両親の最期を見せられたあと、神様が来ました
騎士たちの怒号。剣と剣の掠れる音。
魔法使いたちの呪文を唱える声。
炎の音。風の音。水の音。土を蹴る音。
入り混じりながらも融合することはない悲痛な音は、絶え間なく耳に入り込む。
背後から見る彼のマントは土埃と返り血で薄汚れ、千切れかかっていた。
ハイム家の紋章の入った王剣には、乾いた血が柄や刃こぼれの溝に溜まっている。
戦場に不釣り合いなほど綺麗なシュライスの顔には、かすり傷と返り血がまるで小花のように鮮やかに散っていたが、口元には笑みが漂う。
この凄惨な状況を目の前にした恐怖からか、じぶんの手先が凍り付いたように冷たくなっていく。
父上と母上の周りにいたであろう護衛は死に絶えていて、二人しか生き残りはいないようだった。
刃こぼれし、べったりと乾いた血が刃についたままの剣を、辛うじて動く片方の腕で振り回してシュライスを牽制している。
「あなた方の罪は、死で贖えるものではない」
彼は瞬き一つしない代わりに、怒りを孕んだ震える唇で声を絞り出した。
「(シュライス!!)」
そう口で叫んだつもりなのに、わたしの声は「声」ではなかった。
脳内に響く感じで、モノローグのようにこだまする。
これは、精霊たちが見せている幻想?
しかし、このにおい、熱さ、肌に感じる全ては、鳥肌が立つほど現実味を帯びていた。
「リリアは、自ら進んで魔法使いになったんだ!この国を支えるために、伝統教育も受けると言ってくれた!」
彼を諭すような口調で言ったが、シュライスは血の滴る顔で天を仰ぎ、鼻で嘲笑する。
「暗いところは怖い。寒くて、狭くて、だれもいない場所は怖いんだ。小さくて、なにもできない力のない子供だとわかっていて、無抵抗なまま洗脳し、従順に飼いならす。心を引き裂いて、再起不能にする。ぼくはいいんだ。なにをされてもよかった。だけど、リリアだけはだめだ。これ以上、傷つけさせない」
シュライスの目は穏やかだが口調は錯乱しているように見えた。
怯えた子供のような顔で、細い指先が微かに震えている。
「リリアを神に捧げたのは真実か」
「あぁ、真実だ」
「ならばなぜ、彼女はこの世にいる?」
「リリアはわたしの娘だからだ!」
「ほざくな。神に捧げるという事は供物を渡すということ。大方、戦争に使える道具が惜しくなって、契約破棄でもしたんだろ?」
「・・・・神が何をしてくれた?飢餓を、発展を、不作を、戦争を、現世の諸悪を解決することもない、気まぐれな神通力に頼るのはもうたくさんだ」
「契約を破った場合、業を背負うのはリリアだ。そのことを鑑みても、不履行にするだけの重大な都合が、娘だから渡せない、と?」
「そうだ!」
「彼女の意志を聞くこともなく、娘を供物にするような悪徳非道の分際でよく言えたものだな。その厚顔無恥さだけは称賛に値するよ」
シュライスの平淡な視線に、父上の目が右往左往する。
つぎの瞬間、スキを見て彼に剣を突き立てた。
「小僧が!」
父上の叫ぶ声にも微動だにしないまま、シュライスは切っ先を躱したあと、王の体を素早く剣で引き裂いた。
背中を十字を切るように切り裂いた場所は深く、確実に致命傷だとわかるほどの血量が流れ出している。
力加減に容赦はない。本気で殺す気だ。
「いやぁぁぁあぁ!!!」
王妃の悲鳴が断末魔が響き渡るが、兵士はおろか、家臣が助けに来る様子は見えない。
息も絶え絶えになった体を揺らしながら、王がシュライスへ力なく腕を振るう姿は、主を無くし、糸の切れた操り人形のよう。
その姿を見て発狂した母上は、胸元から小刀を出し、彼に向けて構える。
その短刀は、王妃や王女それぞれ渡される聖短刀。
有事の時に持ち出し、矜持を以て自害をするときに使われるものだ。
死んだとき、確実に王室の人間であると言う証拠になるとともに、名誉をもって扱われるための証になる。
その短刀を持ち出す母上の覚悟に、涙がとめどなくあふれた。
「リリアとぼくを引き裂いたのは、あなたですね?」
小さな体で果敢に挑む母上の攻撃を顔色ひとつ変えず躱しながら、まるでお茶会の談話中のように穏やかに話しかけている。
