大魔法使いの儀
魔法のレッスンは、城内にある神殿で行うのがしきたりだ。
普段は隠し魔法で閉じられている神殿は、城内の地層深くに位置している。
この場所に入ることは、たとえ戦勝国の主でも許されない聖域。
地上に在る神殿は治癒に特化していて、王室以外の人間も入ることが許されているが、地下に在る神殿には、王室の人間しか入室できない。
もし入れば、魂を焼かれ、未来永劫生まれ変われなくなるという言い伝えがある。
実際には、事故にあったり、流行り早い病にかかったり、そういうことが積み重なる確率が高いから、一族が衰退していく、ということらしい。
どちらにしても呪いには違いないのだ。
神殿には、ローズリー王室に関わるものでも、フォースタスしか入れない。
彼は神殿で太陽の洗礼を受け、ローズリー国に身を捧げるという契約を交わしているため、王族の一員と同等の権限がある。
黒と金で枠どられた扉は重く、自力では開かないため、魔法で開門する。
「開け」
フォースタスが手をかざし呪文を唱えると、鉄壁のような扉がギギギと音を立てて徐々に開いていく。
中に入ると、キンと冷えた空気とともに、眩い光を放つ透明の部屋が現れる。
壁から床までが水晶のような物質でできており、透明度が高いので、部屋全体が透明に見えるという不思議な部屋。
室内が明るいのは太陽ではなく、発光性質のあるローズリー原産の蓄光魔法を施し、自然資源を使わずに電力を創り出しているおかげだ。
この技術を施すには魔力を大量に消費する。
この部屋一帯を充満できる光も同時に生み出す想像力も必要とされるため、高等な魔法使いでなければ創り出すことができない空間だ。
史実には、五人の大魔法使いがによって創り出されたと記されている。
転生してきてから自分も魔法を創り出すようになり、身をもって心が削られる痛みや苦しみはわかるようになっていた。
神殿に来るたびに実感する。
この国を想い、尽力してきた偉大な精神はわたしたちの中にも流れているのだと。
恐らくこの世界で神と同等の力を持つ偉大な大賢者を目の前にしたわたしは、彼の目を見据え、口火を切る。
「聞きたいことがあります」
「どうぞ」
「ディミヌエンドとは、誰なんですか?」
「・・・・・その名前は誰から?」
「シュライス陛下です」
「あぁ・・・・またあの男か・・・・」
フォースタスはこめかみを指で押さえながら深いため息をついた。
話したくなさそうな雰囲気は十分察していたけれど、話を進める。
「聞いた覚えはあるんです。だけど、誰だか思い出せない。フォースタスに聞けばわかるはずだと言われました。ディミヌエンドとは何者なんですか?」
「神です。この世を創り出した神様の名前です」
「神さま・・・・」
「大魔法使いの儀を行えば、結果がどう転ぼうとも、リリア様の運命は変動する。呼ばずとも、嗅ぎつけた彼の方から会いに来ますよ」
「神様はわたしの運命に関わっていると言っていました。どういう意味かわかりますか?」
「えぇ。わかりますよ。けれど、わたしが口伝するのは道理が違う。直接聞いたほうがいいでしょう。それよりも、本当に大魔法使いの儀をなされるのですか?」
「・・・・えぇ」
「大魔法使いの儀は、本来、肉親の立ち合いとハーネストクラスの者が付き添うのが習わしですが、今回はわたしがどちらも兼ねることはできます。しかし材料が揃っていても、精霊に弾かれれば宵闇の中に放りこまれるリスクが高い儀です。わたしが必ずあなたをこちらへ引き戻すお約束はできますが、手足の一本が捥げる程度の代償を支払うことは、覚悟していただかなくてはなりませんよ」
「その程度なら問題ありません」
意図せず、覚悟をはらんだわたしの厳かな声音に、フォースタスが息をのんだのがわかった。
この日が来るまでの間、手足どころか、首も臓ももげて死んだ魔法使いや国民を嫌というほど見てきた。
今更じぶんの足や手や首が飛ぼうと、力が手に入るならばかすり傷のようなもの。
シュライス王、そしてリーガル国に勝つためには、太陽に相応しい力と強大な魔力がどうしても必要。
それを叶える唯一の方法は、わたしが大魔法使いになること以外ない。
そうフォースタスに伝え、魔法のレッスンは中止し、儀式に切り替えてもらったのだ。
「顕」
フォースタスが唱えると足元に魔法陣が現れ、陣の中央から杖が伸び出る。
先端に赤い宝玉が付いた杖を片手で大きく振りかぶると、魔法陣から暴風が吹き出す。
「儀式中、気をぬけば精霊たちに魂を喰い殺されます。大魔法使い以外の概念は捨て、意識を集中させてください」
フォースタスが杖を魔法陣に突き刺すと、釘をコンクリートに突き刺したような金属音が室内中に響き渡り、怯むことなく彼はその場に跪く。
「こちらへ」
差し伸べられた手をとり、わたしも魔法陣の中に入る。
「私の手は絶対に離さないように。私と同じように跪き、頭を垂れてください」
言われたことを頭に詰め込み、同じようにひざまずく。
