プロローグ
「ぼくに愛されるか、殺されるか。選んでいいよ」
黄金色の瞳の中に堅固な意志を揺らめかせ、琥珀糖を溶かしたような声色で、幸せと死を躊躇いなく言い放ったのを聞き入れながら、曇天の空模様とさほど変わらない虚ろげな心持で、声の方を見やる。
甘いマスクに運命のように誂え合わされた金糸の髪と金色の瞳をもち、ロイヤルブルー地に金刺繍の入った軍服で貴公子然とした出で立ちの男が、美しい顔にそぐわないひどく平淡な目つきでわたしを見定めているのが見て取れた。
アニメや映画でしか見たことがない古雅な霊標が櫛比する真ん中で、泣きはらした目のまま空を見上げる。
蜥蜴状の鳥が長い尾を悠々とくゆらせ、まるで海を泳ぐように飛行している。
その目と鼻の先には、龍の親子がじゃれ合うように飛び回っていた。
空から視線を地上に移すと、目の前には、夢の国さながらの巨大な城が浮かび上がる。
このファンタジー世界ど真ん中で佇みながら、わたしの頭の中を走馬灯が走り抜けていく。
前世は散々だった。
前世では、大学卒業後新卒で営業課に就職した。
希望一杯で入社したのもつかの間の春。開けてびっくり。
世間でいう所謂ブラック企業であった。深夜退勤当たり前。時間外のクレーム処理。どうでもいい部署の人間関係。
極めつけは、歓迎コンパの嵐と同期飲みという名の愚痴飲み儀式の日々がつづく。
週5で飲み会はザラで、飲み方も覚束ない面子ではもはやちゃんぽん大会だ。
おかげで数々のお酒を飲んで鍛えられた肝臓強化スキルと、どんなお酒も飲めるという免疫強化スキルが得られたが、体と心は一年も経たないうちにぼろぼろになり、健康診断は脅威のF判定。
極めつけは、当時付き合っていたメンヘラ彼氏からの一言。
「おまえみたいな女殺してやる」
仕事が忙しく、彼に時間をさけなかったばかりに、わたしへの愛情は恨みへと変わっていたことにすら気が付けなかった。
男運は昔から悪かった。それは自覚している。
暴力や暴言を浴びることにもいつしか慣れはじめ、彼氏ができるたびにこれが愛なのだと言い聞かせてきた。そうじゃないとやっていられなかった。
だけど、ぼんやりと願っていたんだ。
わたしを守ってくれる王子様がきっとこの世のどこかにいる。
まだ出会ってないだけなんだ。
がんばって生きていれば、耐えていれば、いつか幸せになれる。
そんな甘い希望を胸に重い体に現実を背中に乗せ、床を嘗めるように出社したある冬の日。
いつものようにコンビニのコーヒーとサンドイッチを置き、自分のデスクに手をついた瞬間、視野がぐらりと傾きながらぐるぐると回り始め、立っていられない程の眩暈に襲われた。
「あ、これ・・・・やばいわ・・・・」
心臓がずきずきする。動悸が早くなり汗が雨粒のように吹きだす。
デスクの上に置いたスマホを指の感覚だけで探しだし、助けを呼ぼうと画面を見た表示には、毎朝恒例の彼氏からの鬼電と、上司からのショートメールの通知の嵐が見えた瞬間痛みが増す。
「っ・・・・そんな状況じゃないって・・・・」
痛みに耐えられず頭を抱えながら雪崩れるように倒れ込むその衝撃で、じぶんのデスクの上に積み重なった書類の山が雪崩のように崩れおち、秋の枯葉のようにはらはらとわたしの体を包み込んでいく。
徐々に薄れゆく意識の中、警備員さんらしき人がわたしを見つけたのが微かに見えたが、その姿さえ目の前から霧のように消えていく。
その刹那、今まで感じた事のない痛みが全身に走り、意識がブラックアウトした。
そうやって、わたしは死んだ。
長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
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