誇示したくなるのは当然だからね。その相反する性質の彼らを近づければ、国の崩壊は必須。ぼくは、彼らの衝突を防ぐために、関わることを禁忌とした」


「そんな・・・・」


 フォースタスの過去を知らないわけではなかった。

だけど、知っていることは極僅かしかないことも知っていた。

昔、魔法を学んでいたころの話をしてくれたことがあった。

いつも登場する人物は、彼ともう一人の男の子だけ。

自分の話よりも、その男の子の話をたのしそうにはなしてくれた。

 男の子に連れられて、龍の巣にこっそり忍び込む。

貴重な魔法素材である、幼い龍が吐き出す「蓮綿」を取りに行って、親の龍に怒られて追い回された話。

受けたくない授業があるからと、悪戯妖精のボギーを学校に放ち、学校を休校にした話。

思い出すだけでも心が温かくなるものばかり。

わたしはぼんやりと、その男の子がルシアなのだろうなとおもった。


「ルシアが死んだあと、フォースタスは、何もできずに見ていたじぶんを責めるようになっていった。運の悪いことに、呪われた神器(シーク)からも伝染していき、宝具諸共、呪いにまみれている」


この話が本当なら、戦後、わたしと会ったときには、既に呪いの坩堝にいたということになる。

じぶんがそんな状況なのに、彼はいつもわたしや周りの事ばかり心配していた。

気が付けなかった自分を、殴ってやりたい。


「フォースタスを解放するには、主であるリリアが彼の(クオーレ)に干渉し、蟠りを解く必要がある。そして、彼から秘匿魔法を授かるんだ」


「秘匿魔法とは何なのですか?」


「世界を浄化する魔法。そして、願いを叶える魔法でもある」


「呪われている彼から、どうやって教わったらいいのですか?」


「呪いは神器(シーク)と共鳴している。呪いが暴発するトリガーが必ずあるはずだ。彼が普段から錯乱している様子はないだろう?通常の状態であれば、口伝でも修行でも、できるはずだよ」


「わかりました。だけど、ここに来たのはフォースタスの導きでもあるんです。彼のいまの意志は、わたしと共にあります」


「そうか。ならば、フォースタスの意志も汲もう。その意志は、ローズリー国を復権したいと、言っているのか?」


 蠱惑な声色で、部屋に招くようにわたしに囁きかける。

ディミヌエンドの表情が幻惑的すぎて、催眠にでもかかったかのように目が離せなくなった。


「わたしと契約したら、大魔法使い(グランソルシエ)に匹敵する魔力を与えてあげよう。魔力があれば、あとは使い方を覚えるだけ。先生(フォースタス)がいるなら、問題ないだろう?」


 わたしの顎先を、細い指がすくう。

彼は、わたしがこの提案に食らいつくことを知っている。

狡猾な目に囚われたわたしの中の応えは、導かれるようにすんなり出ていた。


「契約の内容は?」


神器(シーク)を集めること。期限は七年。七年後に世界は破滅するからね。その間も世界は流転し続けるが、きみの運命は、ぼくが神として守護しておこう。国が崩壊したら、リリアは動けないからね。シュライスを止められず、神器(シーク)も集められなかったときは、おとなしくぼくの花嫁になること。どう?これでも譲歩したつもりなんだけど」


――――いまのわたしは、弱い。


 祖国も、両親も、人間も、魔法使い(ソルシエ)も、守れなかった。

王族で唯一魔法が使える身でありながら、敵将を野放しにし、報復もままならない。

こんな悲劇は、ローズリー国だけでたくさん。

もう、血も涙も見たくはない。

一人になりたくない。

誰の死も見たくない。

そのために、力が欲しい。

ここからは、じぶんの贖罪の時間。そう腹をくくることにした。


「神様の花嫁になるって、どうやってなるんですか?」


「現世で死に、神の世界にくるだけだよ」


「・・・・それだけで済みますか?」


「済ませるように、努力するよ」


蠱惑的な微笑みを向けたまま、ディミヌエンドはわたしの手の甲に軽く口づけた。


「わたしが神器(シーク)を集められても、集められなくても、世界を護ってくれますか?ローズリー国を、守ってくれますか?」


「きみの行い次第では、考えてあげてもいいよ。でも、ぼくが見込んだ花嫁ならば、まずは奪い返す気概を見せてみなさい」


「・・・・わかりました。契約します」


 返事を聞いたディミヌエンドはにやりと笑む。

強引にわたしを抱き寄せる力とは正反対に、優しい口付けを落とした。

彼の唇が重ねられた瞬間、触れた部分に熱を帯びていく。

その熱さに驚き、彼から離れようとしたけど、細身のディミヌエンドからは想像できない強い力で体をつかまれる。

唇から注がれる熱を感じながら、目を見開く。

穏やかな微笑みがわたしに降り注いでいて、視線に胸が跳ねる。

長い口づけが終わり、唇を離した彼の指が、わたし手を指す。


「契約成立だね」


 ディミヌエンドの指さす部分の服をめくると、複雑な文様が彫り込まれていた。


「契約印だ。きみとわたしだけしか見えないから、シュライスにばれる心配はない」


 そう言うと、わたしの掌に五芒星を描き始める。

描き終わると、じぶんの指先を切り、滴る血を五芒星の線に沿って注いでいく。


「ディミヌエンド?!血が出ていますよ!」


「わたしの力を分けている。別にこんなことしなくても、ピッ!てやってフッ!って感じで終わるんだけど。なんかいいだろ?こういう不気味で魔法使いっぽいかんじ♪」


 ケラケラと笑いながら、指からとめどなくあふれる血を魔法で止血した。

手のひらに描かれた五芒星は、浸透圧で溶けるように消え入る。

その直後、じぶんの体が熱くなるのを感じた。

同時に、なにか背筋がむずむずする感じと共に、寒気が襲い、奥歯がガタガタ震えだす。

震えるわたしを、ディミヌエンドが宥めるようにさすった。


「帰ったら神殿で体を温め、養生しなさい。あちらの世界では血が出ているだろうから、穢れた血を洗い流して新鮮な血を生成すること。フォースタスとファウストに、わたしと契約したことを言ってごらん。彼らならば、きみを須らく導いてくれる」


「わかっ・・・わかりました」


ガタガタの奥歯をかみしめながら返事をするのが精いっぱいだ。

彼はクスっと笑うと、わたしの肩を抱く。

漂う、不思議で安心する匂いに、嘘や偽りをしない人だとおもうことにした。


「なにかあればわたしの名前を叫んだらいい。だけど、ほんとうに迷ったときだけだよ」


まるで子供部屋でおとぎ話を読み聞かせるかのように、耳元に囁くディミヌエンドの声が心地よくて、わたしの瞼がとろりと降りてくる。


「・・・・わたしはまず・・・・なにをしたら・・・・?」


「国中にあるリーガルの神器(シーク)を集めなさい。そのあと、ミュゲ国の神器(シーク)を手に入れるんだ。暫くはきみに任せるよ。見極める真の目は、心にしかない。心の目を、信じて」


「・・・・あなたは、神器(シーク)を集めて、呪いを解いてから、この世界をどうするんですか・・・・?」


朦朧とする意識の中でもわかる、少し冷えた唇が額にあてられたのを感じた。


「リリアは、どうしてほしい?」


眠気に抗えず、彼に応えないまま、わたしの瞼は完全に閉じてしまう。

ディミヌエンドがわたしを抱く腕の力や、ほの温かい体温は、わたしが意識を離すと同時に、消えていた。


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