【 我は求む、汝らの力を。我らに示せ、汝らの叫びを。聞き届けよう、我の力とともに 我は希求する 大魔法使いの力と冠を リリア・ルルーシュに与えよ 】
フォースタスが言い終えると、魔法陣の中からスライムのような物体が顕われ、パチンと弾けると視界が別世界に切り替わった。
視界は暗く、闇一色だ。
目が慣れてきたころ、闇から溶けるように現れたのは、大きな赤い球、茶色の玉、まばゆく光る玉だった。
「フォースタスか。ひさびさだね」
赤い球の中からケラケラ笑いながら話す声が聞こえる。
「ご無沙汰いたしておりました。炎の妖精王」
「今回は随分と物騒な魔法を所望ですね」
眩く光る玉が品よくふわりと舞いながら話しだした。
「お力添えいただけますか。光の妖精王」
「・・・・フォースタス?この玉は一体・・・・」
わたしが小声で問いかけると、フォースタスは今まで見たことないほどの冷淡な目つきでわたしを見下げていた。
「わたしたちの事を知らないの?第三王女さまはまだ鍛錬が足りないのかしら?」
「国の未曾有故、王と王妃からこの国の秘匿に関しては伝承させられぬまま別れております。わたくしからよく叱っておきます」
茶色の球が周囲をギザギザに浮遊しながら笑い転げているかのように飛び回った。
「ローズリーが陥落しリーガル領となりました。彼女に力を貸してほしい」
フォースタスの悲痛さを孕んだ低い声で紡がれた言葉を聞いたとたん、三つの球はおしゃべりをやめ、静かになり、彼のそばに浮遊する。
「王は?死んだのか?」
赤い球が、明らかにしょげた雰囲気で気を落とした声色でつぶやいた。
「王、妃、数百人の魔法使いが死にました。生き残りで国内にいる王族のものは、リリア様とファントム男爵のみです」
目の前にいるフォースタスの握る手が怒りに震えているのを感じ取ったからだろうか。
三つの光る玉は、息遣いも消え入る程押し黙っていた。
「我々は、王と王妃に免じて与していたんだ。統治するものがいないのならば、与する義理はない」
明るい光を放つ球は冷たい声色でそそくさと闇に消える。
その姿を見ているかのように、茶色の球も後を続く。
「リリア様は敵国に復讐するためにリーガル王妃となった。復讐に備え、大魔法使いの称号と、魔力を授けていただきたい」
「彼女の魔力は強いけれど、第一、第二王女よりも意志が弱い。それに、今は心の淀みを感じる。この器ではむりだわ」
「わたしが死に物狂いで鍛えます」
「対価にならない。この女の命でも足りないくらいだ」
赤い球が燃え上がるような炎を吹きだしながらこちらに近寄ってくる。
その瞬間、目の色を鋭く変えたフォースタスは杖を傾け、球めがけて勢いよく落とした。
炎はつぶれるように二つに分かれ、杖の圧力と魔法の力ではじけ飛ぶように散り砕け、その様を見ていたほかの二つの球は、ぎょっとした雰囲気で離れた場所で浮遊している。
「おれの言うことが聞けないのか」
長い髪の毛を手でかき分けると、眉間に深い皺を刻んだ明らかに不機嫌な表情のフォースタスが、衝撃でズレたモノクルメガネの柄を指で直していた。
彼が杖を床に打ち付けると、真っ赤な血文字のような魔法陣が現れる。
陣の中からドス黒い煙が昇り立ち、三つの球を包み込むさまは、圧倒的な力に抗えない者を追い込み、確実に殺すという執念を感じる。
「契約者フォースタス・オスキュルテ名の元に、汝らの与する一族リリアに力を授けよ」
三つの球を包み込んだ黒い煙の中がバチバチと音を立てだしたあと、一気に閃光を放ち虹色に輝きを増す。
その明るさと変容ぶりに、わたしは思わず目を覆った。
指と指と隙間からかすかに見える光は、茶色、赤、黒の三層になって立ち上りだし、モクモクと煙を出し始めている。
「リリア様。あなたの今欲するものを強く念じてください」
フォースタスは、持っていた杖で綿あめを巻くように魔力を一纏めにすると、わたしに向けてその塊を放った。
「っ・・・・」
洪水のような魔力の波にのまれ、埋もれるようにわたしの体が消えていく。
――――――なにをねがうの
――――――なにがほしいの
小さい声が脳内で響き渡り問いかける。
「大魔法使いになりたい」
――――――強くなりたいの?
「なりたい」
――――――あなたにできるの?
「・・・・できる」
――――――耐えられるかな?
くすくす笑う声に耳をとられていると、頭の中に稲妻が落ちた様なひりつきを感じた。
「っ・・・・痛いっ」
痛みが引いた瞬間、濃厚で夥しい鉄の匂いが鼻腔に入り込む。
漂うそれは熱波を帯びていて、呼吸するたびに鼻や口がひりついた。
———嗅ぎ覚えがある。
舌を通る鉄の味が、遠くない記憶を呼び起こし始め、 心がざわつき、体が震えた。
瞑っていた瞼を開ける。
すると、目の前には、血まみれになったシュライスが立っていた。
「シュライス・・・・・?」
彼の見る視線を辿った面前には、ローズリー国の王と王妃が、おびえ切った顔で空虚に剣を振っている。
そうだ。
これは、あの日だ。




