「おかえり」「ただいま」
「全属性に対して効果を発揮し、最大出力は術者の心の強さに比例するという特殊バフつき。 回復魔法特化度であればフェニックス効果も発動できる。そこに在るものは、王室が定めた要望をすべて実現できた実用可能なものだ」
真横の椅子に座りながら書類をめくりあげつつシオンが解説する。
「まさか・・・本当に完成するなんて」
大きな研究室の中央に、巨大な水晶が鎮座する姿は実に厳かだった。
妖精とは、この世の平和の象徴。
自然と世界が調和し、幸福な時にのみ姿を現し、人々に祝福を与える存在。
彼らは戦いには参加しない。
ゆえに、召喚することは不可能。
戦う事で平和は保たれ、平和が保たれることで戦いは生まれる。
「最大の武器は防御である」という信条の元に、妖精を統べる長の名前を冠して、王と王妃が長年作りたがっていた召喚妖精「オベロン」は、 回復、蘇生、心の強さに比例した最大出力防御を可能にする魔法として研究を重ねられていた。
人智を超えた研究に課せられた課題は、国一つ分ほどの規模であればオベロンの効果で大概のことが守られ、守護も施されるという伝家の宝刀のようなものだった。
正直、無謀だと思っていた。
神様でもいなければ創り出せるわけがない。
「・・・・これを開発したのは?」
「ここにいる全魔法使いたちだよ」
エミリオが柱に背を持たれながら、恣意深げに見上げて言った。
「王と王妃がご逝去され、リリアがいなくなってから、ぼくたちは矜持を失いかけていた。そこで決めたんだ。このまま朽ちるくらいならば、全員でこれを完成させ、最後の勤め果たそうって 」
エミリオの言葉に聞き入りながら、オベロンの入った水晶に触れると、とくとくと心音のような音が石越しに伝わってきた。
「いくら研究しても出来上がらなかったのに・・・・」
「リリアのためだよ」
水晶に触れるじぶんの手に合わせるようにエミリオが上から手を合わせる。
「命令じゃなく、愛や情で動くほうが気持ちがいいって教えてくれたのは、きみだ」
エミリオは品よく笑うと合わせた手をぎゅっと握る。
「この召喚獣をローズリーへの花向けとして、リーガル妃になるきみへの祝いとしたい。今日までよく頑張ったね。おかえり。我らが姫君」
振り返るとエミリオの後ろに最高指導者の面々が集まっていた。
その後ろには、働く手を止めた白衣の研究者たち。
みな、真剣な面持ちでこちらを見ている。
哀しみ、悲愴、すがりつくような目。
不安げに揺れながらも、わたしの目をしっかりと捉えている。
あぁ・・・・待たせてしまったんだ。
なぜ、すぐみんなに会いに来なかったんだろう。
じぶんのことを片付ける時間に費やしすぎた。
後悔の念が胸の中に渦巻き、申し訳なさに涙があふれる。
「リリアがこの研究室で尽力してきた姿をぼくたちはずっと見てきた。生まれたときから国のために生きることを決められ、全員が四の五の言えない制度の中で、どんなに苦しくてつらいときも、王族の身分であるきみがこの部屋にいてくれていたから、貴族も、国民も、魔法使いさえも、国のために生きてみようとおもえた。戦後もなおきみがこの国で生きると言うならば、ぼくたちはリリアの命令の元で生きたい。ぼくたちのわがままを許してくれるね?」
双子は、さっきよりも大粒の涙を流している。
シオンは、唇を固く結んだまま斜めからこちらを見ていた。
ウイリアムは、静かに涙をこらえていた。
ルドラは、眼をつむりながら静観している。
リリシュアは、平淡だが揺れた瞳でわたしを見据えていた。
エミリオが背後からやさしくわたしの肩を持つ。
あたたかい空間。
目の前がかすみ、声を出そうとしてもかすれてしまうけど、喉を絞り、どうしても伝えたかった。
「ただいま。みんな」




