敵国の王に懐柔おもてなしされました
部屋に戻ると、わたしは晩餐会の支度にとりかかった。
黒のタイト目のドレスに、装飾品はシュライスから貰ったネックレスと結婚指輪のみ。
シンプルな装いに控えめにつけたのは、ローズリー産のバラの香水。
瑞々しい香りに思わず目を閉じて深呼吸する。
三回ドアがノックされ、控えていたメイドが扉を開けると、黒のタキシード服に身を包んだフォースタスが入ってきた。
普段の彼の装いとは程遠い、卸し立ての固さの残るスーツに笑みがこぼれる。
「そんなに畏まらなくていいのよ。フォースタス」
「・・・・正装なら問題ないかと思いまして。変でしょうか?」
「タキシード姿のあなたを見るのは久しぶりですね。素敵ですよ」
「リリア様の二十歳のお誕生日の日にお妃さまから新調していただき、着させていただいた以来でございます」
にこやかに笑う彼のオールバックにした髪型は新鮮で、普段着慣れていないだけあって、タキシード姿なのになぜか可愛げがある。
「エスコートさせていただきます」
腕を差し出しいたずらっぽく片目をつぶる。
「お願いします」
シュライスが指定してきたのは、城の塔。
この塔は大昔に建てられたもので、ローズリー国中でもこの塔よりも高い建物はないほど高い場所に位置している。
お披露目や顔見世など、王室行事の際に使う部屋だ。
魔法鉄壁で囲われ、古代呪文によって編まれた鋼鉄のカーテンが敷かれた塔は、戦時中にお姫様やお妃さまを守るために作られた幽閉場所としても使われていた。
国が負ければ飛び降りて自害ができるし、勝てば王と共にこの場所から勝利を祝うことができることが、塔にした利点だと聞いた。
観音開きの白い扉を開けると、鳥かご状になった部屋が現れる。
部屋の真ん中には大きなテーブルと三脚の椅子。
シュライスは、その近くの窓辺に佇んでいた。
「陛下。リリア妃殿下をお連れいたしました」
フォースタスに呼ばれ、振り向いた彼を見て息をのんだ。
月華に照らされ、キラキラと光る金色の髪。
白のワイシャツに黒のパンツというシンプルな装いは、今夜のシュライスを際立たせるにはぴったりだ。
「晩餐会へようこそ」
シュライスに促され、緊張した顔で「失礼します」と言って入室したフォースタスは、恭しくわたしのために椅子を引いてくれた。
「ありがとう」
顔をこわばらせながらフォースタスも席に座り、その横にシュライスは座った。
「失礼いたします。前菜でございます」
「パテ・ド・カンパーニュだよ。様々な肉の部位をハーブと一緒にパテにしたんだ。ワインに合う」
彼がフォークで切り出しながら口に入れるのを見ながら、わたしとフォースタスも切り分けて口に運ぶ。
咬みだしていくうちに、なぜか懐かしさを感じていた。
わたしはこれを、この味を、食べたことがある。しかも、幾度も。
「この味は・・・・・。まさか」
フォースタスも同じ反応。ということは、この世界で一緒に食べたことがあるということ。ということは・・・・・。
「ルルーシュ王室に仕えていた料理人が復帰してくれたんだ」
シュライスが開かれた扉に目配せした先には、コック帽をもった男が佇んでいた。
目を潤ませながら、わたしたちを眺めたあと深々とお辞儀する。
「総料理長!生きておられましたか!」
大きな声で叫ぶフォースタスは今にも泣きだしそうだ。
「はい。おかげさまで・・・」
総料理長と呼ばれた彼は、声を震わせ応える。
魔法研究施設の人たちは全員名前を言えるほど親しいけれど、料理を出す人にまでは、王室の人間は交流がなかった。
だけど、彼が作ってくれていたであろう料理の数々や食卓の思い出は、一瞬で思い出せる。
「リリアとフォースタスの好物を作ってほしいとお願いしたんだ。 気に入ってもらえたらうれしい」
次々と並ぶ料理は手が込んでいて、肉や魚、野菜が満遍なく使われており、全てお酒に合う様に塩気は強くなっていたが、懐かしい風味や味わいに心が震えた。
食事は必ず、家族全員で食べるのが王室のしきたりだった。
姉とけんかをしようが、父上に怒られていようが、母上のご機嫌が悪かろうが、必ず食卓は囲んだ。
あの日々と同じ味が、また味わえるなんて思わなかった。
総料理長が「生越ながら・・・」と口火を切る。
「リリア様は果実や子羊がお好みだったので、本日はベリーソースを添えて、臭みのない子羊を使用しコンフィで調理いたしました。フォースタス様は、新鮮な魚介のポワレがお好きで、白ワインを毎日お召し上がりになっていたので、塩気を強くしております。最後にお出しいたしますのは、バラのブランマンジェでございます」
差し出された純白のブランマンジェには見覚えがあった。
