謁見 サニタリア国・アマゾニア国・天空国
「疲れていない?」
昼食のサンドイッチをほおばりながら、シュライスがわたしに問いかける。
「だいじょうぶです。陛下」
「二人きりなのに。なんで敬語なの?」
「・・・・二人きりじゃないからです。陛下」
「わたしのことはお気になさらず。花か鼠とでもおもってください」
窓辺から差し込む日差しを浴びながら、優雅に紅茶を飲む青年。
銀髪がキラキラと光り、色素の薄い瞳がさらに薄く透き通っている。
昼食をとるからと、シュライスがアルドを呼び寄せたのだ。
理由を説明せずに招いたので、扉の外では、心配して聞き耳を立てる人々の気配を感じる。
「アルドは年が近いし、友人のようなものだ。どんな扱いをしても問題ないよ。造花か野ネズミだと思っておこう」
「アンダーヴィレッジの領主にそんなことできません」
わたしがアルドのカップにお茶をつぎ足しながらシュライスを諫めていると、アルドが淡い微笑みを浮かべながらわたしたちを眺める。
しっかりとした視線、正義感の漂う声音、理路整然とした話し方は、わたしがもし彼の部下だとしたら、身を賭してついていきたくなりそうな信頼感に満ちている。
彼が、あのアンダーヴィレッジの領主だなんて未だに信じられない。
「午後の謁見主要国は、サニタリア国、コロンダイン国、アマゾニア国、天空国か」
「ぼくは呼んでないんだけどね」
「合法的にこの国を見るための既成事実です。それにしても、この四国が揃うのは厄介だ。アンダーヴィレッジからも護衛を足しますか?」
「きょうは敵国も混ざっているから、皆が目光鋭い。隠密で動けるか?」
「はい。リリア妃殿下には大賢者様が付いておられるようなので問題はないと思いますが、不測の事態も予想し、おれが直接管轄します」
「この四国は、リーガル国にとってそれほど危険な国なのですか?」
わたしの素朴な疑問に、忙しなく書類に目を落としていた二人の視線が止まる。
「この四国とリーガルの間には、数百年に渡って戦争を交わしてきた因縁があるんだ。ぼくの父の代だけでも数十回は戦争を仕掛けられている。まぁ、こちらがずっと勝っているんだけどね」
「そんなに?でも、最近の大戦ではローズリー国との戦争が一番大きかったと聞いたわ」
わたしの言葉を聞いたアルドは、書類を文机に置き、静かにわたしを見据える。
「殺めることだけが戦争とは限りません。精神を破壊する、心を支配する、風紀を乱す、規範を潰す、病を流行らすなど、人や国を侵す方法はいくらでもある」
つまり、目に見える大戦だけではなく「目に見えない大戦」が国内で繰り返されてきたということ。
わたしの知らない間にも戦争は幾たびも起きていたのだ。
その事実があったことに、リーガルが戦勝国といわれる謂れを実感した。
「リーガル国は、そのすべての戦禍を潜り連勝してきた。この功績を慮りながらも、属国として納めたがっている国は後を絶えません。この四国は王の代替わりをしながらも、その執念を国家規律として掲げ続けている。しかし、彼らが定期的に戦を熾してくれるおかげで、我々の力の誇示を刷新することができる。その点だけは、彼らと関わる上での利点ですね」
「そう・・・・ですね」
そう零すしかできないわたしの目の前にシュライスが跪き、わたしの手を取った。
「リリアは知らないだろう?ぼくの妃になったことを知っても尚、きみを手に入れたがっている国は沢山あるんだ。彼らはその代表格みたいなものかな」
「なんのために・・・・」
「ルルーシュ一族唯一の魔法使いとしての力。そして、きみに託された運命にみんな興味があるんだ」
「わたし、まだ大魔法使いにもなっていないんですよ?魔力だってそこまで・・・・」
「今夜、フォースタスとの魔法のレッスンがあるよね?」
「え・・・・はい、ございますが・・・・」
「その時に伝えなさい。ディミヌエンドに会わせてほしい、と」
「ディミヌ・・・・エンド・・・・?」
聞き覚えのない名前のはずなのに、懐かしい気がする。
その温度差に眩暈を起こしかけたとき、シュライスがわたしの手を握った。
「さぁ、昼食は終わりだ。行こう」
シュライスは優しく微笑みかけると、そのまま外へ出て行った。
アルドも、手に持った資料を整えてから彼の後に続く。
言われた名前を何回も心の中で反芻しながら、わたしも彼らの後を追った。
