大魔法使いになりたいので大賢者にお願いしました
城内は朝から殺気立っていた。
朝きっかり八時から。
王妃への謁見を申し込んだ各国の主要人たちが、馬車で群れを成して城下に並んでいるからだ。
その中には、戦線協定を結んでいない敵国も含まれているため、城内にも厳戒態勢が敷かれる中、わたしは謁見の準備を粛々と進めていた。
「フォースタスでございます」
金の刺繍が施された深いグリーンの軍服を纏ったフォースタスが、伏し目がちな表情でドアを開け、わたしの様子を窺っている。
「新しい軍服ね。素敵な色だわ」
「・・・・いささか不本意ではありますが」
フォースタスは少しすねたように言うと、室内に入った。
「こちら、二日酔いに効きます」
そういうと、ちいさな金平糖をわたしの掌に置いた。
ローズリー国では有名な二日酔いにきく薬である。
朝方までシュライスの晩酌という名の飲み会に付き合わされたわたしの疲労に満ちた顔を改めて確認する。ひどい・・・・。
渡し終わったフォースタスは、ベルベット生地でできた重厚な進行表を確認している。
「本日は、この後八時から夜の七時まで、五十国の王と王子からの謁見が入っております。 昼食は軽食をご用意いたしました。その後、お召し替え、陛下からのお食事のお誘い、夜の魔法のレッスンをわたくしと終えたのち、就業となります」
「ローズリー国にとって不利益だった国は含まれている?」
「はい。コロンダイン国、ミュゲ国が来ております」
「コロンダインは武力の国。ミュゲは自然を使役する国ね」
「彼らの目的は祝辞ではなく牽制。まともに心を砕くのは適宜にしてください」
「わかりました。それから・・・・」
「すべての捕虜、および魔法使いたちの家屋は魔法で造り直しました。全壊に対しては無償補填、半壊に関しても無償で提供しました。食事は、王室魔法使いのみなさまのお屋敷のキッチンをお借りし、ハーネスト以下の者たちで交代で食事を作り届けております。持病のある者には数日に一回、医師を派遣し治療をする予定です」
「ありがとう」
わたしが聞きたかったこと全てに対する答えをすらすらという彼を横目に、 黒のビロード生地のドレスの確認をした。
アイラインは強めに入れて、眉も少し太めに描いてもらった。
頭上に王妃の王冠をかぶせてからフォースタスに見せるようにくるりと一回り回ってみせると、わたしを見ながら優し気に目を細める。
「お美しく成られましたね」
「もう大人だもの」
「そうでしたね」
フォースタスは、目じりを下げてわたしに笑いかける。
彼の笑顔はとてもきれいで安心する。
例えるなら、優しい保健室の先生。
何か悩みがあるときは、必ず彼に相談してきた。
彼から漂う清廉潔白で生活感のない新品のシーツみたいなにおいは、なぜかいつも勇気をくれる。
変わらない、変わることがないと信じられる味方をやっと手に入れた。
もう一人ではない。
そう思うだけで、何でもできそうな気がした。
「本当に、大魔法使いの儀をご所望なのですか?」
わたしにだけ聞こえる声音で問う。
「えぇ。国民に会って決断しました。わたしには力が必要だと」
「陛下には?」
「気取られないように注意を払います」
「詳しい説明や心得は、後ほどお話いたします」
わたしは、大魔法使いになることを決めた。
大魔法使いの儀とは、大魔法使いになるに値する実力、心の強さ、精神力の強さがあるかどうかを精霊によって定められる儀のことだ。
この儀によって魔力が高まるというよりは、「魔力の質量の器が大きくなる」と説明したほうがわかりやすい。
器が大きく成れば、あとは中身を増やしていくだけ。
フォースタスも元は大魔法使い。
彼のような実力を持つことも、実質可能となるのだ。
今の実力ではどこまで行っても魔法使いどまり。
なるべく早く大魔法使いとなり、国の復権を果たすため、そして国民を率いるに見合う圧倒的な魔力が必要。
シュライスたちに気取られることなくできるかは賭けだ。
バレたとしても、儀によって大魔法使いになる「資格」さえ認定されれば、あとは修行するのみ。
わたしは、一か八かの賭けに出ることにした。
「ロイド軍師にはお気を付けを」
フォースタスの言葉に軽く首肯し、会話を終わらせ謁見室に入ると、シュライスが玉座に座っているのが見えた。
大臣と話をしながら視線をこちらの滑らせ、ふわりと微笑みを浮かべる。
先を歩くフォースタスを見送りながら、追う様に王妃の玉座に座った。
「おはよう。王妃」
「おはようございます、陛下」
「フォースタスもおはよう。今日から宜しく頼むよ」
「身に余るご厚情を賜り、大変感謝しております。本日より、リリア殿下のそばをひと時も離れない所存で職務を全うしたいと存じます」
「それは心強い」
シュライスは嬉しそうな声でそう言ったが、フォースタスの顔は笑っていない。
彼に嫌味は通じないのだ。
「そのドレス、ぼくのパーティーの時に着てきたものとは違うもの?」
「はい。今日のために仕立てました」
「似合っているよ」
シュライスにそういわれて、彼の王即位の日を思い出した。
あの日のことを彼は未だに覚えてくれている。
懐かしく、甘酸っぱい思い出は、遥か彼方にあるものの、思い起こされた今でもうれしい気持ちは変わらなかった。
「これより、謁見を始めさせていただきます」
従者の声が響き渡り、観音開きの大きな扉が放たれた。




