パーティーに来たのは、植士、人造魔物研究王、おじさんでした
結婚式が無事に終了し、謁見式が始まる前夜。
顔見世と称したパーティーが催された。
聞こえはいいが、その中身は接待だ。
酔っ払いの王、少し陰険な王妃、生意気な王子、お転婆な王女。
大学時代のサークルの飲み会や、教授を相手に接待じみた飲み会を思い出しながら、あのときいやいや行っていたスキルは、転生してから役に立ったと活用できたことに感謝した。
「まだ大丈夫ですか?」
フォースタスが背後から支えつつ小声でわたしに耳打つ。
「・・・・なんとか」
「ここからのグラスの中身はわたくしが注ぎます故、勝手に吞まないように」
釘を刺すように低めの声でわたしを窘めると、持っていたグラスをわたしに手に握らせ、目の前にいる人物を凝視した。
「ここからが本番ですよ、リリア様」
そういうとわたしの背中を強く小突き目の前の人物に差し出すように進ませる。
「こちらは医士として著名な功績をのこされながら、サニタリア国の王を勤めておられるソワン・ルクロワ陛下でございます」
フォースタスに促され、彼から差し出された手をとる。
空色を更に薄くしたような澄んだ青の瞳をもつ青年は、王と呼ぶより王子と呼んだ方が相応しい気さえした。
「初めまして。本日はご結婚おめでとうございます。わたしが招待された結婚式の中でも類を見ない美しい式でした」
「ありがとうございます」
「サニタリア国に来たことはございますか?」
「いいえ、たぶんないとおもいますわ」
「我が国は治癒と医療の国。未知のウイルスや治療が不可能だった病気を治すために各国から優秀な人材を集め、日夜研究に明け暮れております。あなたの母国には神殿という治癒システムがありますし、治癒魔法を生み出すと言う特殊な魔力をもっているとお聞きしています。その製法はいまも現存するのですか?」
「えぇ。わたくしも創れますし、国内出身の魔法使いある程度の魔力を持つ者なら」
「すばらしい!今度、作っているところに伺っても?」
「えぇ。ぜひ」
フォースタスに小突かれ背後に耳を傾ける。
「彼は闇で人造魔物の製造も行っているとのこと。これ以上は話を広げなくてもよいかと存じます」
正直信じられなかった。
澄んだ瞳にあどけなさの残る彼が作りそうな産物ではない。
微笑みを絶やさずにいる彼を見ながら、わたしは軽くお辞儀をした。
「おっと、失礼」
その言葉と同時に、わたしのドレスの裾に液体がこぼれる。
つま先にかかるほどの量のお酒だった。
おもわずかけた犯人を見上げる。
薄紫の髪に、濃い紫の瞳には縁の大きなメガネがかかっている。
細面のまつげが長い中世的な顔立ちの男性だった。
紀章はないが、グレーの軍服を纏っているところを見ると、城内の関係者だろうか?
「失礼いたしました!」
彼は焦りながら跪くと、わたしの裾に手を当てた。
「乾風」
彼の声と共にふわりと風が起こり、ドレスの下を乾いた風が通り抜けていく。
しばらくすると、すっかりドレスが乾いていた。
「ウェルギリウス・・・・」
背後でわなわなと静かに怒るフォースタス。
頭を掻きながらにこにこする、たぶん、魔法使い。
その間にいる、わたし。
「あ、ありがとうございます」
乾かしてもらったのは事実なので、とりあえず感謝をする。
「謝るのはこちらのほうです!少し考え事をしながら歩いていたもので」
「おまえ、外に出たのは何日ぶりなんだ?」
珍しくぶっきら棒に、そして投げやりに「おまえ」と称して話しかけるフォースタスにも驚きつつ、どすの効いた低音にたじろぎもせず微笑む男性を見てみるが、見覚えのない顔だ。
「前回の満月で国中の草木や花の植え替えや剪定をしてからだから、約一ケ月ぶりでしょうか?」
「ここがどこだかわかっているのか?」
「うん。リリア王妃の結婚式のパーティーだろ?フォンテーヌに着替えさせられている間に聞いたからね!フォースタスは彼女の先生なんだろ?王妃はどこにおられるんだい?」
「・・・・目の前にいる」
「えっ・・・・・」
フォースタスに告げられた言葉を聞いた途端、彼の顔が白くなる。
顔面蒼白とはよく言ったものだ。本当に白い。
わたわたと焦りながら、わたしの足元に跪き頭を下げる。
「わたくしの名はウェルギリウス・モンテ。リーガル国で植士をしております!陛下から、城内そして国中の花や植物の管理を仰せつかり入国いたしました!本日はおめでとうございます!そして、此度のわたくしの不躾に対しどうかご寛恕ください!申し訳ありませんでした!」
床に頭が付くのではないかとおもうほどのめり込んだ謝罪姿を見ながらフォースタスを見やると、やれやれと言った具合で深いため息をついている。