「ぼくは毎日リリアに手紙を送っていた。ひどいときには、朝、昼、夜、毎日だ。だけど、一度も彼女から返事は来なかった。それは、あなたがすべて破棄していたからだ。なぜですか?」
息を荒くしたままその場に立ちすくみ、涙と血で汚れた目元でシュライスを睨みつける。
「リーガルにリリアは渡せなかったのよ。あの子はローズリー国の宝であり、神との契約印の証。国外に出すことは一族の恥。あなたに渡すくらいならば、わたしがリリアを殺そうとおもっていたからよ!」
妃の言葉を聞いたとたん、シュライスは眼の色をぎゅっと濃くした。
「その程度の愛情で、彼女を縛り続けていたのか?」
「煩い!だまれ!おまえになにがわかる!ルルーシュ一族は、名誉を以ておまえたちと国交協定を結んで協力してきた!その恩を仇返しした愚息に指図される覚えはない!リリアが生きている限り、わたしたちの矜持は消えない!おまえがこの国を支配してもわたしたちの血と肉を贄とし、国中を呪ってやる!」
顔を真っ赤にしたまま、母上は一直線に切っ先を向け走り出した。
シュライスは、ハエでも払うように身をかわすと、背中から腰に向かって勢いよく剣を振り下ろす。
鮮血が噴出し、声にならない口をパクパクさせながら、歯と歯の間から黒い血を吐き出すと、その場に倒れ落ちる。
「(父上・・・・母上・・・・) 」
うまく呼吸ができない。
涙が勝手に流れだして、たまった涙で何も見えない。
これが幻想だとしても、あまりにもリアルだ。
わたしの見た二人の最期は、肉の塊となり果て、息のないもの。
まざまざと、二人の死にゆく姿を見るのは初めて。
シュライスは、マントで血を拭うと剣を鞘に納めた。
僅かに息のある王のそばに寄り、彼は耳元に口を寄せ囁きかける。
「言い残すことは?」
「この国の矜持は折らないでやってくれ。王女は、好きにさせろ。リリアを・・・・リリアは・・・・・幸せにしてやってくれ・・・・」
最期の力を振り絞りそう言った後、足掻くように胸元から銃を取り出そうとしていた。
「(もういい・・・・やめて・・・・)」
シュライスは、鈍く動きながらも、自分を殺そうと動く腕を観察しながら、小動物を愛でるような微笑みを注ぐ。
その光景は、狂気そのものだった。
「あなた方二人がいなければ、ぼくはリリアと出会えなかった。生まれてきてくれてありがとう。そして、さようなら」
シュライスは微笑んだまま、携えていた剣で父上の心臓を一突きする。
剣の衝撃が大きく、王の体が魚のように撥ね、絶命の証のように手から拳銃がだらりと落ちていった。
彼は二人を抱えると、この戦火の中、人知れず咲いた赤いバラの傍に横たわらせた。
爆薬と鉄のにおいが混じった風が、金色の髪と、横たわる二人の髪を揺らす。
「・・・・誰にも邪魔はさせない」
自分を諭すようにそう言ったシュライスの顔には、涙が伝っている。
彼に呼びかけたい。だけど、声が出ない。
いますぐ飛んでいきたい。けれど、体が動かない。
手も足も出ない状況に泣き叫びだしたくなった瞬間、神々しく光る玉がわたしの前に現れた。
「っなに・・・・?」
そう心で思った言葉が、今度は喉を通して周囲に響き渡る。
「泣かないで。花嫁」
目光の中から現れたのは、真っ白な長い髪と金色の瞳を持つ白装束服の男の人だった。
不思議なことに、彼が現れたとたん、戦場の匂いも、シュライスも、すべてが幻影だったかのように掻き消えて、白一色の空間に移動していた。
「はじめまして。リリア」
軽快な話し方と凛とした声色が、白一色の空間を支配した。
端正な顔でこちらに笑顔を向け続ける彼は、ふわりとわたしの頬を両手で包み込む。
「怖いものを見せてしまってごめんね」
そう言いながら、細く冷たい指でわたしの涙をすくった。
「さっきのは・・・・なんですか?」
「あの戦争?稀に見るエゴの襞をみせられた見せられたようで実に滑稽だったね」
眉根にしわを寄せ、苦渋を噛んだような声でそういうとわたしに切なげに微笑む。
「きみには最期を見る権利がある。だから、ぼくが運命を調整して見せてあげたんだ」
「調整?」
「あっ。申し遅れました。わたしの名前は、ディミヌエンドでーす!」
・・・・・神様、出た。




