転生しました。国が無くなりました。
意識がふわふわと揺蕩う中、閉じた瞼の中を痛いほど照らす陽光に目を開けると、軍服のようなものを着た人たちとドレスを着た女性が、心底ほっとした顔でわたしを見ていた。
「陛下!リリアが目覚めました!」
その時初めて、じぶんが死んだ事を自覚し、現在は「リリア」なのだと知った。
転生した世界での正式名は、リリア・ルルーシュ。
ローズリーという国の第三王女として地位を得ていた。
気候も領土も豊穣な土地ローズリー国は、心で魔法を使う魔法使いたちと、その国を愛し慈しみながら生きる人間たちが混在し、平穏な国とした名高い。
転生したては子供で、中学生くらい。
前世と変わったことは、大きな栗色の瞳に長いまつげ、明るめの栗色の髪。
いかにも王女という風貌になっていたこと。
この国の人たちは、幼いころからドレスをよく着るためか、コルセットで締め上げられたわたしの体は細く、腕や足も前世とは比べ物にならないほど華奢だ。
前世から引き継いだ能力は、どんな酒豪とでも朝まで飲める肝臓スキルくらいだと知ったのは、二十歳の自分の誕生日の祝いの席で他国の王と呑み比べをしたとき。
この世界のお酒は前世のお酒よりも度数が低いらしく、何を飲んでも大して酔わなかったわたしは、各国の王が集まる酒の席に必ず呼ばれた。
上司によく言われたわたしの「きもちいい飲みっぷり」を披露して懐に入りこみ、彼らからきもちよく話を聞きだして他国の内情を探る。そんな係を仰せつかっていた。
しかし、なぜ王女の身分でなぜこの無礼講が許されるのか?
それは、わたしが第三王女だから。
わたしの姉である第一王女、第二王女は、男性の前でお酒を飲む事さえも禁忌。理由は簡単で、一国の王を迎える身分は、王位継承序列によって決まっており、第一王女から順に結婚し次代の王候補を迎えなければならないので手厚く育てられるし、愛情を注がれて育つ。
その差別は目に見えるもので、第三王女と第一、第二王女とわたしの共通点は、「王室の人間であること」と、「教育、礼儀作法」くらいのものだ。
それ以外の着るもの、食べるもの、身に着けるものから見て取れる差は、天と地ほどの差があった。
しかし、第三王女の身分ではの特権もあった。
この世界を知るために書物を読み漁ったり、兵士たちと剣術の練習に混ぜてもらったり、自由に過ごさせたことは感謝すらしている。
そんなわたしと姉妹の間で、決定的な亀裂が生じた。
わたしに魔力があるとわかったのだ。
魔力検定というものがあり、生まれた時から定められた守護される属性(例えば、火、水、のようなもの)を明らかにできる検定を受けた。
幼少期のうちに判定し、その属性にあった魔法を覚える必要があるからだ。
しかし、ここ数百年は、ルルーシュ一族から魔法使い《ソルシエ》はでなかったため、大事になった。
わたしの属性は太陽。
太陽は国の繁栄を司るといわれるソール神の守護がかかるという縁起のいい属性。
しかし、王妃である母の顔は暗い。
「フォースタス。リリアに魔力があるというのは本当ですか?」
厳かな声音で、目の前に佇む黒づくめの魔法使いを、射貫くように見つめながら詰問する。
長く艶やかな黒髪を肩から流し、彫刻のような顔にはモノクルメガネのふちが眼光のように光り込む。
真夜中の闇を閉じ込めた様な漆黒の瞳がまっすぐにこちらを見据えていた。
「魔力検定の測定に欺瞞はありえません。リリア様は正真正銘、魔法使いです」
彼はそう言うと、わたしに目線をむけて目を細める。
黒い深淵のような瞳は不思議と穏やかで、ほのかな温かさを感じる。
「太陽は、本来、男主君に宿るのが常だと聞いていますが?」
「はい。しかし、羅針盤には太陽であるとでています」
フォースタスの言葉を聞いた王妃の顔が悲痛に染まっていくのを、わたしは不思議な気持ちで眺めていた。
ルルーシュ一族には、長年魔法使いが生まれずにいた。
その理由は、一族が混血種になったから。
だとか、守護が薄くなったからだとか諸説あるようだが、はっきりしたことはわからない。
火や炎の属性は多々あるものの、その中でも最大級の力を持つ太陽は男君主に宿るもので、女性に宿ることは少ないそうだ。
そのせいで、検定以降わたしの存在は王族からも国民からも神童として扱われるようになる。
しかし、これは魔法使いになる素質があると言うだけの話。
魔法使いになるためには鍛錬を積み、選ばれた魔法使いの卵たちとともに城から少し離れた場所にある「あらずの塔」の中で修業を重ねることが第一関門。
魔力に対しての知識、魔法への知識、制御の仕方、自然摂理や宇宙学まで多岐にわたる勉強をしながら、魔法石を精製したり魔法を放つなどの実技などで実績を積まなくてはならない。
この世には、すべてにおいて先天的に最強レベルで強い人が稀にいる。
前世では天才といわれる人だとおもうが、そんな人たちが、この世界では大魔法使いや大賢者となって、各国の基軸を回しているということは、この世界に転生してきて学んだ。
この国では、魔法使いになった時点で振るいをかけ、大魔法使いとして君臨するに値する素養と資格があると認められた人たちのみに与えられる称号がある。
上から順に、ハーネスト・ミドリディア・ミューズという魔力の強さで分けられるのだが、わたしは、ハーネストクラスの魔法使いになったばかりだった。
単純にうれしかった。
塔に閉じ込められ、来る日も来る日も精神と心を削りながら魔法を覚え、ひたすら修行を重ねる毎日は地獄の厳しさだったし、最初は十人いた魔法使いが二人にまで削られるほど過酷を極めたものだったが、最後までやり切った。
終わったとたん、気絶して神殿治癒へ運ばれたらしいが覚えていないけど・・・・。
修行を乗り越えた者のみに与えられる称号、そして魔力を手に入れたわたしは、やっと自分の居場所を見つけた気がしていた。
実は、前世でのわたしには夢があった。
それは、「人のために生きること」。
世のため人のためという言葉を聞くたびに、そんなことができるのは能力のある人と、生まれ持った才能がある人だけだとあきらめていた。
前世では心ない言葉で心を打ち砕かれ死んだ。
でも、いまのわたしには認めてくれる場所があって、それに見合う能力もある。
文字通り、希望に満ちていたのだ。
そんなわたしの住む国に激震が走ったのは、数日前。
同盟国の奇襲により、ローズリー国は、わずか五日で完全掌握された。
そう。現実は、このファンタジー世界においても甘くはないと思い知ったのが、今日だ。