「植士とはどのようなお仕事なのですか?」
わたしの質問にうれしそうに顔を上げた。
紫の瞳の奥がキラキラと光っている。
「リーガル国では植物、花、自然の秩序を管理しています。その土地、季節、風土、気質、性質、地質を考慮し、常に最適な自然環境をみなさまに見ていただくための研究もしております」
「この国は見て回られましたか?」
「はい!地質も柔らかく土壌もよくて、扱いやすい気質かと!」
「恥ずかしながら、いまは花も草木も枯れていますが、戦争の前は自然豊かな美しい国だったのですよ」
「戦争が終わった土地では生の均衡が狂っていることが多く、また汚染が激しいため土自体が死んでいる場合が多いものです。しかし、ぼくが見たところ、この国の土は死んではいない。微生物が死んでは生まれ、生まれたものは増えていた。この国の生物たちは、生きることを諦めていないのです。いまは枯れ果てた光景が広がっていますが、必ずぼくが復活させてみせます。約束します」
迷いのない目。まっすぐな声音で約束を口にしたことに、胸がぎゅっとした。
「ありがとう」
わたしの言葉に目が見えなくなるほど笑う彼の笑顔を眺めていると、フォースタスが訝し気に見る。
「彼は動植物と天文学にも精通している学者でもあります。信用度は私が保証いたします」
「フォースタスのお知り合い?」
「知り合い・・・・というか、腐れ縁というか」
「フォースタスはぼくの恩人なんです!」
「恩人?」
「リーガル国で従事する前にいた国で奴隷として働かされていまして。その国を彼が征服してくれたおかげで、自由の身になったんです!」
大きな声で嬉々として云ったその言葉が室内に木霊する。
悪びれる素振りもないウェルギリウスの顔を眉間に皺を寄せた顔でフォースタスが睨む。
「・・・・征服ではない。救済だ」
「きみは言ったじゃないか。この国に蔓延った黒い連鎖を断ち切るため、今日この日を以ておまえたちはわたしのものだぁ!って」
「・・・・若かったんだ」
「何を言うんだ!今も若々しいよ!」
へらへらと笑いながらも、時折見せる澄んだ瞳をフォースタスに見せていることにわたしは気づいてしまった。
きっと二人の間にはもっと深いなにかがあるのだろうか。
そんなことを考えていると、ウェルギリウスがわたしの手をとった。
「あなたを一目見た瞬間から、フォースタスがあなたを選んだのは間違いじゃないことがわかりました。今夜は人生で一番安眠できそうだ」
彼は品よくお辞儀をすると、人の波間に消えていった。
疲れた体を引きずるように妃の玉座にたどり着くと、隣には、優雅にシャンパンをたしなみながら頬杖をつくシュライスが微笑んでいた。
「おつかれさま」
「・・・・おつかれです」
「王妃は大変だね」
優雅に足を組みながら飲む姿とへばっているわたしの姿をみながら、フォースタスが水を持ってきてくれた。
「捕虜となっていたローズリー国民すべての解放を確認いたしました。神殿にて全員の健康を確認次第、居住区の確保を行います」
耳打ちしてきたフォースタスの声にわたしは静かに首肯する。
その様子を眺めていたシュライスがにやりと口角をあげた。
「リーガルの人間は明日から入れるつもりだから、朝まで待つよ」
「わかりました」
今の時間は夜。
数万人規模の住居の確保などすぐできるわけはなかった。
けれどやるしかない。
フォースタスに目で決意を伝えると、落ち着いた様子で深く目を伏せる。
わたしはごくりと一気に水を飲み干して、落ち着いた頭で会場を見渡す。
その混雑した様子に、先が見えない程の人間の中を挨拶して回っていたのだなと俯瞰してぞっとする。
「シュライスはこの人たち全員、会ったことがあるの?」
「うん。リーガルと戦線協定を結んでいる国だからね」
「数百人はいるわよ」
「少ない方だよ。明日からは、隣国や敵国もきみの謁見にはいるからね」
「なら、少し仮眠してもいい?まだやることもあるし」
「まだだめ」
シュライスは妖艶な笑みをこちらに注ぎながらシャンパングラスを渡すと、一方的に乾杯した。
「今日は寝かせないよ」
「・・・・そういうのは違う日にしてください」
「何を想像したの?朝まで飲むってことだよ?」
「・・・・酒豪・・・・」
「たしなむ程度だよ」
今夜は確実に長くなると踏んでげんなりとしていると、こちらに歩み寄ってくる男の人の姿が目に入った。
「よぉ、王妃様」
なれなれしい口調で言い放った男の登場に、護衛の騎士たちの動きが慌ただしくなる。
そんなことはつゆ知らず、大きなつばの帽子をとって余裕の笑みを浮かべていたその人を見たとたん、わたしは息をのむ。
「ファントム伯父様!!」
