謁見 ガーリシア国・ミュゲ国・ガルディア国・アンダーヴィレッジ国
「最初の四か国はリーガル国に友好な国です」
ということは、それ以降は敵または敵とみなす国。
フォースタスに耳打たれた言葉を胸に留めてから、わたしは目の前を見据えた。
続々と謁見室に入ってくるのを見ながら、ふと、一組目の王の隣に控える体の小さな王子様が目に留まる。
王子の服を纏っているが、見た目はまるで女性。
線は細く、背も低く、長いまつげに大きな瞳、女性らしい唇。
見れば見るほどの美少女。
「ガーリシア国王王子ご両人」
フォースタスと同じ位の背の高い王と、美少女が前に出たことに、小さく息をのむ。
「本日はおめでとうございます」
「お会いできて光栄です。テオドール・ケンハイト陛下。そしてエミル王子」
「シュライス政権のお噂はわが国にも届いております。亡きお父上も此度の婚礼をお喜びのことでしょう」
「父はガーリシア国のワインとオリーブが好物でした。ぜひ、新国であるこの国にも納めていただきたい」
「我が国の貿易は、王子のエミルにすべて任せております。貿易協定の際にご進言ください。格段の取り計らいをさせていただきます」
ガーリシア国は川と山に囲まれ、その恵まれた豊穣さから作物で財を成した国。
各国を渡り歩いた流浪商人だったテオドール氏が、ガーリシア国の食べ物に感動し、さらに作物を豊かにするため、自らの知見を伝道したという。
その功績から、当時の王に指名され国王になった。
そう、フォースタスの授業で習った記憶がある。
シュライスと王が会話をする中。
わたしはエミルと呼ばれる王子を見ていた。
白く美しい肌、赤い髪、見れば見るほどの美少女。
その彼女を王子と称するには、些か無理があると思った。
穴が開くほど見ているわたしに向かって、エミル王子が視線をぶつける。
こんなにも不躾に見つめてしまったわたしを咎める様子すら感じられない大きな瞳の奥を、改めて真っすぐ見詰めてしまう。なんて美しいんだろう。
ふと我に返ったわたしは、ガーリシア王に視線を向けた。
「お初にお目にかかります。これからのリーガルとの友好を確固たるものにできるよう、王妃として国の一助を担って参る所存でございます」
「雄弁な。聡明な王妃を獲られたリーガル国は、シュライス陛下の代では安泰ですね。これからもさらなる発展をお祈りしております」
王と王子は丁寧にお辞儀をし、部屋を出て行く。
「エミル王子は男ではないよ」
前を向いたままわたしに聞こえるような微声でシュライスが教えてくれた。
「・・・・やっぱり」
「女性同士だとわかるんだね。ぼくは一目ではわからなかったんだ。あまりにも悟った目をしていたから。ガーリシア国には代々王子が生まれないという呪いめいた迷信がある。そのため、女性が生まれた場合、王子として育て上げる教育方針があるんだ。男系による君主制は根深く変えられないものだからね。だが、彼女はその運命に立ち向かった。王子の名に恥じない剣の鍛錬、魔法訓練、徹底した男社会での教育を仕込まれたエミル王子は、他国からも一目置かれる実力をつけた。ぼくから見ても、彼女は王子の冠に相応しい人格者だとおもう。また会うときは、仲良くしてあげてほしいな」
身内だけでも強い女性はたくさん見てきたつもりだ。
でも、彼女たちと比べるのも烏滸がましいと思った。
本当に強い人は、強さを見せつけて生きていないのかもしれない。
わたしは、斜め上から彼女を見たことを反省していた。
「ミュゲ国王さま、ならびに王子のご両人」
二組目に颯爽と現れたのは、背の高い妙齢の王。
その面影をコピーしたような王子が後ろを歩いている。
二人の姿に室内にいたリーガル国の関係者の空気が張り詰めたのがわかった。
フォースタスに目配せすると、彼は軽く首肯した。
ローズリー国にとっては敵国でも、リーガル国にとっては戦線協定を結んだ味方だという意は瞬時に感じとれた。
薄いグリーンに白の軍服は目にも優しい配色で、彼らの聡明な雰囲気を引き立たせている。
若い頃は相当なイケメンだったのだろう思い浮かばれる品のある顔立ちの王が、長い脚を折り頭を垂れた。
「両国の統合成立、そしてご結婚。誠におめでとうございます」
