国民に会えたけど、宰相に慰められました
戦争で生き残った一万人のローズリー国民たち。
そのすべてを収容できるのは、母上の持つ城「薔薇の城」だろうとは察しがついていた。
まさか、何の許可もなく使うとは思っていなかったけれど。
「おまえの言動や行動に対しておれが揺動と見なした場合、ただちに接見を中止する」
腕を組みながら壁伝いに背を預けつつクラウスがわたしにくぎを刺す。
「わかりました」
「接見は十分。延長はない」
クラウスが扉に触れると、扉にかかっていた封印が解かれ、ぎしぎしと音を立てながら開かれていく。
やがて見えてきたのは、ひどく怯えた目の数々。
しかし、わたしが誰かがわかると、全員の目に光が宿り始め、ざわざわと声があがる。
「リリア様!!」
「リリア王女だ!」
「ご無事だったんだ!!」
室内に入ると、皆がわたしのそばに寄ってきた。
全員服を着ている。顔色もよい。室内の空調も効いている。匂いもきつくないところを見ると公衆衛生も問題はない。
その事実にほっと胸をなでおろす。
「みんな、健勝で何よりです」
わたしの言葉に涙ぐむ人、顔を覆う人、堪える顔になる人、嬉しそうな人、悲喜こもごもな様子を見ながら、できるだけ冷静に、彼らから希望を取り上げないような言葉を選ぶ。
「ルルーシュ家にとって、ローズリー国にとって、最愛の家族でもあるあなた方国民に会うまで時間がかかってしまったこと、力及ばないわたしの力量を許してください。ほんとうは・・・っ・・・・もっと早く会いたかった」
気丈に話していたはずなのに、気が付けば涙が溢れていた。
部屋から悲鳴が聞こえ、嗚咽する声が響き渡る。
「部屋の数は足りていますか?病人は?」
「一人一部屋とはいきませんが、みな快適に過ごしています。リーガル国の医師が毎日訪ねてくれているので大丈夫です」
「食料は?足りていますか?」
「軍の人たちが日に三回炊き出しを持って来てくださっていますよ」
「そう・・・・よかった」
わたしの質問に笑顔で答えてくれたことに思わず涙ぐむ。
「リリア王女!」
わたしの名前を呼びながら小さな子供たちが駆け寄ってくる。
ドレスの裾を掴む彼らの小さな手はすこし煤汚れていて、その様子に胸が軋む。
「王と王妃が亡くなったと言うのは本当なのですか?」
若い男性が眉間に皺を寄せながら不安そうな顔でわたしに詰め寄る。
しかし、彼らはきょうまで外部との接触がなかったはず。
国内には号外もだされていない。妙だと思った。
「誰に聞いたのですか?」
わたしの言葉に彼が一瞬戸惑いながら考え込んだのを見て、嫌な予感が走る。
「ある男が、捕虜として地下に囚われているときから外の情報を教えてくれていたんです」
「ある男?」
「リリア様の弟だと言っていました。ロメオという男です」
「そうですか・・・・」
名前を聞いても聞き覚えがない。
そもそも弟はいない。
正体不明なその男のことを解決するには時間がかかりそうだ。
彼に応える代わりに笑顔で首肯し、その場にいる全員を見渡す。
「明朝、わたしはリーガル国王シュライス・ハイムと結婚し、妃となります。結婚式が終わり次第、あなた方はこの場所から解放され自由の身となれます。国内は依然として混沌としてはいますが、働き口や斡旋等、全国民が生きていけるよう配慮を取り図らせるつもりです」
動揺か、怒りか、不安か。
さまざまな感情が吹きあがっている。
「復讐する気はないということですか!」
「我々の国を取り戻しましょう!」
男たちの声は怒号に近かった。
ドレスの裾を持ったまま、不安そうな顔で子供たちがわたしを見上げている。
女性たちの目は同情するような、悲しげな瞳でわたしを見ている。
「わたしに出来うるすべての事を施行していくつもりです。明朝、大賢者がここに来ます。彼に従い、城下に降りて、リーガル国民の一員として生きてください」
「そんなことできるはずないだろ!おれは家族を、妻を、殺されたんだ!」
「わたしはリーガルの騎士に、子供たちを目の前で殺されました・・・・」
「おれたちも戦えます!機会待って戦争を仕掛けましょう!」
「リーガル国の国民になんてなれない・・・・」
こうなると予想はついていたけれど、目の当たりにした今、彼らのきもちが痛いほど響き、胸が苦しい。
あと五分くらいだろうか。
看視が付いている中、わたしに出来ることはもうこれしかなかった。
「わたしを信じて!」
あふれる涙を拭う事も忘れ、わたしははっきりとした意思を込めて叫んだ。
静まり返り、荒くなった呼吸音だけがかすかに聞こえるなか、老齢の女性がわたしにゆっくり近寄ってくる。
「リンダばあさん、起きてきて大丈夫なのかい?」
近くにいた人たちが、杖をつきながらもよろめく体を支える。
それでもなお、わたしのほうに歩いてくる姿を見ながら、差し出された手をとった。
「わたしは、あなたのことを信じるわ」
絞り出すようにそう言うと、わたしの手を緩く握り返す。
「・・・・・ありがとうございます。リンダさん」
「みんなこの先どうなるかわからないから不安なだけなの。許してあげて。国の未曽有において、あなたのお父様も、おじいさまも、懸命にお勤めになられてきたのを見てきました。あなたには、彼らから遺伝した力が備わっているはず。頼みましたよ」
