大好きなみんなと会えたら、召喚妖精ができてました
「まぁ、座れよ」
シオンは魔法で茶器を出すと手を添えることなくお茶の用意を始めた。
「おまえは白湯でいいんだっけ?」
砂時計を逆さにしながら揶揄するように言った言葉が、クラウスに向かって言い放たれたのだとわかると、室内の空気がぎゅっと黒さを増し、不穏になる。
「その口の利き方でよく貴族社会でやってこられたものだな。シオン・ヴェレダ」
「ご挨拶だな。貴族としてお前のような二枚舌人間にはこれ位が丁度いいと判断したまでだ」
お茶の入ったカップをわたしに差し出しながら、わたしを見下げる彼は、シオン・ヴェレダ。
神官の最高神官の一人で、ローズリー国にある貴族の中でも三大御三家に名を連ねるヴェレダ家の当主であり、魔法研究施設の室長も務める王室魔法使いの一人で、わたしにとっては幼馴染でもある。
「おまえはリーガルに寝返ったと聞いているが?」
カップの中にミルクを垂らしティースプーンでかき混ぜながら、シオンがクラウスを凝視する。
「あぁ、その通りだ。だが、おれが寝返っていなければ研究員もろとも、今頃孤島に流されていただろうがな」
「・・・・どういう意味だ?」
「陛下が求めているのは大賢者、大魔法使い、王室貴族、そして貴族魔法使い、王室魔法使いの力だ。他は眼中になかった。ハーネストクラス以下の扱いに困られているところをおれが助言し、魔法研究施設での研究の重要性と意義を以て陛下を説き伏せたから、今もここでおまえらはぬくぬくと研究ができているという事だ」
「それはそれは。ご苦労なこった」
「えぇ。それはもう大変でしたよ。魔法研究施設室長さま」
彼らの間からバチバチと火の粉が飛んでいるのが見える。
言わずもがな、わたしが入る余地が許される空気ではなかった。
お茶を飲みつつ沈黙が途切れる機会をうかがっていると、シオンが口火を切った。
「シュライスは?どうなんだ」
ぶっきらぼうに問いかけてきた、彼の言う「どう」とは、状況のことなのだろう。
いつも言葉足らずで、こちらが補完しないと伝わらないほど不器用なのは変わらなくて、シオンの通常運転っぷりに心底ほっとしてしまう。
「シオンの知っているシュライスのままだったよ」
男性モノにしてはヒールの高いブーツをかつかつさせて歩み寄り、シオンは目の前に立ちすくんでこちらを見ると、不満げなまま眉間に深くしわを寄せた。
「戦争が終わってすぐにあいつがここへ慰問に訪れたとき、顔が穏やかすぎて寒気がした。おれは、生き残ったおまえにまでなにかしたんじゃないかとおもって問い詰めたんだ。そうしたらあいつ、なんて言ったとおもう?「「必要な人は殺していない」」と言いやがった」
当時を思い出しているのか、拳を握るシオンの手。
食い込む指を解くように彼に手を重ねる。
「シュライスはもう王様なんだよ」
「・・・・同情するのか?」
「ちがう。でも、彼を愚弄すれば、真に私たちが敗北したことになるとおもう。わたしは、国の為に死んだ人たちの死を無下にしたくない」
「冷静なんだな。まぁ、そうだよな。もうおまえは、リーガルのお妃さまだもんな。冷静ではいられるか?」
「シオンもリーガルの人間だよ」
シオンは嘲笑するように鼻で嗤ってみせると、もう話したくない言わんばかりに背を背ける。
「貴族四家の当主を集めたノーブルサロンの定例会を再開する。お前も出席しろ」
「わたしはハイム家の人間として参加することになるけれどいいの?」
「・・・・問題ない」
消え入る様な声で呟くとシオンは研究室に入っていってしまった。
久々に会えたのに。
言い合いになる寸前で会話が終わったことに少し後悔していると、陽だまりのような温かい声色に名前を呼ばれた。
「ごきげんよう。リリア王妃様」
振り向いた瞬間、心臓が跳ねるほど美しい顔の男性が頬杖をつき、ご機嫌な微笑みを浮かべながらわたしを眺めている。
「ご無沙汰いたしております。エミリオさま」
白銀の髪に金色の瞳、白地に金の軍服姿。
シュライスにも匹敵するほどの貴公子ぶりの彼の名前は、エミリオ・グレンデル。