夕食の最後には必ず出てきていたからだ。
中央にバラの花を象った砂糖菓子が置かれ、その周囲を葉っぱで彩られ、まるでバラの庭園を閉じ込めたかのように美しいその姿は、いつも出されていたものよりも豪華さを増していた。
そのことに気が付いた瞬間、自分への祝福が含ているのかもしれないと想像したらすぐにでも号泣しそうだったので、わたしは涙をのみ込むようにスプーンですくったブランマンジェを口に運ぶ。
「あなたの料理のおかげで、懐かしい家族の思い出に浸ることができました。ありがとう」
わたしの言葉に、料理長は「とんでもございません」と言いながら顔を下げ、足早に去っていった。
全ての食事を終え一息ついていると、ワインを一本飲み終わったシュライスが、気持ちよさげにバルコニーに涼みに出た。
フォースタスの顔が母親の様に、「陛下の隣に行きなさい」と言っている。
わたしは酔った体に気合を入れなおしシュライスの元に向かう。
少し頬が赤くなったシュライスの顔は妖艶さを増していた。
眺めているだけで、いけない雑誌を見てしまったようなきもちになる程の色気。
シュライスはわたしの雰囲気を察知したようで、口元に微かな笑みを浮かべる。
「ぼくのおもてなしはどうだった?」
「料理長を雇ってくれたのね。ありがとうございます」
「料理長だけじゃない、ローズリー城内の人間はみんな雇いなおした。きみがこの城に暮らしていたころと同じように、みんながいるんだよ」
その言葉に、わたしの心に靄が張り詰める。
一度壊れたおもちゃを組み直したことを誇るように、キラキラとした瞳を向ける。
幼さと危うさを映したシュライスの顔を月光が照らし、深く縁を象っている。
まだ、わたしには届かないところにいる人だとおもった。
「フォースタスには言った?あの名前」
「いいえ。まだ」
「彼に会えたら伝えてほしい。ぼくは、リリアを手離す気はないと」
「ディミヌエンドって名前、聞いたことがあるの。だけど、思い出せない。誰なの?わたしは会ったことがあるの?」
「会えばわかるよ」
シュライスはわたしに近づくと、風にそよいだ髪を細い指で絡めとった。
梳く様に流しながらも、わたしの目を見据え、離してくれない。
近くで見ると本当に綺麗な顔すぎて、わたしが彼の婚約者だなんて烏滸がましく自分から言えないと、見るたびに何度もおもう。
「リリアは、心を使いすぎるとどうするの?」
「寝るか神殿で回復するわ」
「武器を作ったらどれくらい回復に必要なの?」
「貿易に必要な数。例えば剣百本とかになると、二十四時間は必要です。けれど、私がだめになっても、他の魔法使いたちが代わる代わる創り出すから貿易上の問題ありません」
「きみはそれをずっと続けてきたの?」
「そうよ。父に着いて修行をしたの。長時間魔法を生み出しても耐えられるように」
「魔法を生み出すときって、痛いの?」
「攻撃魔法は痛い。人を殺めることを想像するし、鋭利さや強度によって創造の鮮明度を上げているから、あまりにも強い武器の時は、体に痛みも感じるときがある」
「・・・・リリアに武器は作ってほしくない」
「わたしの創る武器は評判がいいのよ。止めるわけにはいかない」
「フォースタスに任せるんだ」
「彼もまだ本調子ではないわ。戦でたくさん魔法使いが亡くなったの。みんな怯えている。暫くは、私が先陣に立たなければ」
「リリアが苦しい思いをするなら魔法研究施設は閉鎖する」
シュライスは真剣な目のまますこし怒った声色でそう言うと、わたしの頭を撫でた。
「きみはぼくと幸せになるんだ。それ以外、もう考えないで」
「充分幸せだわ。敗戦国の分際で物乞いもせず、あたたかい布団で寝て、食事ができている。これ以上の幸せなんてないとおもう」
「きみは昔から姉たちとは違う生き物だと己を卑下するように控えめで、まるで幸せになることを拒んでいるように見える」
シュライスのいう事は的を得ていた。
いつも姉たちに比較され、下に見られていることで安全を確保していた。
国の為にも、王室のためにも、そうしなければならなかったのだ。
自分の頭をなでながら、同情か、憐れみなのか、どちらも含んでいるような物悲し気な瞳でシュライスがわたしを見つめていたが、急にわたしから離れると、背中を向けた。
「魔法のレッスンの時間だろ?行きなさい」
「あ・・・・・えぇ」
「フォースタス、頼んだよ」
「畏まりました」
「おやすみ。リリア」
「・・・・おやすみなさい」
こちらを見向きもしないシュライスに、わたしは彼の問いかけに応えることなく部屋を出る。
扉が閉められる瞬間、シュライスの瞳がこちらを見ていたように見えたけれど、わたしは伏し目がちに扉を閉めた。