「ムエット王。イルシュタイト殿下。お会いできて光栄におもいます」
「本日はおめでとうございます」
「ひさびさだね、イルシュタイト殿下」
「はい。寄宿舎時代以来でございます。再びお会いでき光栄でございます」
「懐かしいね。同じ寄宿舎にいたリリアだ。覚えているだろ?」
シュライスにそういわれ、彼はわたしを眇めたが、すぐに目の前に戻す。
「・・・・同じ寮ではなかったかもしれません」
「そうか。ぼくたちはそこで初めて出会ったんだよ」
その言葉を聞いた途端、まるで品定めでもするように上から下までわたしを眺めた。
深海のような青瞳に、銀髪の髪。
目鼻立ちの立った顔は目立つはずなのに、わたしが彼を見た記憶はない。
顔に似つかわしくない、卑しさの残る視線さえ除けば、理想の王子様そのもの。
正直、直観的に、苦手なタイプだとおもった。
けれど、ミュゲ国を攻略することは、王妃としての勤め。
広大な土地を持ち、自然を使役する魔力をもつミュゲ国は、心を使い、魔法を生み出すローズリー国と似ている。
彼らとの国交がなかったのは、お互いの源が似ていることも影響していたのだと聞いたことがあった。
わたしが彼らからの与を得るという事は、きっと意味がある。
「お祝いのお言葉痛み入ります。リーガルの王妃として、国交の一助を担える存在となるよう精進してまいります。至らぬこともあるとはおもいますが、ご指導ご鞭撻ください。ムエット王、そして、イルシュタイト殿下」
わたしがまっすぐに彼を見つめてそう言うと、イルシュタイトは俯きがちに視線を落とした。
「ルルーシュ一族は聡明で美しい王女を残されたのですね。わたくしたちでお力になれることがあれば、なんでもおっしゃってください。王妃のためにお力添えいたしましょう」
思いがけないミュゲ王からの申し出に、わたしは間髪入れずに「では」と話をつづける。
「そのお言葉に、甘えてもよろしいですか?」
「美しい女性からのお願いは断れない性分でして。喜んで伺いましょう」
「ミュゲ国に視察に入りたいのです」
「視察、ですか」
「わたくしの父と母は、ミュゲとの国交はなかったと記憶しています。ローズリー国の資産である心を使って魔法を生み出す力と同等の力を持つ国を見てみたいのです」
「わかりました。ミュゲの王として、歓迎いたします」
「有難うございます。日程は追ってお伝えいたします」
わたしたちの会話に眉を動かすこともなく、イルシュタイトはただ目の前を見て黙っている。
友達になるきっかけを待つ受け身のものなのか、嫌悪なのかわからないまま、ミュゲ国の謁見が終わった。
三組目に現れたのは、細身の少女。
「ガルディア国女王さま」
彼女が室内に入った瞬間、空気が変わるのが伝わってきた。
桜色の瞳に白銀の長い髪。
女王というより姫のような愛らしい風貌に、誂えたような純白のワンピース。
その胸元には、オリーブの枝を模したブローチが付いている。
目の前で膝をついただけなのに、妖精のように可憐で花のように嫋やかな所作に見惚れてしまう。
「テレーズ・サントリアでございます。お二人の門出に、そして新たな新国の発展に祝福を!」
その言葉のすぐ後。室内に風が起き、キラキラとした光の粒がわたしたちの元に運ばれ、ほのかに温かい風に体を包み込まれる。
ふわりとあまい花の香りがして、わたしは思わず目を閉じて吸い込んだ。
「お久しぶりでございます。聖女テレーズ」
「シュライス陛下もご健在で何よりですわ」
「世界の灯の灯の護りは?」
「この体はわたしの意識。本体は世界の灯にございます」
「幻影、ということですか」
「リリア王妃とは初めてお会いするというのに、直接お会いできず、申し訳ありません」
桜色の瞳が困惑に揺れ、申し訳なさそうな表情でわたしを見た。
噂に聞いたことがある。
遥かかなたのその先に在る聖都ガルディア国。
聖職者とともに、一人の聖女が世界の灯を護りつづけることで神々の庇護を受けるこの世に二つとない聖域を持つ国。
聖女を信仰するもの。世界の灯を信仰するもの。
各国から信者が入国し、どんな身分の者も受け入れることで国としても発展し、灯を護る勤めも滞りなく護られてきたという。
数千年に渡って護られてきたこの灯が消えかかるとき、世界は崩壊に向かっている兆しを示す。