「はい」
小さな手を強く握り返す。
すると、後ろで扉が開かれた音がした。
「必ずまた会いに来ます。それまでどうか、生きてください」
わたしの言葉に反応することなく複雑そうな顔でこちらを眺める。
「リリア・ルルーシュ第三王女様に敬礼ぇぇぇ!」
目の前のおばあさんが大声で叫んだことにその場にいた全員が瞠目していたが、さっきまで背を丸くしていたおばあさんが、背筋を伸ばし敬礼する姿を見ると、何人かが敬礼を始めた。
「光栄です・・・・・」
やがて全員が敬礼していく光景を眺めながら扉が固く閉ざされた瞬間、堪えていた感情があふれ出す。
「っく・・・・ごめ・・・なさ・・・・っ」
耐え切れず嗚咽を漏らし地面に膝をつけた瞬間、わたしの両腕が強くつかまれた。
「来い」
クラウスはわたしを支えながら、手を引きつつずんずんと歩いていていく。
着いた場所は、バラの蔦で編まれたアーチで創られたトンネルの中だった。
「わぁっ!」
いきなり手を離すとわたしをアーチの生垣に放った。
この場所に在るバラにはなぜか棘はないので痛みはないのだが、それでも放られれば痛みはある。
「ちょっ・・・・クラウス!?」
「妃になろうと言う女が、だれが見ているかもわからない場所で泣くなど、名誉を穢すに等しい。泣くならここで泣け」
「・・・・もう引っ込みました」
「あ~そうかい。なら帰ろう」
「ここ、クラウスの・・・・」
わたしの呟きにクラウスの踏み出した足が止まった。
バラのアーチに囲まれたトンネルの中は静寂に包まれていて、秘密基地にするにはちょうど良い。
クラウスが王室に出入りするようになったのは、わたしが転生してすぐ位の時期。
引っ越してきたというのに、クラウスの姿は朝から晩まで城内にない。
どこかに行っているのか、街に行っているのか。
わたしは興味本位から彼を探すことにした。
城の周囲を隈なく探し、最後にたどり着いたバラのアーチトンネル。
その中で、彼を見つけた。
数冊の本とランチのサンドイッチ。それらを傍らにすやすやと昼寝をしている。
その姿を見ながら、彼は城内に居場所がなかったのだとわかった。
「この場所は剪定も必要ないからな。お前が来なければ、おれは一生ここに一人でいられたというのに」
「見つけた日以来、毎日ここで遊んでましたね」
「おまえの場合はただのサボりだろうが」
「クラウスだって、フォースタスの授業の日はここにいたじゃない」
「おまえは直系だろ。おれはよそ者だからいいんだ。それに、授業なんて受けなくたって大体の勉強はできていたからな」
「・・・・・たしかに」
昔から卒なくこなしていくクラウスを羨ましいと思っていた。
性格は悪いし口も悪いことをのぞけば男性としても魔法使いとしても完璧だろう。
そんなことを考えているわたしに向かって眉根を寄せたクラウスが凝視した。
その顔にまたきつい一言が飛んでくるのかと身構えたのに、彼はゆっくり頭を下げる。
「国民を諭す役割をお前ひとりに担わせたことは、王室に関わっている者として申し訳なく思っている。辛い思いをさせて悪かった」
拍子抜けした。
何があっても謝ったことも、頭を下げたこともないクラウスから出た言葉なのかと、言われた今でも信じられない。
「じぶんたちの信じていたものが二度と元には戻らないと言う現実を受け入れるのには時間がかかる。彼らからおれたちが奪ったものは、生きる意味そのものだったからな。この国で生きることを選び、尽くしてきた時間をも無に帰すことなど、だれでもが飲み込めるものではない。だからこそ、おまえがリーガルの妃になった後が肝要なんだ。お前の勤めは、ローズリーの精神を引き継ぎ国を動かしていくこと。おれはその勤めの障害になるであろうすべて消していくのが仕事だ。おまえは安心して自由にやればいい」
「励ましてくれている・・・・?」
クラウスは目を閉じてしまった。
彼の口からそんな言葉が聞けるなんて思わなかった。
歯に衣着せぬ言い方なのに、なんだか安心する。
あぁ、そうだった。家族や身内ってこんな感じだった。
「クラウスってやさしいんだ」
「今更気付いたのか?」
「はい。それに、口が悪いのと性格が悪いのを直せばいい男なのになぁと」
「それらが悪かったからと言って生きることに困ることはなかったから問題はない」
「そこ開き直っちゃうと婚期を逃しますよ~」
「おまえが一人前の妃になるまで嫁は採らん」
「・・・・それ、脅し?」
「なんとでも言え」
このやり取り自体が懐かしくて、乾いた涙の線を新しい涙が伝っていく。
そうだ。わたしにはやらなければならないことが山のようにある。
泣いてなんていられない。
「これから貴族魔法使いたちに会に行くの。クラウスも来る?」
「あぁそうだったな。あいつらならば特に問題はないだろう。おれも行こう」
「シオンには殴られるとおもうけどね」
「いいよ。それで済むなら殴ってくれていい」
わたしは、クラウスが自嘲気味に笑うのを見ながら、バラの香りを思いっきり鼻から吸い込んでから、歩き出した。