数十カ国の小国・隣国との謁見が終わり、敵対視している主要国との謁見が始まった。
「サニタリア国王さま」
室内に入り、既に目の前にいたのは、昨夜のパーティーで話した王だった。
変わらないやさしい瞳をわたしに向けている。
「お初にお目にかかります。ルクロア陛下」
シュライスがそう口火を切ったのを聞いて、おもわず彼を見る。固い表情のまま、訝しむように観察していた。
「本日はおめでとうございます。父の代では大変お世話になりました」
「国王就任の式には顔を出せず申し訳ありませんでした」
「とんでもない。謁見させていただけただけで光栄です」
「王妃とはもう面識があるようですね?」
「昨夜のパーティーで歓談させていただきました。美しい妃を娶られ、同じ一国の王として羨望に堪えません」
「あなたの端麗な風貌に惹かれる王女は多いはずだ。研究ばかりしていると、婚期を逃しますよ」
「・・・・・痛いところを突かれますね」
「前国王は、吸血鬼と人間の亜種の研究を志半ばに中断されたと聞いた。あなたが引き継いでおられるのですか?」
シュライスの言葉に、彼の顔から微笑みが消える。
平淡で冷徹。
先ほどまでとは別人のような変わり様に、おもわず背筋が冷えた。
「父の研究には費用を投資しすぎた。回収できる程の成果もなかったので、放棄いたしました。しかし、妙ですね。この研究は、国内でも知るものは少ないはずなのですが・・・・」
「世界各国周知の事実ですよ。覚えておいてください」
「・・・・・ご教示痛みいります」
ひきつった目。強張った顔。綺麗な顔が歪むさまを見ただけで、心中穏やかではないのが一目瞭然だった。
わたしのほうを見ることもせず踵を返す姿を見ていると、隣でシュライスがくつくつと笑う声が聞こえた。
「ふっ‥‥彼は敵にはならないな」
蔑むように吐き捨てるシュライスを横目で一瞥する。
「公の場ですよ、陛下」
「彼の父親は、人間と吸血鬼を交配させて亜種を創る実験をしていたんだ。我が国からも、吸血鬼の国からも行方不明者が出ていて未だに見つかっていない。咎めることもできたけど、今日まで泳がせてきた。だが、彼の反応を見て確信できた。そろそろ攻めても良い頃かなっておもってる。どうおもう?リリア」
氷のような視線。金色の瞳の奥が淀んでいるのを見たら、どんな言葉も届く気がしなくて、何も応えられなかった。
「アマゾニア国女王様!」
「失礼するぞ!!」
大きな声にはっとして目の前を見ると、女性の姿があった。
艶のある長い黒髪。臙脂色の瞳。タイトな黒のドレスが匂い立つような彼女の色気を引き立てている。
「メティシア・ハイントだ」
短く名前を述べた後、自分の背後に控えていた人たちに目配せする。
各々、数冊を本を持って彼女の前に跪いた。
「妃と言えども、これからの時代は教養がものを言う。わたしからの餞別だ」
わたしはフォースタスに目配せして、彼らからの餞別を受け取ってもらう。
「アマゾニア国の蔵書ですか?こんなに貴重なものをリリアに?」
「我が国では、魔導書の所蔵率は世界一を誇り、この瞬間にも世界中の知見が記され続けている。彼女はアマゾニア国に来たことはないだろう?ならば、こちらから赴くまでと出向いたまでの話だ」
「お気遣いいただき恐縮です」
「女は痛い目を見る。それが男優位の世界ならなおさらだ。リリア妃殿下は、第三王女の身分でありながら、きみの妃になったと聞いた。敗戦国となり、天涯孤独の身のまま有利な選択肢を剝奪され、王族として断を下さざるおえない。その屈辱は想像を絶するものであったとお察しする」
彼女の言葉に室内が慌ただしくなったのを感じながら、清々しいほどはっきりと、そして清廉とした声でそう言う彼女を見ながら、わたしはこみ上げる気持ちを抑えるのに必死になっていた。
「アマゾニア国は女系国家だ。悪い虫が付く機会はない。きみが許してくれるのならば、友好の印に彼女を我が国に招待したいのだがいかがだろうか」
「どうかな?」
シュライスがわたしを一瞥した。
イエスと言っていいのか、ノーが正解なのか。どちらとも取れない。
けれど、目の前にいる気高さに満ちた女性がわたしの心を汲める人であることは間違いない。
「慎んでお受けいたします」
わたしの言葉に細く笑うシュライスの笑みを感じながらも、目の前にいる女王を凝視した。
「ありがとう」