王室魔法使いの一人で、シオンと同じ神官の最高指導者でもある。
今回の戦争では、彼には元帥として参加してもらっていた。
名家グレンデル家の長男であり、わたしの一つ上のお兄さん的存在。
彼と再会するのも本当に久々だ。
穏やかに微笑んだまま、品のいい足音とともにわたしの前に佇むその姿は絵画から抜け出た様に完璧で、彼の目の中に自分がいると言う事実だけで、体温が数度上がったように熱くなる。
しかし、そんなエミリオの穏やかな微笑みが消え金色の瞳が揺れはじめる。
「また我慢して・・・・」
呟く声と同時くらいに、細く綺麗な指がわたしの頬を撫でた。
転生してきてからずっと、エミリオは本当の兄のような存在だ。
はじめて怒られた日。はじめて泣いた日。はじめて傷ついた日。
そのどの場面の中にも、彼はいつもいたように思う。
それほど近くで接してきた。
何を隠してもお見通しで、嘘もぜんぶ見破られる。
すこしシュライスに似ている。シオンもそう言っていた。
干し立ての陽だまりのような香りがするのは昔から変わらなくて、懐かしさに胸が締め付けられる。
「おかえり」
懐かしい声音におもわず涙が溢れそうになった。
その様子を感じ取ったのか、エミリオは言葉をつづける。
「きみを助けに行けなかったこと、今でも悔やんでいるよ」
「フォースタスが降参した時点で、騎士や、戦いに参加した者は全員反旗を翻せなくなったのは知っています。わたし一人の為に誰かが動いていたら、きっとみんなが死んでいた」
「それでも、行かなければならなかったはずだ。ぼくは・・・・ぼくたちは。きみを独りにするために守ってきたんじゃない。寂しかっただろ?ごめんね、リリア」
エミリオは震える声で懇願するように耳元で囁く。
すると、間を読んだかのようなタイミングで大きな声が響き渡る。
「リリア様!」
エミリオの背後から瓜二つの顔をした二人の女の子が走ってくる。
金髪の髪をツインテールにした人と、マッシュっぽい髪型の二人だ。
大きな茶色の瞳をウルウルさせてこちらを見ている。
「トリア、アリシア、今はぼくがリリアといちゃいちゃする時間だよ」
エミリオが恥ずかしげもなくそう言うと周囲にいた研究員たちの目がこちらに注がれる。
トリアとアリシアは同時にぷくっと顔を膨らませる。
「人が並びながら耐えられる時間は、三分が限界だと相場が決まっております!!」
「へぇ~。じゃぁ双子で合わせて六分は待てるってことだよね?あと三分後にきてもらえる?」
エミリオに抱き寄せられ鼻と鼻がくっつきそうなくらいの近さに赤面しているわたしの顔を見て、トリアとアリシアは頭から火を吹いたみたいに怒り出す。
「トリア!アリシア!おひさしぶり!」
わたしの言葉を聞いた途端、泣き出しそうな表情でこちらを見る。
相変わらず喜怒哀楽が激しい。そのことにも泣きそうになる。
「「リリア様ぁ!」」
二人同時に叫ぶと、エミリオを跳ね返してわたしに抱き着いてきた。
「わたしたちがいながらぁ・・・・お役に立てずぅ・・・・もうしわけありませんでしたぁぁぁ!」
抱き着きながらワンワン泣き叫ぶように謝る彼女たちの頭をなでる。
トリア・ミラージュとアリシア・ミラージュは双子の魔法使いで、使徒の最高指導者。
彼女たちによって魔法や武器防具の量産や質の均一化を図られている。
「生きていてくれてよかったです。不便はありませんか?」
そう声をかけると二人同時に涙を拭ってくしゃみをした。
双子というのはシンクロすると言うが、彼女たちを見ていると本当だなと思う。
そのかわいらしさに思わず頬が緩んだ。
「はい!戦争以降も、リリア様が研究されていた魔法や武器の研究も進められております!」
「前国王陛下と殿下のご希望なさっていた、召喚妖精も完成いたしました!」
「・・・・召喚妖精が?」
「はい!こちらへ!」
双子に案内され、さっきシオンが入っていった研究室にはいると、数十メートルはある水晶石が目の前に現れる。
目を凝らすと大きな尖った耳の後ろに虹色の羽をしまい、胸の前で腕を組む大きな妖精が眠っている。
その事実に、わたしは息が止まりそうだった。




