謁見 コロンダイン国
「コロンダイン国、国王様、王子殿下!」
コロンダイン国の王は恰幅で色黒。
前世でよく見るおじさんの風貌そのままだ。
その隣にいる王子も倣ったようなチャラ男。
厳寒の季節にもかかわらず、日焼けした肌と肉体美を見せつるように胸元を開けた服に、肩から動物の分厚い毛皮を羽織っただけの風体で現われた。
香辛料のような、ハーブのような不思議な香りを纏って。
「シュライス陛下。リリア妃殿下。ご婚約おめでとうございます。並びに、リーガル国の属領拡大の祝いにはせ参じました」
「ありがとう、ロゴス・ミーティア陛下。そしてネフェスト殿下」
「祝いの席で恐縮ですが、陛下にご報告がございます。実は、わたしは王を引退することになりましてね。次世にネフェストを指名し王座を譲ることに相成りました」
「それはまた、急なお話ですね」
「色々と、無茶がたたりましてな」
「お酒ですか?まだ現役で?」
「相変わらずでございます。陛下もご一興、いかがですか?」
「生憎と、彼女の酌で飲む酒に夢中なもので」
「ほぉ。リリア妃殿下もいけるくちですか!」
そういってお猪口を口に持っていく仕草はおじさんそのものすぎて、「えぇ」と軽く応えながら笑いをこらえる。
「酒の強い女は良い女だ!女傑を貰いましたな!」
「ありがとうございます」
酒場で酔ったような世間話が続く。
わたしは王の話を耳に入れながらも、一言も発しない王子に視線を移した。
コロンダイン国は、ここからはるか南にある。
広大な砂丘の中に一城を擁する孤高の都。
過去の貿易名簿に載っていたので国の名前は知っていたけど、わたしはこの国の人には会ったことがなかった。
南の人らしい日焼けした肌。
新緑を閉じ込めた様な色の瞳。
長い黒髪を束ねた端正な顔立ちの王子は無聊漂う顔で立っていたが、わたしの視線に気が付くと、途端に跪く。
「本日はおめでとうございます。リーガル国の新たな発展、並びに王妃就任をコロンダイン次期王として、心より慶祝申し上げます」
「リリア?」
見た目と違いすぎる真摯な言葉を発する王子に呆然としてしまい、シュライスの声で正気に戻り、慌てて言葉を返す。
「有難うございます。これからは、リーガル国とコロンダインとの友好に傷をつけることのないよう、王妃として尽力致します」
「此度の戦争は大戦となり、ローズリー国の被害は甚大なようですなぁ。しかし、敵国の王妃となって、国民に尽くすその不惜身命の精神は感服いたします。いやぁ、潔い!」
謗るような言葉の数々を耳にしながら頭に防波堤を敷く。
反論する気にもなれず、しかし顔色に注意しながら、返答するのを辞めた。
「シュライス陛下は王子のころから眉目秀麗。剣の腕も立ち、軍師としての才能も父上が健在のころから研鑽していらした。第三王女のあなたには想像もできない程の修羅をくぐってきた身分を支えるのは些か骨が折れるでしょうが、大丈夫!なんとかなります!」
語尾の部分だけ、沖縄弁のなんくるないさ一的な何かだとおもったので、一連のちくちくした嫌味ではないことだけは分かった。
順調にわたしの中で鬱憤がたまりはじめていたが、シュライスが目を細め、視線でわたしを諫める。
「王妃の力はこれからの貿易の要となる。コロンダインは武力行使の国。手練手管なら手段を択ばないことで国を発展させてきたのは、強国間では周知の事実。あなたのおじい様の代からローズリー国との関係が芳しくなくなり、武力強化に手こずられているようですね。ですが、リリアがいれば、ローズリー国の魔法研究施設も問題なく稼働し、今後はリーガル国からの輸出となる。彼女とは仲良くしたほうがいいですよ、ロゴス陛下」
その様子を黙ってみていたシュライスの必殺氷の微笑と、威圧感を帯びた低声は、ロゴス王を一瞬で怯えさせるのには充分だった。
「わかりました・・・・」
震える声で応えるロゴス王を見下げながらシュライスが僅かに微笑んでいるのを、わたしは見逃さなかった。
「謁見を終わります!」
重い扉が閉じられ謁見が終わると、背後に控えていたフォースタスがわたしの肩を叩き、労いの微笑みを落とす。
「お疲れ様です」
「・・・・長かったわね」
「それだけ諸国の興味がリリア様に向かっている証拠でしょう。政略的に見ても、喜ばしいことです」
ふと隣を見ると、シュライスがこちらの様子を眺めている。
「入国を進言すると思わなかったよ」
入国とは、ミュゲ国のことなのだろうとおもう。
「ローズリー国での関係を引き継いでいくのかと思っていたから」
「リーガルにとってはよい関係先なんでしょ?ならば譲歩しておいて損はないわ」
「賢明な判断だ。えらいよ、リリア」
シュライスがフォースタスの方を見据え、彼に寄る。
王の方からじぶんのプライベートゾーンに入ってきたことに戸惑っているのが見て取れる。
「晩餐にはきみにも同席してもらいたい」
「・・・・王と王妃の食事の場に側近は同席しないのがルールです」
「彼女と片時も離れないんだろ?公言道理にすることを許すよ」
「・・・・・では、部屋の外で待機いたします」
「三人で食べるんだ」
「君主と同じ膳を囲むなど滅相もございません」
「食事をするときは、王ではなく、ただの男だよ」
その言葉にフォースタスの顔色が変わる。
シュライスは柔らかく笑うと「あとでね」と小声で囁き、大臣たちと部屋を出て行った。