先ほどの勇ましさとは打って変わり、穏やかに微笑んだ女王の姿に、わたしまで笑みがこぼれてしまう。
「リーガル国の更なる発展をお祈りしている」
清々しさを纏ったまま彼女が去る姿を見ているだけなのに、なぜか同志を見つけた様な安心感さえ感じていた。
「彼女は両親を暗殺し王座に就いた女王だ。何があったかは憶測の域をでてはいないが、察するに、王に問題があったんだろうね。男性嫌悪までとはいかないけれど、排除市勢があるのは事実だ。赴く場合は護衛をつけるよ」
「わかりました・・・・」
次からつぎへと、曰くが深すぎる。
彼女の男性嫌いはそこからきているのか、それとももっと深いものなのか。
わからないけれど、彼女と近づくと決めたのは自分なのだ。
しっかりしなければ。
「天空国国王様」
颯爽と入ってきたのは、羽の生えた人・・・・・。
「羽・・・・?」
真っ白い羽が優雅に空間を移動することにくぎ付けになりながら、その主を見る。
蜂蜜のような瞳。髪の毛からまつげ迄金髪の美青年が機嫌よさげな微笑みを浮かべながら、軽くスキップを踏みつつ進み出ると、わたしたちの目の前で止まった。
「お久しぶりだね!シュライス!」
「レイ陛下。お久しぶりでございます」
「あなたがリリアだね!この度はご愁傷様&おめでとうだよ!なんだか変な感じもするね!言い得て妙だ!」
「・・・・・あり・・・がとうございます?」
「きみの父上と母上の魂はぼくが見送ったよ。我々の国を通らなければ天界には向かえないからね。だいじょうぶだよ」
「天空国はこの世とあの世を繋ぐ国で、彼は国王として君臨しながらも、地上で朽ちた魂を精査する監査官の任を神から受けておられます。額面通りで間違いないかと」
背後から耳打ちしたフォースタスの言葉を聞いて初めて合点がいった。
天空にいる国の王ならば、羽が生えていてもおかしくない。
少し変な言葉遣いでも、特に気にならなくなった。
「今回の戦争もまた激しかったようだね!シュライスはどこまで進軍するんだい?」
「天空にまでは参りませんよ」
「地上ならば悉く統べたいと?!」
「器量相応にいたしますよ」
「リリアを手に入れたきみはいまや世界中の風説の的!これから忙しくなるね!」
「奥様と復縁なさらないのですか?いいものですよ、結婚は」
「・・・・・うちはぁ・・・・いいじゃないかそれは・・・・」
先ほどまでのハイテンションが掻き消え、低い声で唸るようにつぶやく。
心なしか羽も萎れている気がする。
「今次の戦後は夜盗が少なかった。なぜかと思い警備を増やしました。すると、火葬屋の刻印のある馬車を見つけたと報告が上がった。彼女がいる場所には破滅と終末がある。ゆえに、姿を見た場所には人は寄り付かない。幸い、死者の大半の火葬は終わっていましたが、場合によっては、墓荒らしと間違えられても文句は言えない。マリアに伝えていただけますか?我が国に入国する場合は、ご一報くださいと。つぎはない、と」
シュライスの言葉に室内が静まり返り、レイ陛下の顔からみるみるうちに笑顔が消え、その代わりに引き攣った表情が滲み出る。
緊張感の漂うなか、レイ陛下がわかりやすく大きなため息をつく。
「きみはいつまで敵を増やし続ける気だい?妃を娶った今、幸せに生きていければそれでいいのではないのか?」
「幸せとは、施しに依るものではない。そして。永久不変を保証されるわけでもない。わたしにとっての幸せとは、この命尽きるまで戦い、国を護り続けることだ。今生で、飽和に達することはございません」
笑顔で淡々というシュライスを見るレイ陛下の瞳に猜疑の色が帯びている。
「愛は人を変えるのかな?シュライス」
「さぁ。ぼくは初婚なもので」
「・・・・リリア妃殿下!いつか、我が国にきたらいい!きみは魔法使いだから空は飛べるのだろうが、天空にまでは飛べないだろう!?天界はきもちがいいぞ!」
「はい。ぜひ」
「では!本日はおめでとう!!」
二枚の羽を震わせると、レイ陛下はそのまま窓を開けた。
片足をかけ、窓から体を傾ける。
「・・・・えっ?えっ?!」
「さらばだよ!!!」
「お元気で~」
背後でシュライスが興味なさげに見送りの言葉をかけたと同時に、レイ陛下が身を投げ、羽を羽搏かせながら大空へと旅立っていった。
シュライスとフォースタス以外、開いた口が塞がらない。
「さぁ。次で最後だ。入れなさい」
シュライスの声と共に室内が動き出す。