それらを看視し、灯を絶やすことなく護りつづける聖女は、代々同じ血族の者が担う。
彼女がその一族の末裔であり、ガルディア国を治める女王。
実際に目の前にすると、その謂れを思い出し、圧倒される。
治外法権を持ち、彼女の予言や忠告は絶対的権力を持つという。
そんな国と交友があるなんて。
わたしは、リーガル国の覇権の広さを思い知らされていた。
「いつかガルディア国に行ったら、いろいろなお話聞かせてください」
「えぇ。お待ちしておりますわ」
ふと見ると、穏やかに微笑む彼女の足が消えかかっていた。
「幻影を飛ばすのは限界がございます。わたくしはこれでお暇致しますわ」
「来てくださってありがとうございます。世界の灯を頼みます」
「シュライス陛下。あなたが戦争を起こした日、世界の灯は消えかかりました。それほどに、此度の戦争は激しいものだった。あなたの影響力は、あなたが想像するよりも遥かに強力です。既に、感化された国が戦争を起こしている。つぎに戦争を興すときは、ぜひわたくしにご相談ください」
「肝に銘じておきます」
とても静かに、だがしっかりと意志を持った声で、諭すように話す彼女の目に笑みはない。
消えかかる幻影に向かって、シュライスは満面の笑みで微笑みかけている。
二人の間に在る相いれない境界線を感じながら、わたしは彼女に向かって軽く首肯した。
彼女との謁見が終わると、四組目の声が上がる。
「アンダーヴィレッジ、アルド・アルトゥール様」
その声に、室内がざわめく。
「アンダーヴィレッジの人間を入れたのか?」
「アルドがこの城に?奴の姿なんて見なかったぞ」
「どうせ隠れていたんだろう。表に出られる身分ではないからな」
嘲笑が支配する中、グレージュの髪に同色で誂えた瞳をもった精悍な顔つきの青年が現れた。
彫刻のようにはっきりとした目鼻立ち。
首元迄きっちり着込んだグレーのタキシード姿は背の高い彼を際立たせている。
足が悪いのか、柄の部分に大きな宝石を埋め込んだ杖をつきながら歩き、わたしたちの目の前で立ち止まった。
「リーガル領内共和国アンダーヴィレッジの領主、アルド・アルトゥール。
招かざる客ではありますが、お祝いに参りました」
「何を言うんだ。歓迎するよ、アルド」
シュライスは玉座から立ち上がると、アルドのそばに寄り彼の前に手を差し出した。
アルドと呼ばれた彼はその手をとり、シュライスをそばに引き寄せる。
その行動に、周囲にいた人たちが駆け寄ろうと動くのを、わたしが視線で制止する。
他人を自らの領域に入れないシュライスが手を差し出し、その手を引いたアルドとの関係性は、わたしたち如きが侵入してはならないとおもった。
これは、直感だ。
「ジャトの目は大丈夫そうだね」
シュライスの目が杖に滑っていく。
けれど、その瞳の奥に笑みはない。
「戦後からアンダーヴィレッジ内が慌ただしい。リーガルの者もローズリーの者も毎日こちらに流れています」
「彼らはなにを要求している?」
「さぁ。あれだけ激しい戦争の後に、己の矜持が残っている人間の方がどうかしている。少し狂っているくらいの方がまともだ。即金の仕事を与えてやっているが、心的外傷がひどいものが多くまともには使えない。様子を見ます」
「わかった。これ以上流れる様なら、関所を設けて監査を入れる。必要な者だけきみの采配で選べばいい」
「承知いたしました」
シュライスは彼との会話を終えて玉座に座った。
アルドは、わたしに視線を移すと弧を描いたような笑顔を見せた。
その笑顔には幼さがあって、彼の風貌との差におもわず心臓が跳ねる。
「ローズリー国には行ったことはございませんが、人と魔法使い
が手を取り合い、共存している平和な国だと聞いたことがございます。そのような素晴らしい国との統合できたこと。リーガル国の人間として誇りに思います」
「そのようなお言葉を賜り、感謝の念に耐えません」
「我々アンダーヴィレッジの人間は、美しい妃と美しい王の誕生に、深甚なる期待を込めております。過去の軛を断ち切り、リーガル国を安寧へと導いてください」
色素の薄い灰色の瞳がまっすぐにわたしを見据えている。
わたしは彼に応えるように、目に一層力を籠め首肯した。