黒髪、赤い瞳、全身を黒のマント姿の出で立ちは昔から変わらない。
この前電報蝶を出した伯父、ファントム・ルルーシュおじさんその人だった。
「・・・・その呼び方辞めろ」
「でも、おじさまはおじさまだから」
「お兄様にして」
「・・・・気持ち悪い」
「・・・・なんでだよ」
騎士や臣下の心配をよそに、シュライスの許可も取ることなくわたしは自分から彼に歩み寄った。
その光景に室内がどよめく。
わたしの顔を近くで見るなり、眉間にしわを寄せつらそうな表情を深くしながらふわりとわたしを抱き寄せた。
服からは、どこかの国の香辛料のかおりや嗅いだことのないハーブのような香り。
そして、知らない家の匂いがした。
「すまなかった。なにもできなくて」
「・・・・もういいから」
「おまえ、両親の死にざまを視たって、本当なのか?」
「・・・うん」
頭に寄せられた顔から、歯を軋ませたような音がした。
「・・・・おれが敵を取る。もう放浪しない。お前のそばにいる」
「そういって三年前に出て行ったでしょ?精霊がよんでるとかなんとか言って」
「あれは本当にそうだったんだ!」
「わかってます。伯父さんは繊細だから。でも、もう、一人は無理だとおもう・・・・」
伯父さんの顔を見ながら、自分の目にみるみるうちに涙がたまるのがわかった。
霞んでいるし、顔が見えにくい。
そんな自分の頭をなでながら、「わかった」と低い声で応えて、抱きしめる腕をゆるめると、シュライスの方へ歩みを進め、きつくにらみを利かす。
「うちの姪がお世話になっているそうで」
玉座の前で膝をつきお辞儀をしているが、眼光は徐々に鋭くとがり始めているのが見て取れた。
「お世話をしてるだなんてとんでもない。ぼくのそばで力になってくれていますよ」
「それはよかった。そうだ。今日からおまえの物になったんだっけ?おめでとうございます、シュライス閣下」
「物、だなんて。リリア王妃と呼んであげてください。ファントム・ルルーシュ男爵」
挑戦的な声色の年上の男を前にしても怯む様子はない。
シュライスは足を組み替えると、王座のひじ掛けに頬杖をつきながら見下す様に視線を落とす。
その姿は、傍から見ても圧倒的勝者の風格を漂わせていた。
怯むことなく立ち上がったファントム伯父さんは、シュライスを一層強く訝しむ。
「うちの国の生き残りをどこにやった?」
「国民も貴族も等しく、みな丁重に扱わさせていただいていますよ」
「・・・・死んだ奴らの弔いは?」
「終わりましたよ。記念碑と、石碑を立てる予定です」
「まだがれきの下には潰されたままのやつらもいる中で、なんてお優しい取り計らいだこと」
「お褒めにあずかり光栄です。男爵」
「リリアを選んだのは、個人的な感情か?」
それまで平淡な反応しかしなかったシュライスは、その言葉を聞いた途端、眉間にしわを寄せ、嘲笑するように鼻で笑う。
「自国の一大事に戦場にも出ず、両親よりも先に逃亡を図る姉妹よりも、青年期に恋をしていた女性を選ぶのは、男として至極健全ではありませんか?ぼくはこの国で大切にされている、心に従っただけですよ」
「リリアの両親を殺したことも、心のお導きなのか?」
ファントム伯父さんの言葉に応えることなく、にやりと口角を上げ、シュライスはグラスを煽る。
妖しく微笑む顔を前にして、嫌悪を隠さずに凝視する得体のしれない男の様子に、周囲にいる貴族たちがざわつき始めたのを見たシュライスが声を上げる。
「今夜はリリアの王妃即位祝いの宴です。男爵の意趣は明日、すべて聞かせていただきますので、本日はお引き取り願えますか?」
その場を収める様にいうと、シュライスがわたしに目配せする。
わたしは玉座に戻りつつ、横目で一礼し踵を返して会場を後にするファントム伯父さんを目で追った。
「はい。どうぞ」
満面の笑みで渡されたグラスを手にとりわたしは一気に飲み干した。
ぐいっとフォースタスの胸にグラスを押し付けたあと、お代わり!と要望した。
そのわたしの様子にシュライスが目を丸くしている。
「怒ってるの?」
頬杖を突いたまま不思議そうに眺めているシュライスを、わたしはぎろりと睨む。
「・・・・今夜は朝まで付き合ってあげる」
「ほんとうに?うれしいな!」
「そのかわり、わたしより先につぶれないでよね」
「これもきみが言う、勝負?なら、負けるわけにはいかないな」
にやりと笑ったシュライスは、真横のアイスペールになん本もボトルを差し込んで冷やしだした。
「ぼくが勝ったら、今日もきみを抱きしめて眠るね」
「わたしが勝ったら、あなたは床で寝て」
「いいね。床で寝るなんて、めったに経験できないから楽しみだな」
そういい合いながら、新たなグラスで乾杯した。




